JD-194.「触ると熱いの当たり前」
大きな川沿いの街で出会った不思議な種族、リブス。そして彼らとの交流は俺たちに色々なことを教えてくれた。彼らは元々住んでいた湖で大きな事件があり、散り散りになってしまったという背景があったのだ。
大人1人、他は子供……そんな集まりで必死に生きて来た彼ら。そして今、人間の土地に彼らが故郷を追われた原因となる物が迫っていた。
『アイツは……間違いないです。兄さん、アイツがあの時のドラゴンです!』
「まだ何かを探してる……マグリアの合図を見つけられていない!?」
この距離からでもわかるほどの大きさだ。恐らくは前に出会った嵐を呼ぶドラゴンの二倍はあるだろう。ここからではわからないけど、街はきっと騒ぎになっている。当然だろうね、まさかと思う相手がやってきたんだから。
(迎撃の準備をしてる? いや、逃げていてもおかしくない)
廃墟となった街に来ていた兵士も言っていた。そうなったら逃げる、と。戦いの本職がそういうからには相手の脅威は間違いなく、相当な物なんだろう。
「トール、やるのね」
「うん。皆には悪いけど、今回は俺も前に出るよ。そのぐらいしないとどうにもならなそうだ」
徐々に大きく見えて来たレッドドラゴン。その体はあちこちが灼熱の赤い光が輝き、まるで火のついたままの何かが空を飛んでいるかのようだった。
そんな相手に近づいていくというのに、オルトの速度は弱まる気配がない。
『兄さん、私は悔しいです。こうして危ない場所に送り届けるぐらいしかできない……』
「だいじょうぶ。ジル、みんなと一緒に頑張るから」
大きくなっても純粋な気持ちを持ったままのジルちゃんに撫でられて、オルトの感情が少し和らいだような気がした。俺からしてみれば、この状況でもしっかり進んでるだけ、オルトは戦士だと……そう思う。
「っ! 感じるわ。アイツ、持ってる」
「ルビーの貴石です? そうなるとオルトのお話よりもっと強い状態なのです」
貴石が見つかることを吉報と呼ぶべきか、強敵がさらに厄介になっているという凶報と呼ぶべきか。悩みどころだ……ただ、俺たちがやることは決まっている。貴石があるというのなら、なおさらだ。
「全力でぶつかって、可能ならば誰かのエンゲージから攻め込む……これしかありませんわね」
「全力全開、やっちゃおー!」
みんなの覚悟が決まったところで、それを聞いていたわけでもないのにレッドドラゴンに動きがあった。空中で飛んだまま、ある方向を見たのだ。その方向は……俺たちが過ごした街の反対側。話だけは聞いた、不思議な場所がある方向だ。
「マスター! ブレスですわ!」
「やらせるか! みんな、撃ち込め!」
狙いを定めたように姿勢を整えるレッドドラゴン。その口元に膨大な量のマナが集まるのがわかった。吹きこぼれるお湯のように口から漏れ出る赤、赤、赤。確かめるまでも無く、ブレスの合図だった。
俺達は思い思いに力を込めた属性の矢を放つ。それは既に太い槍のようになった物で、都合6本が一気にレッドドラゴンの頭部にめがけて突き進んだ。
『前の砂地に乗ります!』
「了解っ! 後は任せろっ!」
着弾の結果を待たず、オルトの叫びと共に俺達は地上へと乗り上げた。と同時に空には爆音。見上げると、大空に花火が2つ上がっていた。1つは俺たちの放った貴石術のカラフルな爆発。そしてもう1つは、自爆気味にレッドドラゴンの口元ではじけた赤いブレスの光だった。
周囲にこの世の物とは思えないほどの叫びが響き渡る。怒り、恨み、そういったものがぎゅっと詰められたものだ。
と同時に、巨体がゆっくりと地面に落ちていった。オルトを置いていく形で俺達は街道を駆け抜け、そちらに向かう。
レッドドラゴンの落ちた場所は、隕石でも落ちたかのようなクレーターとなっていた。森を抜け、木々の間を抜け……相手の姿を見た瞬間、俺の心は衝撃を受けた。
圧倒的な強者、それがそこにいた。大きさは元より、力を詰め込んだような姿はCGと思う他ないほどの物だった。気配を感じたのか、横たわりながらも1対の瞳が俺たちを見……そして吠えた。
「ぐぅうう!」
昔、ゲームをしているとキャラクターが巨大生物の咆哮で気絶したり、吹き飛ばされるという物を見た時、人がそんなものでこんな風になるわけがない……なんて思ったりした日もあった。だけど、俺は今、それを自分自身で味わっている。
爆風のような風が迫り、砂埃を上げ、石や小枝を交えて俺達へと迫る。そのままだと怪我では済まないだろう規模だった。だがそれは俺たちにほとんど迫ることは無かった。
「させ……ないよっ!」
抵抗するように後ろから広がるのはフローラの生み出した暴風のような風。それは俺たちのいる場所だけという限定的な物ながら、レッドドラゴンの咆哮を押し返した。気のせいか、こちらを見る瞳に違いが出てきた気がする。羽虫を追い払うような物から、厄介な相手を片づけるための瞳に。
うめきのような声を上げながら、ゆっくりとその巨体が持ち上がる。大きさとしてはやはり前に出会った緑の竜の2倍から3倍。ははっ、子犬と大型犬どころの騒ぎじゃないな、これは。
「ガードは任せてくださいなのです」
「あの額の上の方……確かにありますわね。行きますわよ、ルビー」
「ええ、もちろん……」
未知の強敵。だからと言ってあきらめるという選択肢はここに至っては、無い。自分と、みんなを信じて1歩、前に進み、そして駆け出した。聖剣の切れ味はもちろん最高。手加減なんて出来るはずもない。
「うぉぉぉおお!!」
叫び迫る俺に、相手の反撃はごくシンプルな物。右腕を突き出す物だった。どんな名鍛冶師でも作れないような鋭すぎる爪。それが並んだ手はまさに凶器。大岩も貫くだろう一撃を当然まともに受けるわけにもいかず、身をひねりながら回避して聖剣を振るう。
(硬っ!)
切れ味の良くない鉈で竹なんかを斬りつけたような感覚に近いだろうか? 効いていることは効いていると思うのだが、表面に食い込み削っただけに留まる。
立ち止まってはいけない状況のため、そのままレッドドラゴンの横に駆け抜け……目の前に迫る尻尾を何とか飛びこえて避ける。
「目よ、まずは目を!」
「おっけー!」
レッドドラゴンの意識が俺の方を向いたのを利用し、頭部に集中する貴石術の光。それらは直接のダメージは少ないかもしれないけれど、守られていない場所を貫くには十分な威力を持つはずだった。だからこそ、レッドドラゴンはそちらを警戒し、姿勢を何度も変えていく。
(急所を一撃とはいかないか……なんとかエンゲージするか、あの額の貴石を取らないと)
輝きからして、恐らくは本命のルビー。見覚えのある金具というか台座についたままだから間違いないね。
こうも相手が元気だと取りにいきようがないのだけど……。
それから何度も攻防が繰り返され、こちらは時間を消費し、レッドドラゴンは少なくない傷を負っていた。ただ、決め手に欠ける両者となると不利なのはこちらだった。確実にみんなのマナは減り始めている。
その時だ。俺たちとは違う方向から貴石術であろう光が飛び込んできた。オルトたちか?と思いそちらを向くと……船に乗り合わせ、こちら側に乗り込んできた人間の戦士たちの姿があった。
「駄目、あんな固まって来ては!」
「良い的ですわ!」
2人の叫びもむなしく、レッドドラゴンが大きく間合いをとったかと思うとその口元には集まるマナ。2度目のブレスの合図だ。やらせるわけにはいかない!
「させないっ!」
「防げる? いいえ、防がないと!」
俺達はレッドドラゴンとみんなの間に立ちふさがり、思い思いに障壁となる力を展開する。そして突き刺さるブレス……俺たちの視界が赤く染まった。
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