JD-193.「赤いアイツ」
リブスたちの夜は早い。基本的に日が暮れ、空に大きな月が躍る頃には……大体子供たちは眠っている。夜目があまり効かないということもあるようだった。集落のはずれに寝泊りする場所を作った俺達は、たき火を前にしてなんとなく夜を過ごしていた。
「ねえ、とーる。ボクわかんないんだけど、火山ってそう簡単に噴火するのかな?」
「どうだろうね? 俺も詳しくないけど、いきなりと言っても多少予兆みたいなのはあると思うんだけど」
ちょっとした地震のような物、煙が出てくる、周囲の井戸が熱湯のようになる、等々……そんなようなことを聞いた覚えがあるような気がする。言われてみれば、不思議だった。リブスという種族はオルトに代表されるように、貴石術を使う種族だ。ただの獣ではない彼らが、住む場所の異変にぎりぎりまで気が付かないということがあるだろうか?
「マスター……もしかすると、火山は起きたのではなく、起こされたのでは?」
「でもそんなことが出来る奴がそうそういるかしら?」
考えていくうちに、自然に噴火したという話とは別の可能性が出て来た。何らかの理由により、何者かの意志によって噴火したのではないか?ということだった。しかし、リブスたちが住んでいるほど長い間湖としてそこにあり、噴火してこなかった火山を目覚めさせるほどの……。
「……ドラゴンさん?」
「そうなるとよほどの大物なのです。北で出会った緑な奴はそこまでの力は無かったと思うのです」
パッと浮かんだのは、何年か前に目撃情報があったという赤いドラゴン、レッドドラゴンと呼称するとして……そいつが湖に向けてブレスを吐いたと考えてみよう。多少騒ぎにはなるだろうけど、暮らせるほどの湖となると相当な水量だ。そこを貫いて火山を目覚めさせるというのは大変に思う。
『さすが兄さんたちです。気が付きましたか』
「オルト? 聞いてたのか」
リュミちゃんを寝かしつけてきたのか、大きな体を音も無く動かしながらオルトがたき火に近づいてきた。揺れる炎の灯りが巨漢を照らす。これだけでも絵になるのだけど、今日の彼は真剣な表情だ。
『ええ、たき火に照らされたまま何やらお話してるようだったので……あの日、確かにただ噴火が起こったわけじゃないんです』
「何か、他に原因があったのね?」
ルビーの問いかけに頷き、思い出すような顔をしてオルトが口を開く。
『あれは噴火の一月ほど前でした。いつも日向ぼっこをする場所で、事件が起きたのです。事件と言っても……なぜかそこは妙に熱く、太陽が2つも3つもあるような気がする……そんな場所になっていたという物です』
「それは!? いや、続けてくれ」
つい最近聞いたことのある物と酷似した状況に声を上げてしまったけれど、最後まで聞くべき、そう思って先を促した。もしもこの仮説が正しければ、今この瞬間に……いや、まだわからない。
『兄さんたちは見たことがありますかね? 実は地面の中、特に火山周辺にはマグリアという種類の魔物がよくいるんです。信じられないことに、奴らはあの真っ赤な海の中を泳ぎ、飲み、生きると言います。そして時に、地上に出てくる……ただ、そうそう都合よく地上に出る穴は開いていません。それこそ火山以外』
「湖の状態は出てくるのに邪魔だった……?」
ここでオルトが関係のない話をするわけがないわけで、そうなると俺が言ったような状況が生じてくる。彼は頷き、少し顔をしかめて話を続けた。
『私のような若いリブスには不思議なこともあるもんだ、ぐらいにしか思いませんでしたが……一族の長老格たちは騒ぎ始めました。マグリアが赤い悪魔を呼んでいる。逃げ支度じゃ、と。結果として前日までその可笑しな場所以外には何も起きず、みんなの中に年寄りの戯言だという空気が満ちていったのです……そしてあの日、子供たちは見えなかったようですが、山向こうから奴が来たんです』
その恐ろしさを思い出したのか、オルトの体が震える。俺は横に寄り添い、元気づけるように大きなほっぺたを撫でた。男同士ですることかはわからないけれど、大人だって男だって元気づけてほしい時はあると思う。
『ドラゴンにとっても火山の噴火で地上に出てくる貴石の混ざった赤いアレはごちそうなんでしょうね。マグリアはそれを餌に奴を呼んだんです。ここを打ち抜け、美味しい物が出てくるぞ……って。私たちは逃げ惑いました。強烈なブレスによって湖は霧だらけとなり、それが目くらましになって偶然私は逃げられましたけど……すぐ後のことです。ドラゴンのブレスがきっかけとなって山が吠えました。後は前に話した通りです』
(なるほどな……そうなると、だ……)
俺は腕組みをしながら、情報を整理していた。何もなければオルトたちの住んでいた湖はそのまま平和だったに違いない。それだけ長い間火山は眠っていたのだ。そこを起こされ……噴火した。ただ、そうであれば今もなお、その場所は噴火しやすい場所だ。それでも一度は戻るというのだから故郷というのは如何に大事なのか、わかる物という物だ。
「オルト、昔話に聞いていたら、ぐらいでいいんだけど……このあたりってあの山以外にも噴火したことがあるのかな?」
「! トール、あんた……」
どうやらルビーも気が付いたようだった。そう、ここに来る前の街で聞いた不思議な場所とその話。妙に乾き、日差しの強いように感じる可笑しな場所。普通に考えて噴火するような場所じゃないけれど、原因が別にあるのなら……どうだ?
『確か……兄さんたちに出会った場所、あの街のあたりも遠い昔は噴火があったそうです。あの川もあのあたりだけすごい深い……まさか!?』
「ああ。実は、あの近くで同じように変な場所があるって聞いたんだよ」
噴火を促すほどの火力を誇るドラゴン。そんな相手との戦いが……振り返った背後にいる、ぐらいの勢いで現実味を帯びてきた瞬間だった。
夜のうちはどうしようもないということで、俺達はもやもやしながらも横になる。隣に寝るジルちゃんとニーナの手をぎゅっと握ってしまったのは、どこかで緊張しているからなのか……ただただ怖いのか。
「トール様、大丈夫なのです」
「きもちでまけてちゃ、だめだよ?」
「そうだね、ありがとう」
人は自然には勝てない。そんな言葉が浮かんでは消えていく。だけど負けるわけにはいかない。人じゃ勝てないというのなら……人を越えればいい……そんな気持ちが浮かんだ夜だった。
『じゃあ準備はいいですか、兄さんたち』
「うん。よろしく頼むよ」
翌日、俺達は川辺に来ていた。リュミちゃんたちの見送りを受け、俺達はオルトと一緒にいる。下流まで送っていくとオルトが提案してくれたためだった。そんなオルトの背中にはいかだのような物。しっかりとオルトに固定され、まるで船の上側だけのようだ。一度に運ぶから揺れるのは我慢してほしい、そう言われて準備を手伝った結果がこれだ。試しに川に出てみると、俺達6人が乗っても沈む様子は無いし、問題なさそうだった。
『オルトおじちゃん、お兄さんたち、気を付けて』
「またね」
絶対にオルトを彼女たちの元に帰す。そう決心を心に秘めて俺達は下流へと一気に移動を開始した。途中、あのタコモドキに襲われるかと思ったけれど順調そのもの。ついには遠くに街が見えて来た。
そんな時だ。
『! 兄さん!』
「心の準備をする暇もないか……みんな、貴石解放行くよ!」
遠くの空にだが、赤い何かが見えた。間違いなく空を飛んでいる……ドラゴンだ。文字通り、熱くなりそうな戦いが目の前に迫っていた。
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