JD-197.「騒動の逃避行」


 エンゲージに成功したルビーによってレッドドラゴンの首は落とされ、一件落着……とはいかなかった。倒れたレッドドラゴン、その体からマナともつかぬ何かがあふれ、周囲に飛び散った。それはまるで血の海のような、薄いマグマのような何かだった。そこから盛り上がるように現れたのはワニのような、トカゲのような赤い体をしたモンスター。物は違うけど、巨大ガエルと戦っていた時に起きた物と同じような物を感じる。今回は本体が倒れてから、という違いがあるけれども。


「サラマンダーだ! 稼ぎ時だぞ!」


 どこかで人の叫びが聞こえる。幾人かはまだ倒れたドラゴンを見ているが、多くが増援として現れたサラマンダーに集中し始めている。確かに動かないドラゴンより、動いていて自分たちに襲い掛かろうという方が大事だよね。それに、売り物になるみたいだ……耐火装備とかになるのかな?


 俺たちもまた、そんな人間とは反対方向に少しずつ移動しながらサラマンダーの相手をしていた。といっても主に相手をしているのはルビーだった。まるで炎の衣をまとっているかのような攻撃は火に強いと思われるサラマンダーすら焼き殺していくのだ。周囲に肉の焼けるどちらかというといい匂いが漂う中、俺達はちょうどレッドドラゴンを挟んで裏側に回り込んだ。


「このぐらいならいいかしらね? トール、アイツの中にはもう何もないみたいだから置いて行くわよ?」


「ああ、そうだね。そのほうが目くらましになりそうだ」


 正直、かなり目立ってしまった。ほとぼりが冷めるまでこの場を去って……そうだな、彼らさえよければリブスの皆と暮らしてから別の土地を目指そう。いつの間にか、ちゃっかりと俺達の後ろについてきているオルトを見ると、器用にウィンクしてきた。わかってるって、なんて言いそうな顔だった。


「あ、トール様。大きな牙は持ってきたですよ」


「ついでに尻尾はとってこー?」


 さすがに頭部丸ごとは目立つということで、素早く切り取ったレッドドラゴンの大きな牙。左右と上下1本ずつの巨大な四本をニーナが2本、フローラとラピスが1本ずつ持ってきていた。ちなみにジルちゃんは俺の背中だ。

 サラマンダーを相手にするのに、さすがに持ち歩けないなというところでルビーがほとんどの相手をしてくれたのでここまで持ってくることが出来たのだ。


「ご主人様……たぶん、今なら袋にはいるよ?」


「大丈夫かな……よし……入った!」


 切り取られてすぐはマナのようなものを感じた牙を収納袋に入れることを躊躇していた俺だったが、ジルちゃんのつぶやきで再確認すると荒々しかったその感覚は収まり、問題なく収納袋に入った。

 となれば後はフローラの提案通り、尻尾ぐらいかな?


「根元はやりすぎですから、ちょこっとですわよ」


「焼き切るわ!」


 視界に赤い線が走ったかと思うと、見事に両断されたレッドドラゴンの尻尾。どこかのゲームのように切り取られたそれをみんなして抱えて俺達は森をひた走った。その間、ドラゴンを呼んだであろうワームの姿は現れなかった。呼び込む相手がいなくなったからあきらめたのかな?


『兄さん、そのまま川沿いに。感じますよ、下に動いてます』


「!? よし、開けたところで迎えうとう」


 俺の考えは少し甘かったようだ。たまたま方向が同じなのか、動く先に次の候補があるのか……下をマグリアが動いているようだった。言われて下の方の気配を伺うと、確かに何か大き目の物が動いてるような気がする。よくわからないけどね。


 ここに来る時に上陸した砂地。言い換えれば下が柔らかい場所に出る。ふと、マグリアが出てくるということはマグマも一緒に出てくるのか?と不安に思ったが今さらどうしようもない。

 今度は明らかに感じられる気配が地面から近付いてきた……と思うと何かが飛び出してきた。


 B級映画に出てくるような大きな蛇ぐらいの大きさの何か。つるりとした表面はこれで地面の中を潜るのか?と不思議に思うような物だったが今はそれどころじゃない。みんなに迎撃の合図を送ろうとした時、先に力を発したのは……オルトだった。


『みんなの仇……お前たちさえ出てこなければ!』


 オルトは攻撃に使う貴石術は苦手だった。正確には、覚える機会が無かったと言える。そして、狩り以外に何かを傷つける必要もなかったからだ。ただ、力がないわけじゃない。海に住むシルズがそうだったように、オルトたちリブスもまた、貴石術に長けた種族だった。


 その体に見合う大きなマナの気配がオルトからあふれると、それは力ある結果となってこちらに襲い掛からんとするマグリアの体を無数の水の刃が襲うという結果を産んだ。悲鳴を上げる暇も無く、いくつもの肉塊となってマグリアはあっさりとその命を散らす。


『はぁ……はぁ……』


「おめでとう……とは違うね。戻ろう、オルト」


 自分の発した力が信じられないのか、物言わぬマグリアだったものを見ながら荒い息を繰り返すオルト。俺はそんな彼の大きな首元を撫でながらそういってリュミちゃんたちの待つ集落へ戻るように促した。


『戦うって……怖いですね、兄さん』


「うん。俺もまだまだ勉強中さ」


 ニーナの生み出した岩の台車にしっぽを乗せながら、俺達は子供たちの待つ集落へと戻っていくのだった。

 そして……。








『でけー!』


『この鱗、綺麗!』


 集落に戻った俺たちを、元気なリブスの子供たちが出迎える。少数の男の子は牙や尻尾の大きさに驚き、興奮している。女の子は……装飾品に鱗が使えるんじゃないか?なんて既に夢中だ。俺たちとしてはリブスのみんなに分けることに異論はないわけだけど……。


「いや、今すぐじゃなくていいんだけど?」


『いえいえ! こんな貴重品を頂けるというのに対価もなしでは!』


『そうそう。オルトの甲斐性も見せてもらいたいの!』


 騒ぐ子供たちの横で、何か対価になる物を用意したいと気張るオルト。そしてそれをある意味煽るリュミちゃん。何もなしに受け取るのは気が引ける……そんなところだろうけど、俺たちも別に気にしないと言えば気にしないのだ。


「とーるが良いって言うならボクは別にいいよー?」


「ええ。マスターにお任せしますわ」


 2人がこういえば、残りの3人も同様に頷く。基本的にみんなはハチミツだとか好きなもの以外はどっちでもいい感じなのだ。あ、そうか……この手があった。


「じゃあこうしよう。ジルちゃんたちが好きそうなものをみんなで採ってくるって言うのはどうかな?

 その間、俺達はここでみんなと過ごすよ。俺は……そうだな、湖にいるだろう大きな魚がいいな」


『兄さん……それはつまり……ありがとうございます!』


 しばらくの間、オルトたちが湖に一度は顔を出すまでの間一緒にいよう、その意味を込めた言葉をオルトは感じ取ってくれたようだった。対価には結局ならないけれど、別にいいよね。

 オルトたちと俺たちは、もう家族みたいなもんだからさ。


「みんなでいろいろやると、たのしいよ?」


 ジルちゃんのそんなつぶやきが、全てだった。

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