JD-182.「手の届く範囲」


 モンスターに襲われ、滅びた村で俺たちが見つけたのは壊れた結界装置。一部の機能だけは生きていた装置のおかげで俺達は今、この世界で起きている問題の1つの原因を見たような気がした。

 街を覆う結界があるからこそ安全であり、逆にそれを忌々しく思うモンスターたちの反撃のような物が結界のせいで起きるようになっているということ。そして今さらそれはどうしようもない状況ということだった。


「なくすことは難しいのです。もっと言うと、今何とかしようと思ってもどうにもならないのです」


「ひとまずは状況が落ち着くまでは無理かな? 俺達がずっとってわけにもいかないもんなあ」


 ニーナの言うように、今ここで俺たちが悩んでもいい解決方法が見つかるとも思えなかった。村跡を出て、次に俺達は同じように結界の維持が放棄された街へと向かうことにした。同じ状態かもしれないけれど、最終的には西回りで北上を狙っている。位置的にはトスタの南西かな。さすがにこのあたりに来ると、街道も少し荒れが目立ち始めてくる。地図を良く見るとこのあたりは国境が曖昧みたいだ。


「ご主人様、どーんって大きい結界って作れるのかな?」


「どうなんだろう? そもそもあの装置、誰がどこで作ってるのか……発掘品をメンテしてるだけなのかもよく知らないんだよね。たぶん教えてくれないけどさ」


 ジルちゃんが小さな体をぐぐっと伸ばして大きさを表現しようとするけれど微笑ましい光景で終わってしまう。可愛いから全然問題ないけどね。恐らく、街どころじゃなく国中、もっと大きくできないかってことだと思う。

 そうなると既存の装置では無理だろうから難しいだろうね。いつだったか見た杭を打ち出すような仕組みはともかく、結界装置はオーパーツというか、技術的にはおかしい部類だ。どこかに昔の技術者が逃れていて、技術が受け継がれてるんだろうか。


「っ! とーる、何か来る」


「ここじゃ侵入してるのは俺たちのほう、か……」


 散発的にやってくるモンスターの襲撃。1つ1つは大した相手じゃないけれど刺激に飢えることの無い日常、って感じかな?

 無理に遠出をしなければそんなに襲われない、これが本当の世界の姿なのかもしれない。そうこうしているうちに日々が過ぎ、地図上では後半日ほどで街というところまでたどり着く。


 ここまで来ると隣の国に近い……トスネスという国らしいけどどんな国なんだろうね。スーテッジ国も全然見て回ってないというか、前線側にしかいないからよくわからない。

 ただ、トスネスには海が無い内陸の国だと聞いている。スーテッジ国が地球で言う中東の東よりだとするとトスネスはその南西、アフリカ付近のような配置だ。さらにその南には海に面した場所に別の国があるというけどいつか行ってみたい。


「今日はこの辺にしておこうか」


「了解なのです! 溝堀……てぇーいなのです!」


 よさそうな広い場所を見つけたところで野営の合図。まずはニーナが掛け声1つ、周囲に深い溝を掘り始めた。獣避けでもあるし、モンスターだって2メートルはある溝を越えようとはなかなか思わない。

 そのままてきぱきとみんなで手分けして火の準備をし、寝床を作る。雨も降る様子は無いし、今日もみんなで寄り添って作りだした岩にもたれかかって寝よう。


 食事も終えて、6人で何枚も毛布をかぶりながら寄り添って空を見上げる。星は無数に輝き、まさに満天の星空だった。そういえば、宿だとやはり屋根があるのでこうして見上げることも窓ぐらいしかできないね。


「地球だったらお金が取れるなあ……」


「馬鹿ね。ニーナが適当に掘ればそれで大儲けじゃない」


 もったいないなあとつぶやく俺に、冷静なツッコミが入った。確かにそれもそうだった。

 今のところ戻りたいとは思えないけどね……もし戻るならみんな一緒がいい。


「もし戻るなら、私たちは常に貴石解放してないといけませんわね」


「ええ!? マナの補充が大変だよそれは……」


 くすくすと笑うラピスに苦情めいた物を言うと、ジルちゃん以外のみんなにそろって首を振られてしまった。どういう……ことだろうか?

 思わず1人反応していないジルちゃんを見てしまうが、キョトンとされてしまった。


「とーる、ボクたちが一緒にいたらおまわりさんが飛んでくるよ?」


「事案なのです!」


「はっ!? ……異世界って最高だね!」


 みんなと一緒にいても捕まらない!そんなことを口にしたら今度はジルちゃんも含めて笑われた。

 確かにね……危ないところだった。というか、もし戻れるならまた女神様に体を作り直してもらって若返ればいい……のかな?


 そんなことを考えながら、夜は過ぎていった。




「ご主人様、見て」


「嘘でしょ……畑?」


 翌朝、小高い丘を越え、街がどんな滅びた姿をさらけ出すのかというところで衝撃的な光景が飛び込んできた。

 壁はだいぶぼろぼろだし、建物だって多くが倒壊している。だけど……街の外には畑があった。木の柵もある……どういうことだ?


「誰か住んでる? いや、オークやコボルトの例もある。慎重に行こう」


 前に出会った人と共存していたコボルト、そしてそれと敵対していたオーク、いずれも人語を話せ、さらに集落をちゃんと作っていた。多少頭の良い個体がいたら農業の真似事だってしてくるかもしれない。

 咄嗟に街道から脇に入り、ゆっくりと街の跡……一見すると復興中に見える場所に近づいていく。


「人だ、人間だよとーる」


「でもアレンさんとは装備が違うのです」


 大きな木の陰からのぞき込んでいた俺達の目には、がれきの街の中を歩く何名もの兵士、そして片づけをする人々や畑に向かうらしい人も見える。どう見ても人間……しかも組織だった相手だ。

 でもニーナの言うように、俺たちが見た覚えのない統一された装備を兵士らしい相手が身に着けている。


「どうもきな臭いわね」


「マスター……恐らく、隣国ですわ」


「侵略……どうせ放棄された土地ならわからないということか……」


 俺は目の前の状況を……例えば悪といった形で裁くことはできない。もちろん、住民を殺しながら奪い取りました、というのなら俺自身の価値観で戦いに行くこともあるだろうと思う。ただ、今目の前で起きていることには何とも言えなかった。


 頭によぎるのはナルちゃんら子供達。彼女たちは村を追われ、アーモにたどり着いた。親とははぐれ、随分と苦労をしたはずである。具体的な場所や名前は聞いていないけれど、こういった地方にあったに違いない。


「ひとまず、顔を出そう。仮に襲い掛かってくるならそれで考える」


「そう……アンタがそういうならいいわ。けど、もしもトールや皆を相手が傷つけようというなら私は容赦なく……焼くわよ。それでいいのね?」


 言外に、俺に人殺しのトリガーを引く覚悟はあるかと聞かれたようだった。俺は深呼吸1つ、頷く。別にこの世界は異世界だから俺が警察につかまることはないからという訳じゃない。現実の命の危機を前に、相手がモンスターか人間かなんてのはそんなに違いが無いという覚悟を決めたんだ。


 俺達は街道に出て、街だった場所へと歩き始めた。






 俺たちを見て取ったのか、作業をしていた人が何人も俺たちを指さし、1人が中に駆け込んでいく。そして出てきたのは武装した兵士達。今のところは殺気は無い。様子を伺いに……といったところかな。

 武器を突き付けてくる、ということは内容だけど警戒した様子が伝わってくる。まあ、当然だよね。


「お前たち、どこから来た!」


「探し物をしながら東から。このあたりはもう街が無いって聞いてたんですけど……」


 廃墟はあるだろうからそこで夜を明かそうとしていた、と事実だけを告げると兵士は考え込み始めた。

 俺たちがスーテッジ国側から来たのは明白。かといってここでむやみに追い返すのも問題、そんなところかな。

 口封じに殺されそうになる、ということは回避できそうだった。


「街角を貸してくれれば明日には出ていきますよ」


「いや、その必要はない」


 言い切られた中身に、俺たちの警戒度合いがぐぐっと上がる。どこかで見たようなシチュエーションだからね。回避できそうかなと思った矢先にこれだ。後ろでもジルちゃんたちがいつでも戦えるように姿勢を変えたのを気配で感じる。


「!? ち、違うぞ。数日いるぐらいなら構わないということだ。侵略だとはやし立てないのであればな」


「そう……ですか」


 人がいなくなったはずの土地で、そんな不思議な出会いが俺たちを待っていた。






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