JD-191.「女は強し」
とある街で出会ったオットセイとトドを足したようような喋る海洋生物、リブス。彼らの集落に招かれた俺達は彼と想い人との恋愛を手助けするべく、一計を案じたのだが……ただ迷子になっていた彼女側を探し当てる予定が、モンスターに襲われるというトラブルに出会ってしまったのだった。
なんとか間に合い、追い返すことには成功したけれど俺たちが彼女、リュミちゃんにこんな提案をしなければ危ない目には合わなかったはずだった。間に合ったから良いものの、何かが掛け違えばとんでもないことになっていた。反省すべき点は多いし、迷惑をかけたと一言で言えるような物ではないと感じていた。
本人達に謝罪し、理由があるんだ……と説明する俺。……が、状況は予想外の方向に転がった。
『こんな危ないことをしてっ!』
『何よ、おじちゃんがはっきりしないのがいけないんでしょっ!』
向かい合い、一見すると愛でも語り合ってるのかなという状況で2人は感情をあらわに怒っていた。体格のいいオルトに比べ、リュミちゃんは他の子より育ってるといってもまだまだ子供。まさに大人と子供の状態だ。けれど、そんなことは関係ないとばかりにオルトと先ほどから言いあっている。
「……どうするの、とーる」
「どうすると言っても……俺は今は謝るしかないかなあと」
2人を助け出してすぐ、俺はオルトにあらましを大体説明し、彼女を危険にさらしたことを謝罪したのだが……オルトは俺たちに何かを言う前にリュミちゃんに怒り始めたのだった。そうなるとリュミちゃんも素直には謝れない。売り言葉買い言葉というのがぴったりな状態になっているような気がする。
「2人ともっ! 横から口を出した俺たちにも責任はあるんだ! 2人だけで言いあうのはよしてくれないか?」
『いいえ、兄さんたちはこの辺に疎いんでしょう? 危険がどこにあるか、知らないんなら仕方ない。私は少なくともそう思いますよ。問題はリュミです。この前だって危うく襲われるところだったのに、なんで反対しなかったの!』
表情のよくわからない俺でも、オルトが真剣に怒っているのがわかる。それだけリュミちゃんのことを心から心配し、助かった安堵と何とも言えない怒りが沸いているんだと思う。だけど、今の俺ならわかる。大人が正論を言っていい相手は、結構限られているんだと……ほら。
『リュミ?』
『ふぇぇ……だって……だって……!』
そう、大人だって感情のままに動くことがままあるのだ。そこで子供となれば、正しい言葉が正しく伝わるとは限らない。ましてや恋する乙女は全く別の生き物なのだから。
泣き始めるリュミちゃんを前に、オルトはその巨体をゆらしておろおろするばかり。俺の隣にいるフローラも若干あきれ顔だ。俺はこの泣き声がモンスターを引き寄せ無いかと警戒しながら、2人が落ち着くのを待った。
「オルト、こんなタイミングだけどさ……」
『待ってください、兄さん。そうはいってもですね』
はっきり告白した方がいいんじゃないだろうか? そう思う俺がオルトを促そうとするが、本人はそんな状況じゃないだろうと言わんばかりに首を振った。どうでもいいけど、オルトがそうすると余った肉がブルブルと震えるんだよな。太ってるというよりは必要な肉体って感じだけどね。
『何よ、おじちゃんの意気地なし!』
「頑張れ、リュミー!」
泣きはらした結果、俺にもわかるほど真っ赤な目をしたリュミちゃんは、目から何か出てくるかのような強さでオルトを睨みつけた。さすがのオルトもびっくりして彼女の顔を正面から見ることになってしまう。
『あの噴火の日、ひどかったよね。湖が沸騰するかと思うぐらいの赤い赤い何か。遠くからでも見えたぐらいだもん、すごかったでしょ? おじちゃんはみんな無事だって言うけどそれもはっきりしない。もしかしたらこのあたりのリブスはリュミ達だけかもしれないんだよ!?』
『リュミ……』
リュミちゃんの指摘に、オルトの顔がゆがむ。俺も気になってはいたが、敢えて口にしていなかった。ここからでもわかるほどの山の噴火。その状況で無事だというのがどれだけ奇跡的な事か……。
優しく、責任感のあるオルトはわかっていてもそういったことを不安にさせないようにとみんなには言っていなかったんだろう。きっと大丈夫、みんなあちこちに逃げているんだ、合流できる、とね。
だけど、リュミちゃんたちもいつまでも何もわからない子供じゃなかったというわけだ……当時のことをちゃんと覚えてる子もそれなりにいるに違いない。
『他の皆だってわかってる! だからちょっと早いかなって思うけどもう番を見つけ始めてるのよ?』
『仲がいいなと思ってたけどそんな……そうか……そうだったんだ』
大人は、いつまでも子供は子供でいてほしい、そう思う気持ちがどこかにあると何かで読んだ気がする。オルトもまた、みんなはいつまでも自分に保護される存在でいてほしい……そういう気持ちがあったんだろうか?
『自分達で一族を盛り返そう、そう言ってよ! それこそ……自分の子供をたくさん産んでくれって言ってくれたっていいじゃない! 私、産むよ。いっぱいいっぱい。あの湖が狭くなるぐらい、たーっくさん! ね、おじちゃん……オルト、愛してる!』
『リュミ……う、うぉおおお!』
彼女の告白に、オルトは体を震わせたかと思うと、なぜか俺の前に来て真剣なまなざしで俺を見上げた。行くならリュミちゃんのところだろうに、一体……。
『兄さん、私を殴ってください! 情けない自分とさよならしたいんです!』
「! そうか……よしっ!」
俺にその資格があるのかはわからない。だけど彼はそれを望み、俺も応えたいと思った。エビぞりをするかのように顔を差し出してくるオルト。その顔に向かって俺はパーにした手のひらで思い切り平手打ちをした。さすがにグーはね、俺の方も痛いし……。
『へぶぅ!?』
『オルト!』
女神からもらった肉体は俺が思っていた以上に平手に力を与えたようだった。大きなオルトの体が見事にひねりを加えられて転がっていく。慌ててリュミちゃんと一緒に追いかけると、全身を砂だらけにしながらも満足そうな表情のオルトがこちらに歩いてきた。
『ははは。すっきりしました。リュミ、ごめんな。私……怖かったんだ。みんなが私を慕ってくれるのは、大人が自分だけだからじゃないかって。他の頼れる大人が来たらそっちを向いてしまうんじゃないかって』
『ばか……』
気持ちを確かめ合った2人に後は言葉はいらない。俺とフローラの見守る中、大小2つの影が1つになる。めでたい……めでたい事なんだけど……背中がかゆくて仕方がないのはなんだろうね。まあ、俺もみんなとあれこれしてるときは似たような物かもしれないけどさ。
「ねー、そろそろ戻る? みんな心配してるしさー」
『はっ! そ、そうですね! リュミ、行くよ』
『うん、オルトおじちゃん……ううん、オルト!』
結局、俺達は駆けつけてピンチを救ったぐらいしかできなかったけれど、結果的には良かったのかな?
仲睦まじく集落に歩き出す2人を見守りながら、俺とフローラは無言で見つめ合い、互いに笑い出した。
集落に戻った時、のんきに歩いてきたことをルビーたちに叱られたのは……まあ、迷惑をかけた代償ってことにしておこう。みんなも2人の様子を見て色々と悟ったようで、最後には「やるじゃない」とルビーに背中を叩かれた。
子供ばかりの集落が、新しい1歩を踏み出した瞬間であった。
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