JD-189.「愛の形は人それぞれ」


 スーテッジ国の隣国であるトスネス。その中を流れる川沿いの街で俺達はオットセイ……トドと足して割ったぐらいの体格だけど……な異世界生物オルトと出会った。種族名はリブスといい、川や湖などに生息する淡水型のようだった。

 意気投合した俺達は彼の住む集落に案内され、そこで出会ったのは明らかに彼よりも幼いリブスの子達だった。


「危ない危ない、危うく俺の冒険がここで終わるところだった」


『どこに難敵が潜んでいるかわかりませんね、兄さん』


「何を言ってるのかしら、このコンビは……」


 出てもいない冷や汗をぬぐう仕草をすると、神妙な表情のオルトがそのヒレで俺の足をぽんぽんと叩いてくる。背中に飛んでくるルビーの冷たいツッコミはここはスルーである。


「アザラシさんと比べるとすべすべつるつるしてるよ。うわー」


「こんにちはなのです!」


 気が付くと、目の前に走ってきていたリブスのちびっこたちはジルちゃんたちとさっそく遊び始めていた。あちこちで黄色い声が響き渡る。その代りにという訳じゃないだろうけど、俺の足元にもリブスが寄ってくる……おや?


「オルト、こっちの子達は男の子?」


『あ、はい。リブスは昔から男が少ないんですよ。だからそこにいる子達以外、あっちの子達は全部女の子です』


 衝撃の事実であった。ざっと見ると、大体オスメスの比率が2対8といったところだ。一夫多妻制どころじゃないな……基本複数が相手になるだろうな、これ。

 いつの間にかオルトの上には他の子より少し大きい子が乗っかり、なんだか顔をこすりつけるようにして背中にがっしりと抱き付いている。たぶんこの子がオルトの……なんだろう、普通に両想いなのではないだろうか?


『おじちゃん! この人間さん達はお友達なの!?』


『2本足で立ってるー! すごーい!』


 つぶらな瞳で見つめられ、何が楽しいのか周囲を走り回っては笑っているリブスの子達。見ているこっちまで楽しくなるけど、疑問は残る。何かといえば、そう……なんで大人がオルト1人(1匹?)なのかということだ。

 少し落ち着いたところで、オルトがお話があるから後でねとみんなに言い聞かせ、ひとまず解散となった。





 オルトに案内されたのは、岩山をくりぬいたような洞窟だった。綺麗な断面だし、貴石術で削ったんだと思う。結構大きいから元々あった場所を整えたのかもしれない。それでもその腕前が見えてくるという物だ。

 物を作るという考え方と技術はあるようで、木材を使った箱のような物や、道具らしきものも結構ある。手作り感があふれてるのは外にいた子達も作ってるから……というか大人がいないからだろうか。


「みんな元気だな」


『はい。未来を信じて生きているいい笑顔です。だからこそ、守りたいのです』


 応援したくなる言葉を口にするオルト。心なしか、その顔もきりっとした物に見えて来た。ただまあ……例の女の子であろう相手を背中に乗せたままだけど。

 飽きないのか、ずっとオルトの背中に抱き付いている。時々こちらに視線を向けるけど、それ以外は離れない!とばかりの様子だ。完全に懐かれてるというレベルを超えているんだが……どうして告白を怖がるんだろうか?


「ジルはジルって言うんだよ。お名前は?」


『私はリュミ! よろしく、人間の女の子……あれ? 人間さんじゃないの?』


「いい女には秘密があるものよ。だから内緒」


 確かに女の子だなという顔のリュミちゃんがジルちゃんたちの正体を本能的にか見分けたみたいだった。だけどルビーの返事に、妙に納得した様子で頷き、またオルトに抱き付いた。なんていうか、大好きなんだな……。おっと、それはそれとしてだ。


「オルトしか大人がいないわけは聞いても大丈夫か?」


『ええ、そうですね。実は……私たちがもともと住んでいた場所が結構前に噴火しまして……散り散りに逃げたのはいいんですが、その先にこの子達だけがいました。話を聞くと、たまたまみんなで遊びに出ていたのだそうです。とにかく遠くに逃げないとと思って一緒にここまで逃げて来て……みんなが旅ができるぐらい成長したら故郷に戻ろうと思ってるんです』


 思ったより重い内容だった。リブスたちが住んでいたということは川か湖などということになる。そこが噴火となると……噴火後に湖が出来たけどそこはずっと眠っていただけでまだ下にマグマがあったということかな?


「周囲には火山らしい煙は見えませんわね。山はありますけど……」


『あ、そうです。あの山が故郷です』


 器用にヒレで指さすのは遠くに見える山脈的な場所の一角って……そういうことか。完全にいわゆるカルデラ湖な場所だったんだ……そりゃあ、危ない。よくもまあ、無事だったねえ。今も噴火したであろう山だけ周囲と色が違う。さすがの異世界の植物といっても、森が後から育ってきた場所だからか緑が薄いんだよね。

 オルトに自覚があるかはわからないけれど、相当にぎりぎりだったに違いないし、この子達も運がよかった。


 確かに今からこの距離をみんなを守りながら戻るのは大変かもしれない。ここに来る時には必死だったから気にならなかったんだろうね。それにしても、火山か……。


(長い間休眠状態だった火山の噴火……気になるな。時期的には俺の持ってたやつのせいじゃないだろうけど……)


「何かあるかもねー。今度いってみようか、とーる」


「他の大人たちが既に戻ってるかもです!」


 2人の言うように、俺たちの足ならそんなに遠い場所じゃあなさそうだし、良い貴石が見つかるかもしれない。ついでに状態が確認できるならいうことは無いね。

 その提案をしようとオルトに視線を戻すと……なぜか背中のリュミちゃんとジルちゃんは手をつないで楽しそうに笑っていた。


「これでおともだち」


『うんっ! よろしくねっ!』


 何やら2人だけに感じる物があったらしい。悪い事ではないので、こちらはジルちゃんに任せることにした。話が見えていなさそうなオルトの前にしゃがんで、俺も手を差し出した。きょとんとした様子のオルトに微笑む。


「とりあえず、色々話を聞くよ。出来ることがあるなら手伝うよ」


『! に、兄さん……!』


 感動癖があるのか、オルトはわかりやすく泣き始め、俺の手をヒレがつかんでいるために鼻をぬぐうことも出来ずに垂れ流し状態であった。でもなんだか嫌な気はしないね。


 その後、集落を案内してくれるということで外にでるとリブスの子達の数が増えていた。木の枝を使った物の上に乗った鹿のような動物や魚たち。どうやら狩に出る力はもう持ってる子がいるみたいだった。それを小さい子が羨ましそうに見ている。なるほど、オルトが気を使うわけだ。

 見ている間にも、貴石術であろう気配が生じたかと思うと次々と獲物が処理されていく。ああやってここで生活してるんだな……。


「思ったより生活は出来てますのね」


「うんうん。みんなたくましいよー」


 大体全部で50人ぐらいかな……? 人でいいのかわからないけど、まあそれはいいか。でもやっぱり男女比率は変わらず、もし人間だとしたらアマゾネスな村のような見た目だったろうね。

 では少数派の男の子が肩身が狭いかというとそうでもないみたいだった。


『わー、すごーい!』


『がんばるよ!』


 女の子数名に褒められ、やる気を出したらしい男の子が貴石術により風の刃を産み、獲物は綺麗に斬られていく。あるいは水を出し、洗い流す……なるほど。


「私達もああしましょうか?」


「遠慮しておくよ、うん」


 そう答えながら、リブスの生存戦略の一つを見た気がした。女の子が男の子をやる気にさせ、鍛え上げるのだ。そしてその男の子を頂点としたグループを作って1つの家族としていくんだろう。女の子の取り合いになることは恐らく、無い。なにせ2対8だからね。


『お兄ちゃん、お姉ちゃん、相談があるの』


 子供たちに呼ばれ、どこかに行ってしまったオルトの背中から降りたリュミちゃんがいつの間にか足元に来ていたかと思うと、そんなことを言って来た。

 人間的に言うと妙にかしこまった様子、という雰囲気である。


「あら、どうしたの?」


「何でも聞いてくださいね」


 お姉ちゃんと呼ばれて悪い気がしないのか、2人の声もどこか優しい。それに喜んだ様子のリュミちゃん。ずずっとさらに近づいたかと思うと、囁くようにこんなことを言ったんだ。


『オルトおじさんを口説き落とす方法が知りたいの』


 どうやら……異世界ともなると男女事情も一筋縄ではいかないらしかった。

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