JD-186.「朝はいつも変わらない」
浮上する意識。目覚まし時計があるわけでもないのに、ふと目が覚めるというのは元の世界だと疲労やストレスなんかによるよく眠れていない証拠だ、なんて話を聞いたことがある。
だけどこの世界で、今俺はそんなにストレスとかをためていない……はずだ。目覚めも爽やかだし、昨晩のアルコールが残っている様子もない。
「川沿いの朝……おおー……」
木枠にガラスのような物がはまった窓から外を見ると、幅広の川は靄に覆われ、上流から下流へと水の代わりにその靄が流れていくように見えた。ひどく幻想的で、街並は西洋風だけどそこだけ見ると昔の中国にこういう光景があったんだよ、なんて言われたら納得するような感じだった。
しばらくの間、俺は窓を閉めたままその光景を見つめる。すると、大丈夫大丈夫と思っていた自分が少し……もしかしたらかなり焦っていたんじゃないかという気持ちが沸いてきた。この世界で俺がすること、したいこと。女神様も言っていたはずだ、好転して来てるから続けてくれればいいと。今すぐどうこうとは言われなかったはずだった。
(もっと皆との旅を楽しもうかな)
タイムリミットがあるわけではない旅。貴石術と世界の関係など、気になることがあると言えばあるけれど、それは今すぐどうにかなるものでもないし、俺たちが解決するべき物かどうかといった問題がある。
だったら、俺たちなりのペースで進めばいいじゃないか……そう考えなおしたのだ。
気が付くと、東の空から朝日であろう黄金色の光が伸びてくる。それは川を照らし、靄を様々な色に染め上げ……雲の上にいるかのように独特の風景となった。
「綺麗ね」
「なんだ、起きてたの?」
いつの間にかルビーが隣に立ち、俺と同じように川を見つめていた。朝日が差し込み、照らされる横顔は少女でありながら大人の意思を感じる魅力的な物だった。早く自分の貴石を見つけたい、その言葉を口に出すことはあまりないルビー。そんな彼女が最近は焦りのように感じる言葉を語っていたことを思い出す。
「しっかり寝られたもの。あんまり寝てると遅くなっちゃう……急にどうしたの?」
「いや……先は長いんだ、自分達の好きなように行こうと思ってね」
目をぱちくりとさせるルビーが笑顔になる。それは笑うというより、喜ぶといった感じの物だった。2人してくすくすと笑っていると、ジルちゃんたちの寝るベッドで動きがあった。みんな起きて来たらしい。
ちなみに急だったので大部屋1つしか開いておらず、みんな同じ部屋だ。
「んう? あ、ご主人様、ルビー、おはよう」
「おはよう、ジルちゃん。着替えたらご飯にしようか」
いつだったか買ったネグリジェのような透ける感じのある寝間着に身を包み、ベッドの上で眠そうにするジルちゃんたちはそのまま動画にしておきたいぐらい。残念ながらそんな道具は無いので俺の記憶にしっかりと録画である。それだけでもお金のとれそうな至福のひと時が過ぎ、みんなして階下の食堂部分へと向かう。
「おや、みんなそろってかい」
「おはようございます。朝から忙しそうですね」
厨房では宿の主であろうおじさんがエプロンを付け、何やら調理中だった。鼻に届く匂いからするとそこそこ味は濃そうだね。朝の食事というには少し微妙な気がしないでもない。
それが表情に出ていたのか、俺を見たおじさんはウィンク1つ、手にしていたフライパンをこちらに傾けて見せて来た。
「川の脅威がなくなっただろう? 今日は朝から漁師や移動する人で川辺は大忙しさ。そうなれば弁当を買いに来る人や、労働の後に食べに来る人も増える。だから今の内にね」
「ジル、今ご飯食べたいな」
カウンターに背伸びをしてとりつき、厨房側を覗き込むジルちゃんの一言に、おじさんも俺も笑い出してしまった。それを止めたのは同じように厨房で作業をしていた家族か従業員であろう女性。奥さんかな?
「はいよ。少し待ってな。すぐ準備するからね」
「運ぶのは手伝うのです!」
「あらあら。じゃあ私は待つ間にテーブルを拭いてきましょうか」
じっと待ってるのは性に合わないのがみんならしいといえばみんならしい。おじさん達が止める前に5人が5人とも動き出し、店内は一気ににぎやかな状態となっていった。
「悪いね。おまけはつけておくよ。すぐに旅立つのかい?」
「ありがとうございます。食べ終わったら少し街を見て歩く予定です」
笑顔で答えると、それがいい、と笑っておじさんは厨房にひっこんだ。邪魔をしてもいけないので俺はそのままみんなを手伝いながら待つことしばし。女性の手によってパンであろう物や目玉焼き等、地球でも見かけるような物が出て来た。うん、十分だね。
6人で1つのテーブルに陣取り、久しぶりの誰かの手による朝食を楽しんでいると確かに何人もの人がやってきては作り置きの物を買っていったり、この後の予約を入れては去っていく。
冒険者風の人もいれば、街の人だろうなという漁師にしか見えない人等様々だ。
「マスター、賑やかな街ですわね」
「ほんとほんと。いろんなお店もありそうだよ」
「うん。食べ終わったらさ、ちょっと買い物しようか」
俺がそういうと、みんなの顔に笑顔が咲いた。やっぱり女の子はこうじゃなくっちゃね。色々と考えることはあるけれど、四六時中そのことばかり考えることもない。楽しむときは楽しむべきだ。
「むぐっ」
「あああ、お水お水」
ゆで卵を詰まらせたらしいジルちゃんを慌てて介抱し、ぷはーっと一息ついたところでなぜか笑顔になってみんなを見るジルちゃん。
疑問を顔に浮かべてちょっと微笑むと、さっきよりももっと笑顔になってきた。
「えっとね、ジル……みんなと一緒ならどこの旅でも楽しいよ?」
「そうなのです。自分も同意見なのです」
こっそりと、俺の焦りはジルちゃんたちには筒抜けだったらしい。もしかしなくても、それが伝わっていたんだろうね……反省だ。
返事の代わりにジルちゃんを撫でて、みんなに向けて微笑む。
どこか暖かな気分で、俺達は街へ繰り出したのだった。
「おっちゃん、その干しブドウ一杯頂戴」
「あいよ。なんだ、食べるのは後ろの嬢ちゃんたちかい? だったらこっちのもおすすめだよ。早生だけど今年のはだいぶ甘いんだ」
街の通りには市場が出来上がっていた。朝早いうちから向こう側から渡って来たであろう商人もいて、昨日の静けさが幻の様だった。話を聞いていくと、昨日のような魔物が住み着くことは年に数回あるらしく、みんな解決を待ち構えていたらしい。
だからこそ、中には足の速い食料品なんかを扱ってる人もいて、それらはかなり安売りされていた。
「これはサラダに混ぜても美味しそうですわね」
「そうね。農薬が無いからかしら? 葉野菜が少し少ない気もするけれど……」
時々、この世界にはない言葉がみんなの口から飛び出すのだけど市場の喧騒はそれらを溶け込ませ、誰も変な視線を送ってくることはない。
もぐもぐとたぶんベリー系かな?と思う物をほおばるジルちゃんは小リスのよう。急がなくてもいいのに、ついついほおばってしまうらしかった。
「ジルー、そんなに食べたら口の中真っ赤になっちゃうよー?」
「でもそのほうが可愛いかもしれないのです」
「むぐぐ?」
首を傾げ、こちらを見るジルちゃん。その口元からは少しだけど赤い物が……おっと。女の子だからね、ちゃんと拭いてあげないと。適当にハンカチ代わりの布で拭いてあげると、面白いようにほっぺたも形を変えていく。
「ぷはっ……美味しかった。皆も食べる?」
「ちょっとでいいわよ、ちょっとで。あら……見て、ヒヨコが売ってるわよ」
1つのお店が終わればまた別のお店、そんな風にして俺達は賑わう朝を過ごす。
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