JD-183.「劇的ビフォーなんとか」


 平和な街、アーモとそこに住む人々に別れを告げてやってきたのはモンスターに襲われ、人の住むことが無くなったはずの地域。隣国との国境沿いであり、廃墟や森が広がるある種の空白地帯のはずであった。

 そこそこ大きな街があったはずの場所にたどり着いた俺達は、そこで復興作業のような物をする恐らくは隣国の兵士達と出会ったのだった。


「お前たちだけでここまで?」


「ええ、それが何か?」


 言いながら、相手が疑いのまなざしを向けてくるのもわかる気はした。そんなに強い相手がいないとはいえ、モンスターのいる土地を長く進まないとここにはたどり着かないのだから。ただ、少なくとも街を奪い返しに来たような相手とは思われていないだろうね。


「珍しい物だと思ってな。言っておくが、元々このあたりは国境があってないような物なのだ。どうせどちらの土地だと争うぐらいなら共同で統治しようとしていた」


「それが魔物に襲われて放棄せざるを得なくなった……で、余裕が出てきたから来たってことですか?」


 よくよく考えれば、地球のそれのように正確な測定がされているわけでもなく、国境を決める国際法のような物も無い。相手の決めた国境に納得いかなければ争うか、それを飲むかぐらいしかないわけだ。

 ただ、目の前の兵士はここは別に1つの国の物ではないという。


「うむ。スーテッジ国への道が限られている状態では交易も思うようにはいかないからな。お前たちの探し物とはなんだ? まさか大したものじゃないというわけじゃあるまい」


「えっとね、珍しい貴石を探してるんだよ。ぴかーって光ってすごい奴」


 兵士からこんな子供を連れ歩くのか?と視線で非難されたような気もするけれど、俺はジルちゃんを抱き寄せて頷いて見せた。兵士はあまり納得いっていない様子だったが、自分が言うことでもないと思ってくれたのか言葉を飲み込んでくれた。


「私達、貴石術の研究と実践をしながら戦い歩いてますの。貴石術と希少な貴石は密接な関係にある物ですから」


「ま、そういうことよね。買取もしてるからいいのがあったら教えて頂戴」


 事前に考えておいたストーリーをすらすらと語る2人。この場合、フローラとニーナはあまりしゃべらないのがポイントである。勢いと真面目さで本当のことを言っちゃいそうだからなんだけどね。

 嘘は言ってないので、そこそこ説得力はあると思ったわけだが……しっかり効いたようだ。兵士達の顔がなるほどといったものになる。


「全員が術士か。ならばそういうこともあるか……残念ながらここにあるのは普通の貴石ばかりだったな。森を巡れば強力な魔物に出会えるかもしれないが、おすすめはしないぞ」


 こちらも安全が一番です、とだけ言い返して俺達は許可された区画へと歩いていく。中に入るとわかるが、外で見たよりも街の姿は残っていた。遠くに見えるかなり破壊された建物……あれは恐らく結界装置のあった場所なんだろう。畑があったり、兵士達の様子からここに来てそれなりに時間がたっているはず。だけど直していないということは機材が無いのか、それとも……。


「巡回してる兵士達に隙が無いのです。アーモとは別次元なのです」


「ほんとだー。ほら、見て。壁の上の人は弓から手を離さずに歩いてるよ」


 言われて確認すると、確かに壁の上や歩いている兵士達はいつでも抜刀できそうな動きや、矢を放てるような動きをしている。だらけてパトロールする奴がいたアーモとはかなりの違いがある。

 それがいいことかどうかは置いておいて、どうも結界無しでここを維持している気配を感じた。


(土地によって魔物の集まり具合が違うのか……? それともトスネスは結界無しの生活をする場所がそれなりにあるのか……)


 機密に関係してくるだろうからはっきりはしないだろうなと思いつつ、よさそうな場所を見つけたので今日の宿はここにすることにした。2階建てだった建物で、壊れてるのは1階の壁と庭の壁ぐらいで柱は無事だった。


「ちょっとぐらいは修復していいよね?」


「全員術士だって言ってありますもの……多少は……たぶん」


「やってから考えましょ。別に協力の要請を受けても従う義務はないんだもの」


 と、いうわけで快適な生活のためにさっそく行動開始であった。まずは瓦礫を色々な意味でどかし、固める。ニーナには家の壁を岩を切り出したような物で塞いでもらい、掃除をしたり水で流したりと慣れた物だ。

 1時間もしないうちに、ひとまず数日寝泊りするには十分すぎる拠点が出来上がった。貴石術で作った物がどれだけ残るのかは実験したことが無いけど、夜のうちに消えるということもないだろうと思われた。

 アーモの街で屋台の改造にも使ったもんな……どのぐらい持つんだろうか。


「この岩とかってどれぐらい維持できるのかな?」


「わかんないけど、多分消えちゃえって思うまでずっとだと思うよ。だって、もうこれはジルのじゃなくて世界に出てきたものだから」


 言いながら、ジルちゃんは手のひらに透明な水晶の剣を生み出して壁にぷすっと刺した。見事な切れ味でケーキにフォークを刺すかのような物だったけど俺が触る限り、確かにそのまま残りそうだった。戦う時以外には生み出した物はそのまま自然の産物扱いということのようだ。


「とーるー、お風呂はどうするー? さすがに目立つと思うんだよねー」


「しばらくは体を拭くだけにしておこうか」


 作れなくはないけれど、水がまだ貴重であろう状況でお風呂なんて入ってるのがわかったら何を言われるかわかったものではない。余分な騒動は……家をここまで修復しておいて何を言うのか、って言われそうだけどこのぐらいならたぶん大丈夫、うん。


 その日は結局、窓の空いたままの2階の部屋でみんな寄り添って寝ることになった。収納袋から出した毛布類を集めてちょっとした大きなクッションにしてそこにみんなでもたれかかりながら寝る姿勢をとる。床しかないから横になるとちょっとね……。本当はちゃんとした宿屋とかで寝泊りしたいところではあるけれど、みんなと一緒ならどこでも大丈夫な気がした。ふと、ジルちゃんが妙にニコニコしながらこちらを見ているのに気が付いた。


「どうしたの、ジルちゃん」


「えっとね、みんな一緒だなって。ふかふかのベッドもいいけど、なんだかこうしてるとみんなで冒険してるなって気がするの」


 だから楽しくて仕方がないんだと笑い、そのまま毛布にくるまってくすくすと笑い始めた。俺はそんなジルちゃんの頭を撫でて自分も笑顔になるのを感じていた。


「ジルちゃんはロマンチックなところがありますものね」


「お子様なだけでしょ? まあ、私も嫌いじゃないけどこういうの」


 そう言いながら笑う2人もまるで布にくるまれた人形のように夜の月明かりに照らされていた。塞ぎ漏れがあった屋根の隙間から差し込む光がまるで何かのショーのようでもあった。反対側を見れば、ニコニコと笑顔のフローラとニーナもいる。


「ボクたちは世界一周旅行をしてるみたいなもんだもんね。野宿だって上等だよ」


「そうなのです! その場所なりに楽しめば万事解決なのです!」


 頼もしいみんなの答えに胸が温かくなるのを感じながら、その夜は過ぎていった。












「なんじゃこりゃああ!?」


 翌日、俺達は外から聞こえた誰かの叫び声に起こされるのだった。たたき起こされたような物なので、みんな寝起きの微妙な顔だった。さすがにこの状態で誰かに出てもらう訳にもいかないのでのろのろと動きながら俺は窓から顔を出す。


「ここ、まずかったですか?」


「え? そ、そういう問題じゃない! 廃墟だったはずだろう!?」


 見知らぬ兵士が庭におり、1階と俺とを交互に指さして叫んでいた。新天地での朝は、そんな騒々しいシーンから始まるのだった。

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