JD-187.「街角を抜けて」


 スーテッジ国を離れ、隣の国であるトスネスに入った俺たち。大陸を分断するかのような大きな川沿いの街で、賑わいを取り戻した街を思うままに散策しているのだった。

 速く貴石を集めないと、もっとたくさんモンスターを倒して石英を回収しないと。そんな気持ちにどこかで焦っていた事を自覚出来たがための落ち着くのに必要な時間だったと思う。


「色々興味深いお話が聞けましたね、マスター」


「うん。海にはあまりモンスターがいないというのも面白かったね」


 休憩がてら、街角に積み上げられた木箱にみんなして腰を下ろし、買い込んだクレープのような物を食べている。ほんのり温かく、そして甘い中身。これだけでも一応平和であり、農業なども上手くいっていることを示してると思う。

 俺は詳しくはないけれど、こういう甘味が普通に手に入るというのはなかなかすごいことだと思う。大体は高級品だからね……。


「貴石術を使った農業改革……アンタみたいなのがやっぱりいるんじゃないの?」


「女神様は知らないって言ってたからなあ……昔の技術がどこからか出て来たんじゃない?」


 この場所はそうでもないけれど、もっと内陸で川の少ない場所では雨が少ない時に色々と危なかったらしいけど、ここ20年ぐらいは貴石術を応用した機械のおかげで何とかなっているということだった。貴石術という物がありながら、昔のを再現しているのか、新しく作られてるのかはわからないけれど機械という物がある世界。部品だってどう作ってるのか、興味は尽きない。


「将来は他の大陸にも行ってみたいのです。世界は広いのです」


「そうね……さすがに他の大陸に散らばってるとは考えたくないけれど……ま、なんとかなるでしょ」


 まるで遠足でどこそこに行きたい、みたいな感じで喋る皆を見ているといつの間にか笑みを浮かべてる自分がいた。まあ、例のごとく……他から見ると少女を眺めて笑ってる不審者だけどね!

 みんなも笑顔だしたぶん大丈夫……きっと……恐らく。


「ご主人様、どうしたの?」


「だ、大丈夫だよ! ちょっと考え事をしてたんだ。これからどうしようかなって」


 急に目の前にジルちゃんの顔がアップになったので驚きながら顔をそらすと、ちょっと悲しい顔をされた。確かに今のはなかったな……。ごめんと言ってほっぺたをすりすりして謝った。ニコッと笑ってくれるジルちゃん。うん、この笑顔が続くように頑張ろう。


「川向うにあるっていう変な日照りの場所……何なのかしらね。アンタのコレクションにはサンストーン……ヘリオライトだっけ? は無かったわよね?」


「そうだね。後は……ルビーとオパール、エメラルド、アクアマリンに黒真珠……とかはあったと思うけどたぶん無いかな。いつか飾ろうと思ってフリマで買ったセットの中にはあったかもしれないけど、そっちはきっとジルちゃんたちみたいにならないよね、多分」


 そう、ジルちゃんたちが宝石娘として誕生できたのは、その時間が長いか短いかといった違いはあるけれど、みんな俺自身がボックスに改めて収めて飾った物だからだと思っている。実際、同じような属性の石の中でも俺がキャラを決めていたり、何度も触っていたのがメインになってるみたいだからね。


「でもさー、とーるが持ってたものだけが特別!ってわけじゃないと思うんだー。だからこの世界にある貴石でもボクたちが力に出来る奴があるんじゃないかなー?」


「そうかもしれないのです。カラードな石英も相性の良さはあるかもしれないのです。この前のアゲートもトール様が長く持っていればルビーが取り込める気がするのです」


 頷きながら、この先何個の貴石をみんなに入れられるのかをふと考えた。今の数でも十分大人モードに変身できるんだ。四つとかになったらそうそうマナ切れになることも無くなるんじゃないだろうか? そうなるとずっと大きいままでも……なんかもったいないな。


「ちょっとトール。どこ見てんのよ……小さいって言いたいわけ?」


「うふふ。そうじゃありませんわよ。興味のある視線ですわ、あれは」


「そ、ソンナコトナイヨ」


 鋭すぎるラピスのつっこみにごまかしにかかるけれど無理だったらしい。そうしてみんなと俺の間に微妙にピンク色な空気が漂いそうになったころだった。乗っていた木箱の向こう側で大きな音がした。何かが落ちたような……。


「なんだろ……」


 覗き込むと、そこには何もいない。ふと顔を上げると、暗がりに何かが走っていた。でも四つん這いで……なんか大きいな。まさか、モンスターか!?


「何かいた! 追いかけよう!」


 もしもモンスターだというのなら、被害が出る前になんとかしておくのがいいだろう。そう思った俺は皆に声をかけて走り出した。っていうか速いぞ!? 俺が声を出したからか、最初より速い速度になっている。

 気が付けば路地裏を何者かは一気に駆け抜けていた。貴石術で強化された俺達の足の速さでもじわじわ追いつくのがやっと。普通には突き放されてしまうだろう。

 右に曲がり、左に曲がりとしていくうちに徐々にこちらを置いていこうという考えなんだろうけど、甘い!


「フローラ直伝壁わたりぃいいい!!」


 走ってる勢いそのままカーブを曲がると当然曲がり切れない。そこで俺は飛び上がり、家の壁に風の渦を作り出してクッションとしてそのまま斜めに壁を走った。レースなんかでバンクしてるところを走る感じかな。

 気のせいか、先を行く何かが動揺した気がした。見えてないはずなのにな……というかあの姿、どこかで見たような気がしないでもない。


「トール、川よ!」


「追い詰めたぞ! ってえ!?」


 謎の影はそのまま川に向かって飛びあがり、見事に飛び込んだ。どぼんと大きな音……人が飛び込んだ感じじゃあない。

 少しの時間だけど建物の影から出て陽光に照らされた姿はいわゆる海洋動物、アザラシとかオットセイとかああいうの。そう、シルズの皆に似てたんだ。


「ちょっとおデブだった」


「その割に俊敏なのです。貴石術の気配がすごかったのです」


 実際に追いかけてる間にも、謎の影が使っていたであろう貴石術の気配は俺も感じていた。マリルには及ばないような気がするけど、相手も本気じゃなかっただろうからわからないな……ただ、近い種族、あるいは親戚みたいな間柄なんじゃないだろうか?


「見事に逃げられたわね。でもまあ、襲うような感じじゃなかったからいいんじゃないの?」


「追いかけっこ楽しかったなー!」


 謎は謎のままだけど、確かにいい刺激にはなった。街に戻って買い物か依頼の良いのが無いかを探……ん?


 ふと、謎の影が飛び込んだ場所のすぐそば、突き出た岩のあるあたりに何かが浮いている気がした。

 ゆっくりとその岩へと近づくと……何かが確かにいる。ジルちゃんたちを手招きし、みんなして観察する。


「……気絶してる?」


「そうね、気絶してるわね」


 なんといえばいいのか、先ほど飛び込んだ謎の生物が、恐らく突き出ていた岩の一部に頭をぶつけたのかぷかりと浮いていたのだった。川の色に近い黒い体表のせいですぐにはわからなかった。ただ、このままでは溺れ死んでしまうかもしれないと思った俺は皆と一緒に相手を地上に上げることにした。


 新たな出会いが、また騒動の種となるとも知らずに……ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る