JD-195.「守るべき物、それは……」


 応援にやってきた人間たちへ向けて放たれたレッドドラゴンのブレス。その力はまさに強力の一言。貴石解放済みのみんなが壁を生み出しているというのに、確実にそれが溶け、砕けていく。

 下手にみんなに無理をさせると元の姿に戻ってしまうだろう……俺が踏ん張るところだ。


「押し返す!」


 この世界に来る前はマナだとか貴石術なんてものは当然使った事がない。お腹ぐらいから湧き上がる不思議な感覚に身を任せ、俺は両手の先で展開する青い障壁、ラピスと同じ属性の壁に力を注いだ。

 大きな物をなんとか押し込んでいるような感覚が手に残り、ゆっくりとだがブレスが押し返されていく。


(!? うっそだろ!)


 その視線の先で、器用にもレッドドラゴンはブレスを吐きながらも姿勢を低くし、飛び込んでくるような姿勢をとっていた。どうやらこのブレスは呼吸するように息を吐くときに出る物ではないようだった。あるいは一種の貴石術なんだと思う。そしてブレスの圧力が無くなったと思った時には、その巨体が飛び込んできていた。とっさに間合いを取り、その一撃を回避したが相手の狙いは別にあったようだった。飛び込んだ勢いを利用して、姿勢を変えてもう一度飛んでいく。

 向かう先は……ルビー!? そうか、1人だけもうマナが枯渇し始めているのを感じ取ったんだ。


「ルビー!」


「あっ……」


 ふらつく彼女はレッドドラゴンの視線が自分を向いていることにようやく気が付いたようだった。とっさに飛び込むも俺は間に合わない。それでも少しでもと手を伸ばし……白が割り込んだ。

 ドラゴンの爪と、その相手の手にした何かが大きな音を立てる。


「ルビーは……やらせないよっ!」


 すべり込み、両手に透明な長剣を生み出してレッドドラゴンを受け止めたのはジルちゃんだった。小さいままだと何もできなかったであろう状況だけど、大きくなった今なら間に合い、さらに両手にはダイヤモンドの輝きを誇る長剣が2本。それは丈夫で、爪とかみ合っても砕けてはいないものの……相手のダメージになるわけではなかった。大きくなってもジルちゃんとレッドドラゴンではあまりにも体格差がある。その大きな爪はジルちゃんの腕の1部をえぐるように貫いていた。


「貴様ぁ!」


 沸騰した頭の叫ぶままに、マナを絞り出してレッドドラゴンの頭部に攻撃を加えた。属性も何もない、単純な力をぶつける。みんなからも同様に攻撃が突き刺さり、さすがにレッドドラゴンも大きく後退した。慌ててジルちゃんに駆け寄ると、血は出ていないものの、えぐれた場所からいつかのようにマナらしきものが徐々に出て行っているように見えた。


「馬鹿ね、なんで私をかばうのよ。アンタに何かあるほうが大変じゃない」


「ううん……そんなことない」


 ルビーに抱きかかえられて、病人のように顔色を悪くしているジルちゃん。その間にも合流して来た人間側の兵士や冒険者がそれぞれにレッドドラゴンに攻撃を加え始めた。俺たちと違い、まともにぶつかっては死ぬだけだとわかっているのか周囲に散会し、個別に攻撃を加えているようだった。自分たちが襲われそうになったらとにかく逃げ、他の人に任せる、といった具合だ。


「ジルね、みんな大事なの。怒られるかもしれないって思っても、動いてた」


「そう、ジルは優しいのね」


 ジルちゃんの傷口にマナを注ぎ込むようにする俺。癒しの貴石術とは違うようだけど、こうするのだと体が教えてくれていた。その間にもジルちゃんを慰めようと呟いたルビーに、ジルちゃんは首を振った。


「違うよ。ルビーも、ラピスもニーナもフローラも、そしてご主人様も。ジルね、家族が欲しかったの」


「ジルちゃん……」


 思い返してみれば、ジルちゃんはいつも親子や姉妹といった相手を嬉しそうに見ていたような気がする。アーモの街でナルちゃんらと遊んでいるときは特にそうだった。あれは……羨ましさから来ていたんだ。


「家族は守るよ。だって……そういうものなんだもん」


「っ!……そうね、そうだわ。ええ……後は何とかする。アンタの……家族である私たちがね」


 ジルちゃんをそっと木陰に横たえ、マナらしきものの流出が止まったのを確認してから俺達は戦いを続けているレッドドラゴンを睨んだ。幸い、人間側にも被害は出ているようだが戦いは続いている。

 咆哮と、人の叫びが周囲に響いているからね。だけど勝ち切るというのは恐らく難しいだろう。


「アイツの頭にとりついて、直接貴石をひっぺがす。元は私で、アンタの物だもの。行けるはずよ」


「援護はしっかりするのです」


「多少危険は伴いますけど、それしかありませんわね」


「行こう。ボクたちなら出来るよ」


 それぞれに決意を口にするみんなを見て、俺もしっかりと頷いた。戦いを続けているレッドドラゴンへ向けて、一丸となって駆け出した。こちらには横腹を見せている状態の相手はまだ気が付いていない。


「風よ……吹け!」


「大地よ目覚めるのです!」


 まずはフローラの力を借りて一気に突風のように駆け込む。そして相手が気が付く前にニーナによって生み出された岩盤の坂を駆けのぼる。相手が気が付いたときには、ラピスの力で生み出された局地的な霧がレッドドラゴンの上半身を覆っていた。


「今ですわ!」


「ええ、わかってる!」


 俺はルビーと一緒に飛び上がり、赤い頭部へと向けて飛びついた。相手もそれに気が付いたのか振り落そうと首を動かそうとしたが俺はさせじとフローラ直伝の電撃を聖剣を通じて叩き込んだ。

 響く悲鳴、そして硬直する体。どんな巨体でも、生き物は生き物だ。


「返してもらうわ……火よ、炎よ、情熱の光よ。我が手に還れ!」


 レッドドラゴンの額に埋め込まれるようになっていた貴石を掴み、ルビーが叫ぶ。そしてそれに応えるように周囲を赤い光が包み、まるで夕日の河原にいるかのような世界が広がった。


 レッドドラゴンの咆哮が響き渡る。今度は苦しみを感じる物だった。ルビーが貴石を手に入れた、そう思った俺は一瞬気が抜けていたんだと思う。突然動き出したレッドドラゴンに振り落されるようにして俺はルビーと一緒に地面を転がった。よほど勢いがあったのか、結構な距離が開いてしまった。


「いたたた……まだ終わってない。やるわ!」


「うん。みんな、ちょっとだけ任せたよ!」


 ドラゴンの周囲にはまだ人間の兵士だっている。だけどそれを気にしている余裕はあまりなかった。ルビーと一緒に少し離れた木の裏へと駆け込み……そこでようやく彼女の手のひらは開かれた。


「おんなじだ。俺が買ったやつと」


「そうね。夕焼けの時に買っちゃって……こんな可愛い色だったんだ、なんて言っちゃってさ」


 ルビーたちには石だったころの記憶のような物があるようで、ルビーは俺が彼女の石を買った時のことを覚えているようだった。確かに、夕焼けの時に見つけたからもっと真っ赤で、濃い色かと思ったら意外と可愛らしさを感じる淡さのある色だったんだよね。


「だけど俺は思ったんだよね。きっとこんな石の子は女の子らしくて、可愛いところがあるんだって」


「馬鹿、今言わなくていいの。片付いたらね……ゆっくり聞くわ。さ、入れて頂戴」


 頷いて、俺はルビーの小さな手を握りこむようにして彼女のお腹にある魔法陣へと……ルビーの貴石を沈み込ませた。

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