JD-188.「揺れる体(主にたるんでるから)」
「オットセイだね」
「そうね、トドっぽい気もするわ」
「どうでしょう? 太ったオットセイなのでは?」
陸地に引っ張り上げた謎の相手のお腹周りを見てそう評する俺、ルビー、そしてラピス。残る3人はというと……頭の方で牙をつんつんとつついていた。長さは大体20センチぐらいかな? そこそこ長い。
見た目は太ってる感じだけど、その体が十分な運動能力を誇ることをさっきまで俺達は目撃していた。
気絶してしまうほどの高さまで飛べるということも、ね。ともあれ、このまま放置というのも微妙なところ。話せる相手か、獣として話せない相手か……さて?
「ご主人様、お鼻くすぐっていい?」
「くしゃみで起こす、定番だね!」
「こまかーくした奴を漂わせるのもおすすめなのです!」
ジルちゃんの言うようにくすぐるのは何かあった時に近くにいると危ないと思ったので、ニーナにコショウぐらいの大きさの砂を生み出してもらい、フローラの風により謎のオットセイの鼻へと漂わせた。わずかに霧のような物が漂ったと思うと……すぐに反応がある。
『ビエックショイ!』
大きな体がエビ反りするかのようにはねたと思うと、その勢いのままビタンと地面にたたきつけられた。かなり……痛い気がする。現にオットセイは痛みにか震えてうずくまっている。元々横たわってるけどさ。
「あー……無事か?」
『これのどこが無事に見えます!? 痛いったらありゃしない!って……」
思ったよりもつぶらな瞳と俺の視線とが交差する。なんとなくオスかなと思った。声の感じも男だったしね。やや高めの、元気な声だった。しばらく時間が過ぎ、オットセイの視線が俺からみんなへと向く。そして俺に戻って来た。
『ニニニ、人間だっ! 逃げろ!』
「だめ」
何かにおびえるように逃げ出そうと体をひねるオットセイだが、素早く尻尾になる部分をがしっとつかんだジルちゃんの手によって逃亡は失敗する。多少引っ張られたけど、しっかりとつかんで離さないジルちゃん。思ったより力が増している……俺が持ち上がるんじゃないか?
『ぐふっ……うう、私の負けです。だけどあの子達は、あの子達だけはっ!』
「落ち着きなさいよ。私たちはただ話を聞きたいだけなのよ。珍しい相手と出会えたんだし』
首を差し出すかのように土下座(しつこいようだが既に横たわっているので最初から姿勢が変わらない)で何やら必死に訴えてくるオットセイ。みんなも驚いた様子で、ルビーだけが冷静につっこみを入れて来た。
恐る恐るという様子で顔を上げてくるオットセイ。いつかテレビで見たような顔だな……気のせいかな?
その視線が俺に来たので、そのまま頷いてあげると脱力した様子でぐでんと横たわった。
『すいません……まともに人間と話したのは久しぶりだったんで焦りました』
「いいんだよー、誰にでもそういう時あるよねー。これまで街で顔を出したことは無いの?」
「その体じゃ隠れるのは大変なのです!」
確かに今いる場所は街のはずれで倉庫の裏手。何もないと言えば何もない場所だ。かといって俺の倍ぐらいはありそうな太さの体はそうそう隠せる物じゃあない。あの速さで逃げてるのならつかまるってことはないかもしれないけどね。
『喋ってるとどこからか研究者とかいう奴が来る時があるんで、普段はしゃべらず過ごしています、はい』
「人の探究心は恐ろしいですものね……」
「なるほどね……そういえば名前は? というか親戚にシルズって種族がいない?」
海洋生物的な見た目の喋る相手、となると真っ先に浮かぶのがアザラシめいた姿のシルズ達だ。貴石術を使ってるという点でも共通項が多い。性格はマリルとは随分違うようだけど……。
『一応オルトって名前があります。シルズ? えっと……兄さんたちは?』
相手に喋らせてばかりというのもなんなので、自己紹介を兼ねて話を始める。途中、シルズの事を交えながら話していると徐々にオルトも打ち解けてきたようだった。口調は変わらないけれど、水族館のオットセイにアテレコしてるかのような流ちょうなしゃべりになってくる。
『ほえー……貴石のために世界を旅してるんですねえ……すごいですなあ。そちらのお嬢さん方も?』
「そうだよ。ご主人様とずーっと旅をしてるの!」
キラキラと輝く瞳でそういうジルちゃんをオルトは見つめ……って。
「何してるんだ?」
『イタタ。いえ、感動したので抱きしめようかと。……ああ! 種族に伝わる感激の仕草なんです』
抱きしめ……まあ、種族が違うとそういうこともあるのかな? だけど正面から抱きしめてそのまま顔をくっつけようとするから何事かと思ってしまったではないか。
思わず本気でオルトの頭を掴み、引きはがした俺は悪くない……と思う。
「手をつなぐぐらいにして欲しいな。みんなその……俺の嫁なんだ」
『みんな……!?』
実際には嫁というか、なんというか……上手い言い方が無いけどそのぐらい大事な相手だ。誰にも渡したくはない。その想いが行動に出てきたのだが、オルトは真顔になって俺たちを見渡した。
「ええ、そうよ。たまに頼りないけどね」
「うふふ。そういう時に支えるのも務めですのよ」
息の合った会話をする2人をさらにオルトは穴が開くように見つめている。何か珍しいんだろうか? 良い子達だけどそんな信じられないものを見たような視線にならなくても……。
「とーるはー、愛多き男、だからねー」
「みんな一緒で、たまに自分だけ、が一番なのです」
みんなを順番に見つめていたオルトは最後に俺の方を向くと……急にがばっとうつ伏せ、また土下座になった。
一体どうしたというのだろうか?
『今日から弟子にしてください! 兄さん!』
(……弟子?)
「へー、オルトは好きな子がいるんだ」
『そうなんです。だけど相手が私のことをどう思ってるかが不安で……下手に告白して関係が壊れるぐらいならって』
場所をさらに人気のない岩場に写し、オルトとの会話は続いた。見た目のわりに若いというか、随分と人間臭い考えの持ち主の様だった。まさかかつての人間により、作り出された存在とは思わないけど……進化って不思議だね。
「同じような生き物のシルズは集まって騒ぐのが好きそうだったけど、オルトたちは違うの?」
『あー……私らはリブスっていいますが、住む場所が違うんですよね。シルズは海に住む奴で、私らは川とか湖とか。塩気が駄目なんですよ。泳げなくはないんですけどね。ともあれ、ちょっと事情がありまして……』
大きな体を器用にうつむかせ、落ち込んだ様子のオルト。まあ、そうなったら理由を聞かないわけにはいかないよね。俺は適当に収納袋に仕舞いこんだ干物を1つ取り出してオルトに差し出した。
「ま、これでも食べながらよかったら話してよ」
『ありがとうございまっす! どちらかというと嫁さんを5人も手に入れた秘訣が知りたいです!』
一口で干物をかじり、美味しいのか顔の緩んだオルトからの予想外の質問が飛んできた。気のせいか、みんなからの視線が集まった気がする。さて、下手に答えられないな……でもまあ、そう難しい事じゃない。
「んー、好きなことを隠さないことかな」
愛と呼ぶにはちょっと違う部分もあるかもしれない。もちろん、愛しているのか?と聞かれたら愛してるという自信はあるけどね。秘訣は?と聞かれたならばこちらの方がいいと思ったのだ。
ふと顔をオルトに戻すと、なぜか号泣していた。
『うおおおお! 感動です! なるほど、隠さない! 目から鱗です! 私鱗無いですけど!』
「そ、そう? 役に立ちそうならいいけど……」
こっちの世界にも同じ格言?があるんだと逆に感動を覚える俺がいた。やはり同じような生活環境……魔物がいるけれど、大体同じような故事とかがあって、言い伝えとしても言葉がうまい具合に残るんだろうね。
『そうだ! 皆さん私の住んでる集落に来ませんか!?』
「オットセイさんたくさん……見てみたい」
「決まりだねー。いこー!」
あっさりと行き先が新たに決まり、オルトの先導の元、俺達は川を上り始め……細い流れの1つへとさらに曲がっていった。
『あ、見えてきました。あの滝つぼがそうです!』
「大きいー!」
「これは……見事ね」
途中、険しい道のりが多く、貴石術で飛ぶようにしなければ陸地は大変だった。オルトの進む川自体は深さはありそうだがなだらかで、長い時間をかけて削られたんだろうかと思わせた。
そうして山奥に進んだ先で、隠れた名所というにはでかすぎる滝が見えて来た。道が整備されたらみんな押し寄せそうだね。
オルトの仲間らしいオットセイな見た目のリブスたちが見えて……見えて……んん?
「なあ、オルト。みんなオルトより小さくないか?」
『へ? ああ、はい。この集落にいるのはみんなまだ子供です。大人は自分以外いません!』
堂々と言い放たれた衝撃の事実。ということはオルトの好きな子ってこの中にいるわけで……ええっと?
「なんてこと……さらなるロリコンがこんなところにっ!」
「ぐはっ!」
『兄さん? 兄さん!?』
異世界の山奥で、俺は大切にしている仲間の手によって致命傷を負うのだった。
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