JD-185.「こっそりと新天地」


「戻った平穏……か」


「まだですわよ、マスター。稼働には時間がかかるはずですもの」


 迫りくるモンスター、そして空中に浮かんだ謎の魔法陣から出て来た水晶獣を迎撃した俺たちとトスネスの兵士達。少し離れたところで戦ったおかげか、大きくなったジルちゃんたちを目撃した人は恐らくいない。

 今も既にみんな元の幼女状態になっているため、仮にこちらに兵士が来ても言い訳が効くだろうという状態だった。


 街に運び込まれる大きな箱を見送りながらのつぶやきに、ラピスの冷静な声が返ってくる。確かに……トスタの街でも再稼働には数日かかったはずだ。その間あれだけの襲撃があったのだから、本番は実はこれからとなるのだろうか?


「どうするの? 私たちは乱入者なのだから兵士達は何とかできる想定で準備をしているはずだもの。いなくてもいいとは思うわよ」


「このままトスネスに入っちゃうです? ドラゴン探しに行くのです!」


 みんなを見ると、大体同じような意見の様だった。俺自身も、あまり深入りしてもどうかなと思うところがあったのでこのまま内陸部の国であるトスネスに入ってしまうことを決めた。

 街道沿いは目立つので、少し森に入りながらフローラと一緒に風を産み、巧みに隠れながら街跡から離れていく俺たちだった。







「大きい川だねえ……」


「お魚さん、いっぱいいそう」


 ハーベスト等の前線から見ると南西、アーモの街から見るとほぼ真西につきすすんだ俺たち。数日もすると周囲は人の気配を感じる土地となっていた。街道も整備され、この道を行けばどこかで町になるだろうね。近い街はもしかしたらどこから来たかと疑われるかなと思った俺達は敢えて街道を外れていくつかの街をスルーすることにした。そうしていくつかの街を通り過ぎた先で対岸がぎりぎり見える、という大きさの川にぶつかった。

 地球であればこのぐらいの幅の橋もあちこちにあるが、この世界ではそうもいかないのか橋は見当たらない。


「あれは……街でしょうか」


「そろそろ普通の寝床が恋しいわね。顔を出して見ましょ」


 優に1週間以上俺達は野外で過ごしている。毎日水を生み出しては体を拭き、ジルちゃんたちは服もマナで再構築してるとはいえ、気分的な問題もある。たまには俺も思いっきり水浴びやお風呂に入りたいと思うんだ。


 人目があるといけないので、普通の歩き方に戻った俺達が街に近づくと、見えてくるのは多くの小舟とよく港町にあるような網干場。漁に使うであろう道具なんかもあちこちに見えるから……たぶん、見た通りにこの川を中心に生活してるんだろうね。


「お魚……無い?」


「なんだか様子がおかしいのです。漁に出てる人が全然いないです?」


 近づくにつれ、街の状況が見えてくる。確かに……なんだか活気がない。こうしてわかりやすい産業のある街で活気がないとなれば理由は1つだ。その根幹の産業自体に問題がある場合だ。鉱山を抱えるカセンドとかの街でいいのが掘れなくなった、とかが一番わかりやすいよね。


「あのー、何かあったんですか?」


「ん? お前さん達ここは初めてか? うーん、まあ、魔物が出たんだよ。大きい奴がね」


 たまたま酒場らしい場所の店先にいたおじさんに事情を聞くとそんな答えが返って来た。外に暴れてるモンスターはいなかった……ということは、川の中?

 話を聞いた俺たちがそのまま川の方を向くと、おじさんはある場所を指さした。


「あれ、見えるかい?」


「……棒?」


 川のど真ん中に、三角錐を長く細くした感じの棒が突き出ている。なんだろうあれ……と思っていたらぐにゃりと動いた。


「生きてるの? あれが魔物……なるほど、川に出てもあれが襲ってくるわけね?」


「そういうことさ。だけどこの川を渡れないと色々困る連中がいるからね。そろそろなんとかしようとするはずなんだが……ほら」


 どこからか馬車が何台もやってくると、飛び降りてきたのは屈強な冒険者達。彼らを見て俺は驚いた。前線でもないのに、こんなに強さを感じる人たちが普通にいるのだと。

 どうやって水中にいる相手に攻撃を加えるのかはわからないけれど、彼らは街の人達の声援を受けながら意気揚々と川沿いに向かい……何か大きな物を投げた。


「まさか……釣り上げるのか?」


「川にいる魔物、コタイルっていうんだけどそいつは頭が悪くてね。なんでも食べようとするんだ。だから対処法自体はあるんだよ」


 おじさんの言葉を聞きながら見つめる先で、男達は太いロープを幾本も結んだ何かを川に投げ入れ、俺から見てもわかるような貴石術を発動し、自身を強化したかと思ったら川の反対側へ走り始めた。

 途中でロープはぴんと張り、何かが先端にいることを示している。10人ほどの男達はロープに群がり、じりじりと川から離れていく。随分と力業だけど……上手く行ってるみたいだ。


「毒でも混ぜてあるのかしらね」


「毒があったら食べられないよ?」


 街の人々の中にも男達を手伝おうという人がいるらしく、何人もの大人がロープを引っ張ることに合流し、川の中にいるモンスター、コタイルと綱引きをしているようでもある。時折先端の方にいる術士っぽい姿の男が川に向かって何かを撃ちこんでいる。光ってるから……雷系かな?


 そしてしばらくすると、ついに何かが川から上がってくる。ぬめったような体表、幾本もある足。風船をくっつけたような体……タコとイカの合いの子みたいな感じだった。

 大きさとしてはダンプカーといい勝負といったところ。普段ならもっと元気よく動くのだろうけど、何か調子が悪いのかゆっくりした動きだ。


「うちこめええ!」


 冒険者の一人の掛け声を合図に、地上で待機していた面々から人の腕程の長さがありそうな矢がどんどんと放たれ、コタイルに突き刺さっていく。ハリネズミのようになったコタイルが体液をまき散らしながら暴れるがそれもしばらくするとやむ。


 街は歓声に包まれ、男達は互いをたたえ合いながら馴染みらしい店に吸い込まれていった。


「思ったよりあっさり終わったねー」


「今回は人員がしっかり集まったみたいだな。たまにあんまり集まらなくて時間がかかることがあるんだがね」


 落ち着いたところで振り返ると酒場のおじさん。看板をよく見ると宿屋もやってるらしい。そうなれば袖触れあうもなんとやら、だ。

 みんなにも声をかけ、おじさんのお店にお邪魔することにした。


「なんだか催促したみたいで悪いね」


「いえ、どこかに泊まる必要はありましたしね」


 名物料理だという魚と薬草の漬け込んだ物を皮切りに、思ったよりも豪勢な食事が次々と運ばれてくる。いろいろ食べてみたいというジルちゃんの要望にこたえる形だ。

 小さい少女な5人が次々と料理を食べていく姿におじさんと、多分奥さんかな?も運びに来ては驚いているけれど喜んでいるから大丈夫かな。


「若いのに旅をしてるなんてね。何か目的があるのかい?」


「ちょっと珍しい貴石を探してまして。術の研究に使うんですけどね。このあたりで自然が猛威を振るってる、とかそれっぽい話はありませんか?」


 まだ日も明るいけれど、酒場でアルコールを全く頼まないというのも少し変な話だ。俺は見た目大人だしね。軽い物を頼みながらの世間話におじさんは腕組みだ。


「あなた、あの噂はどうかしら。日照りの草原とか」


「あれか? うーん、確かに謎だからな。理由はさっぱりなんだが、この街から川を越えてすぐの森の中に変な広場があってね。そこは数日に一度、まるでそこに見えないたき火があるかのように地面は乾き、ひび割れる。そしてその広場にいる時だけ空には太陽が3つも光ってるように見える……らしい」


 聞く限りでは確かに不思議で、説明のつかない話だった。当たりかはずれかは別として、何かある……だろうね。

 落ち着いたらいってみますよと返事をして俺はそのままその日は異世界のアルコールを楽しむことにした。


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