JD-192.「器用な生き物たち」
反省すべき点も多い作戦は結果的には無事に終わった。歳の差や立場の差、背負う物の差などを乗り越え、見た目オットセイとトドのような種族、リブスの大人であるオルトと、まだまだ子供だと彼の思っていたリュミちゃんはついに両想いになることが出来たのだった。
体格的には正直、他人のことは言えない俺からしても大丈夫なのか?と思うところだけど本人達が良いならとやかく言うことじゃない。
それに……仲睦まじいという言葉がよく似合う2人を見ていると何も言えなくなってしまった。
「リュミちゃん、よかったね」
「いつの時代も女は強いものよ。さて、問題は実際に他のリブスたちがどうしてるかと、故郷がどうなってるかよね……」
集落の隅にある岩の上から、俺達は集落全体を見渡していた。今のところ、多少数が増えても暮らしていくには十分そうなスペースがこの滝つぼ周辺にはある。貴石術を使っていけば、狩りもいけるだろうし、環境を整えるにも役立つだろうね。ただ、オルトたちにとっては一応、ここは仮の住まいであり本当は故郷である湖に戻りたいと思ってるようだった。
(さすがに酸性の湖になってるってことはないだろうけど……食べ物が乏しそうだな)
リブスは見た目に反し、普通に草食な生活も可能だった。木の実も食べるし、もしゃもしゃとそこらの草でも十分いける雑食性だった。時折魚を含めた物を食べれるならそれに越したことはない、といった様子だ。生き物としてはなかなかタフというか、どこでも生きていけそうだ。
そのうえで、さすがにまだ環境は回復していないだろうから様子見ということになるだろうと思った。
「春には一度戻りたいと言ってましたわね」
「うんー、そうみたいだねー。よーし、ちょっと手伝ってこよっと!」
駆け出すフローラを追いかけるみんな。俺もまた、後をゆっくりと追いかけながら昨日までとは雰囲気の違う集落を眺める。昨日までは、どちらかというと避難所、そういった言葉の似あう雰囲気だったんだと思う。でも、リーダーであるオルトの決心と、それを支えることを決めたリュミちゃんの姿勢が集落全体に伝わったんだ。
『あ、人間のおにーちゃん! これすごくない?』
「おお、すごい太いね。君たちが斬ったんだ?」
リュミちゃんよりもさらに小柄な子たちが引っ張りながら運んできたのは彼ら3人分の胴体ほどもある木。森から切り出してきたそれを使い、色々な物を作ろうというのだろう。彼らもきっとわかってるんだ。湖にはいきなりは戻れないし、生活もそこではできないだろうと。これはオルトの教育のたまものじゃないだろうか?
生き抜いていく力、考えるべきこと、そういったことをじっくりと教えていった結果だ
『食べ物が無いかもしれないから、運ぶ物を作る練習なんだ!』
「なるほど。人間の世界にはこういうのがあるんだ……」
だから俺は、その真っすぐな気持ちに応えるべく、乏しい知識から少しでも役に立つものは無いかと考え、それを伝えていく。ソリはそれに近い物を彼は作ることにしたようだった。同じような物は既にあると思うんだけど、合わさってより良い物になればいいかなと思った。
『あー! ちょっと、ちゃんと足跡や引っ張った跡を消さないと魔物が来ちゃうわよ!』
『いっけねっ! 消してくる!』
そこに乱入してくるリブスの女の子。勝気な感じなのは、男女比率の違いすぎる種族の中で、いち早く異性を手に入れるための自然のたまものだろうか? いや、中には大人しい子もいるからそういう役割分担を自然としてるのかな?
彼らと別れ、そのまま集落の中央に向かうと……なぜかオルトが小岩の上に乗ってずーんと落ち込んでいた。昨日の今日だというのに、喧嘩でもしたのだろうか?
「オルト、どうしたんだ?」
『あ、兄さん……いや、何でもないです。自分がどうにかしないといけないことなんで』
『もう、オルト。せっかくお兄さんが聞いてくれたんだから強がっちゃ駄目じゃない』
俺を見上げた後、力なく首を振るオルト。それを叱ったのは彼の後ろに隠れていた形になったリュミちゃんだった。体格差があっても、既に尻に敷かれれてると言っていいような気がする。大柄なオルトの上に乗った状態のリュミちゃんを見ると、見たまんまの状態だからね。
『そ、そう? いやぁ……一番若い子たちの仲のいい集まりだけで狩りに行ってもらったんですけど、心配で心配で……痩せそうです』
少しやせたほうがいいかもしれない、特に夜のために……等と正面から言う訳にも行かず、隣に立って話の続きを聞くことにした。本当なら飛び出していきたいであろう彼がここにいるのだ。相当に覚悟を決めたはずなのだ。
『でも、自分が信じるって決めたんです。ここで様子を見に行ったら彼らを信じてないのと同じですよね!?』
「んー、そうかもしれないし、それとこれとは別っていうことにもなるかもなあ。いいよ、俺が見てくる。どっちに行ったんだ?」
さすが兄さん!といった声を聞きながら、たまたま近くにいたジルちゃんとラピスに手を振り、2人の頷きを返事としてオルトに向き直った。するとそこには……こちらを見る2組の瞳。まあ、オルトとリュミちゃんなんだけどね?
『すごいなあ、喋ってないのに今通じ合ってたよね、オルト』
『そうだね。すごいね、リュミ』
「そんなでも……ないさ」
急に恥ずかしくなった俺はそれを誤魔化すように狩りに行った場所を聞き出し、そそくさと駆けだした。
少し離れたところに生る果実をとりにいったらしかった。
『あ、人間のおじちゃんだー!』
「おじっ!? 勘弁してくれよ……」
出会うなり、リブスの少年少女は俺をヒレで指さすとそんなことを言って来た。確かに彼らからするとおじさんなのかもしれないけど……ショックである。気を取り直して彼らの獲物を見せてもらう。色とりどりの果実が、簡単ないかだのような状態の物に乗せられている。
『へへー、すごいでしょー』
「美味しそうだね。これ、どれぐらいの間、保存できるか知ってる?」
この先も旅に出ることはあると思うので、途中で手に入るならそれが一番だ。見覚えのない果実ばかりだった俺はそんなことを聞いてみた。果物には足が速い奴も多いもんね。
子供たちは互いに顔を見つめ合うと、一斉にこっちを見た。若干、怖い。
『しらなーい。オルトおじちゃんが洞窟に仕舞ってくれるの。僕達はそれをもらうんだー』
「そっか。もし使えるなら、凍らせておくと長持ちするんだぞ」
言いながら、適当につかんだリンゴのような果物を軽く凍らせてみる。中まで凍ると砕けるかもしれないから周りだけだ。それでも若干きしんだ音が響く。
気が付けば、子供たちの視線は凍ったソレに釘付けだった。
『なにそれー! わ、つめたーい! 冬の氷みたい!』
『おしえておしえてー!』
意外なところで食いつかれた俺は、なんとかなだめながら集落へと戻ることになった。さすがに野外、しかも戻る途中での訓練は何かと危ないからね。戻ったら教えてあげると伝えた途端、一気に子供たちの歩く速さが増す。どこの世界も、ご褒美があると動きは違うんだなと実感した。
そうして戻った俺、そして事情を聞いたジルちゃんたちとで臨時の貴石術講座が開かれた。俺達は俺たちでオルトからリブスに伝わる貴石術の使い方なんかを教えてもらい、互いにいい時間になったと思う。
時間としては攻撃に使うタイプの貴石術には一番時間を使った。ミスをしたら味方が怪我をすることになるし、力があるというのは逃げるタイミングを間違えることにもなるからね。
『兄さんたちに会えてよかったと思いますよ』
「俺たちもさ。楽しい時間だ」
そうして異世界で、俺は人間の姿じゃないけれど……親友とは違う、家族のような相手と絆で結ばれたのだった。
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