JD-196.「迷いを断ち切る赤き刃」


 その瞬間、私は皆に聞いていた空間にやってきていた。まったく、時間もないというのにこんな……なるほど、ジルが怖がるわけね。本当に出られるかもどこかで不安に思う、上下の無い不思議な空間。


 だけど、私たちはかつてこれと同じような場所にいた。


(貴石、宝石は人の手に渡って初めて貴石となるのをアイツは……まあ、知らないわよね)


 ただ自然にあるだけでは当然と言えば当然だけど、みんなただの石であったり、鉱物であったりと要はただのモノだ。それを人が手にして、初めて別の価値を持つ。例えばそう、何万円だっとかね。

 そうして私達は産まれ、私達に注がれる感情、想い、願いなんかが私達を形作っていく。あちらの世界ではそれは持ち主の幸運・不運といった物や、ジンクスのような扱いで発現するのだけどそれはどちらかというと副作用のような物。本当は私達のような宝石娘の素が産まれてきた証拠なのだ。


「呼び出されるまで、ずっとここから眺めてた。欲望に満ちた人間、悲しみの瞳で見る人間……いろいろいたわね」


 その意味では、模造品たちのほうが羨ましいなと思ったことは何度かあるのよね。詐欺を働こうというつもりで持ってるやつを除けば、模造品だとわかって持っている人間はあまり悪感情を抱いていないように見えた。いつだったか、店頭に並んでいる私の前に立った女性が身に着けていた模造品がなんだか……輝いて見えたのよね。必要とされている、って。


「でも、私にもその気持ちがやっときた」


 あの日、もう店じまいするという宝飾店の店先で夕日を浴びていた小さなルビーのイヤリング……店主が若者向けに仕入れた安めの装飾品、それが私だった。値札も日焼けして、我ながらどうかと思う姿だったわ。人間で言えば古びたお下がりの服を着て立っているような物かしら?

 このまままたどこかに売られ、場合によっては安物だからと処分されてしまうかもしれない……そんな私に影が差した。


 それが、アイツ……トールだったわ。子供の様に目を輝かせて、ガラスケース越しに私を見ていた……その時の気持ちの高まりは今思えば……あれよね、恋の予感ってやつなのかしら。トールは店に飛び込んで、私をすぐに買っていった。そして家に戻ったかと思うと私を飾り……色々とつぶやいたのよね。


(何がツンデレよ! それで色々固まっちゃったじゃないのよ)


 私たちは人の想いで形作られる。本人は気が付いていなかっただろうけど、トールの発言は私という物を形作り、固定するのに一役買ってしまったわけ。そうして私は皆の仲間入り……だけど……。


「なーるほど、私の不安、か。他の子達と比べてアイツの愛情が足りないんじゃないか、そんなものか」


 気が付けば、トールの部屋でテレビで見た幽霊のような姿の私が何人も空間に漂っていた。怒り、悲しみ、あるいはくやしさかしら? 醜い、とは言わない……だってそれも全部私だもの。確かに、他の子と比べて私が接した時間ってのは少ないわ。それは純然たる事実。だけど、だからといってそれは何かの勝ち負けという訳じゃあない。


「私はアイツを守り、アイツのために力を振るい、みんなと一緒に生きると決めた!」


 何もない空間だけど、私はその時、二本の足でしっかりと何かを踏みしめていた。あるはずの無い心臓、その鼓動が高まり、力が全身をめぐるのを感じる。こちらに迫る幽霊のような姿がそのあふれる力で照らし出される。よく見れば、私には似ても似つかないような顔だった……それはどうでもいいか。

 大事なのは今、私がどうしたくてどうするべきなのか。


「勝利の赤、情熱の赤……私が私であるために、私になりなさい、ルビー!

 エンゲージ……約束の……光よ!!」


 周囲を全てその光で染め上げる勢いで、私は叫んだ。






「何よ、しけた顔して」


「いや、ルビーが心配でさ……」


 目を開けば、アイツのちょっとなよっとした優しい顔があった。動けるようになったのか、すぐ横にはジルもいる。いや、アイツからマナを注がれてるから無理して動いてきたってとこかしらね。耳に届く音はラピスたちが必死に戦ってる音なんだろう。急がないと。


「私たちがアンタを信じる。だからトール、アンタも私たちを信じなさいよ。ね、ジル」


「うんうん……ルビー、きれい。頑張って」


 ジルに言われて、ようやく抱きかかえられてる自分が変化していることに気が付いた。ちょっとスケスケな感じの布で、おへそが丸見え、太もももスリットから見え隠れしている……なんというか、ちょっとアダルトなお店の踊り子みたいね……トールの趣味なのかしら?


「行ってくるわ」


 レッドドラゴンの咆哮を耳にして、私はトールの腕の中から抜け出すとそのまま走り出した。感じる力は大きな物。それは紛れもなく、私の物だ。揺れる体、服の隙間に光るのはドラゴンがそうだったように炎の力。うっかり周囲を燃やさないように気を付けながらみんなの元へと駆け寄った。


「お待たせ!」


「遅いですわよ」


「ほんとだよー、アチチ」


「なんとか膠着状態、なのです!」


 言われて確かめると、レッドドラゴンは健在。だけど傷も数多い。人間の戦士たちも私達の邪魔をしないようにか遠距離から打ち込むのがほとんどだ。それでも近接の勝負を挑んだであろう数名が残念ながら物言わぬ体となって倒れている。


(ただぶつかっただけじゃ駄目ね……もう一手……そうね、それがあったわ)


「下がって。私が……やるわ」


「ルビー……ええ、わかりましたわ」


 高まり始めた私を感じたのか、ラピスたちが下がるのと同時にレッドドラゴンがこちらを向く。そして咆哮……なるほど、前の私ならビビるわけだわ。それぐらい強力な相手……だけど、負けてられない。


「いざ……勝負!」


 そのきっかけをつかむため、私は両手に腕程の長さの赤い赤い剣を生み出し躍りかかった。迫る大きな爪、それを舞うように回避し、私はその腕の上にそっと着地した。次なる一撃のために戻される腕の上に、ね。


「ふっ!」


 何が起きたかと驚きにこちらを見たレッドドラゴン。それが私の欲しかった隙だ。迷わず右目に1本の剣を突き刺し、その後を確かめずに大きく飛び上がった。ついでに足元には爆風のように火を放ち、その勢いが私を空中に高く高く押し上げた。眼下では痛みにか叫ぶレッドドラゴン。その瞬間は、私という物が相手からは抜け落ちる。


「私達にはピッタリよね。愛情、家族愛……力を貸しなさい!」


 叫びと共に、私の胸元より少し下から4つ目の赤い光があふれる。ガーネット、真珠、そしてルビー。そこに加わるのは……火の鳥の中にあった赤瑪瑙だ。元々はアイツのコレクションに無い、この世界の貴石。だけど、今はもう私達の貴石だ。


 太陽がそこに生じたかのように錯覚させそうな光はレッドドラゴンに気が付かせるには十分だったんでしょう。相手の顔がこちらを向き、その口元にはマナの高まり。何度目かのブレスの予兆だ。だけど……今の私には何とかする自信があった。


「迷いと、厄介な運命ごと断ち切る!」


 2本の剣を1本の大剣とし、自身の後ろ側に爆発を生み出して下に加速するのと、レッドドラゴンからブレスが放たれたのはほぼ同時だった。耳にはトール達の叫び声が聞こえたような気がするけれど、私はそのままブレスにつっこみ、それを手にした剣で断ち切った。

 そのまま空中で身をひねり、回転の勢いを加えて……レッドドラゴンの首元に叩き込む。


 思ったよりもあっさりとした手ごたえが手に残り、大剣は地面に大きく食い込んだところでようやく止まったのだった。

 

 

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