JD-181.「人は慣れる生き物である」
「貫けっ!」
長屋建ての家よりも少し大きい体格の相手、カマキリをそのまま大きくしたようなモンスター相手に岩で出来た穂先だけの槍を打ち出す。気分はロボット物で遠隔武器を使っているシーンだけど相手もまるでブースターでもあるかのように羽根を羽ばたかせ横に回避する。ただそこには壊れかけだが家があり、その体はぶつかってしまう。
「ふっ!」
数歩踏み込み、こちらに崩れた姿勢から繰り出される大鎌を聖剣で迎撃する。切れ味はほぼ最大値。わずかな手ごたえの後、枝を断ち切るようにしてカマキリ自慢の鎌は俺の手によって両断された。
人の頭ほどもありそうな瞳がぎょろりと動き、動揺しているような気配が伝わってくる。反撃されることに慣れていない……のか?
細い首を切り落としたころ、耳にはみんなの放つ貴石術の音と掛け声が届く。周囲からいつの間にか近づいてきたモンスターとの戦いの音だ。
見えた限りではカマキリ型以外にはミミズのようないわゆるワーム、あるいはトカゲのような物。ぱっと見、いつだったかの温泉で起きたような巨大生物の発生を予感させる大きさだけど……どうも違う。
大きいだけで強さはそうでもない。倒すだけなら俺たちじゃなくてもいけるんじゃないか、と思うぐらいだ。
「マスター! 続きはなさそうですわ!」
「了解! っと……さっきので周囲に笛を吹いたような感じになったのかな?」
時間にして大よそ10分程度だろうか。一気に集まってきた相手を各自倒した後にはまた静かな森が戻って来た。結界らしい力が発動したのが一瞬だったからこちらにやってくる相手も少しで済んだのかな……。
「トール様、見てくださいなのです。どちらも同じぐらいの相手から採った奴なのです」
「ちっちゃいのと、おっきいの」
2人の手の平に乗っている石英は確かに大きさが全然違う。これまで、モンスターから採れる石英の大きさは大体種族や見た目が一緒ならほぼ一緒だった。ゴブリンよりオークの方が大きい、みたいにね。だけど、言われてみればゲームじゃないんだから同じものが同じようにあるというのもおかしな話だ。
「ねえ、トール」
「うん。仮にそうだとしても……今さらどうしようもないよ。今から壁をなくして自衛だけで過ごしましょう、っていうのは難しい……きっとね」
ルビーも同じ結論に至ったみたいだった。他の皆も同様だろう。何かというと、いつからあるかはわからないが街を覆う結界、そしてその装置があるからこそ魔物の一部が凶暴化、あるいは誘われるように街に襲い掛かるのではないか?ということだった。
恐らくは仕舞い込んだ装置は、設置して発動させると周囲のマナ、あるいは範囲内の生き物から少しずつだけどマナを吸収し、結界を発動させるのだ。当然、それに近づけば弾かれもするし、わずかながらとしても自分の力を吸われるのだ。
そりゃ、モンスターだって普段は近づかないし、いざその圧迫が無くなるとなれば本能的にそれを排除しようとするだろうね。
「土偶のところにあった寝る場所と同じです?」
「ちょっと違うんじゃないかなー。似てるけどあっちのは決まった場所から持ってくる感じだったけど、ここにあったのは無差別って感じだったよー。ね、とーる」
「うん。さっきは壊れてたからラピスが触らないと動かなかったけどね……さて」
石英を集めながら、考え込んでしまう。人はこの装置によって強力な壁と安全地帯を手に入れている。けれども、仮説ではあるけれどそれ自体が反発を産むかのようにモンスターの凶暴化につながっているようなこともわかった。
(今さら結界の無い生活をしましょう、なんて誰が従うんだ?)
一部の人は、そうかもしれないと言って昔のような自衛の姿に戻れるかもしれない。だけど大多数は怖くて無理だろう。装置の入れ替えにさえ気を付ければ平和なのだから……。地球でも今さら電気や車の無い生活を全員がしましょう、なんてとても現実的ではない。
恐らくは昔の人が開発し、今もどこかで細々とメンテナンスや生産をしているのであろう結界装置を思い出しながら、村の探索を一応続ける。
「ご主人様、扉があるよ」
「地下室ね。この汚れ……血かしら。だいぶ古いけど……」
穀物を保管する場所だろうか? 大き目の建物の床に、幅1メートルほどの木の板で蓋がされた場所を見つけた。
何か封印されてるとかじゃなきゃいいけど、と思いながらも少しだけ持ち上げる。特にいきなりガスが出てくるといった様子はない。
「ここは自分にお任せなのです。よいしょっと」
ニーナは長めの棒のような物を作り出し、出来た隙間に押し込むとぐぐっと押し上げた。埃が舞うあたり、もう何年も開いていない場所の様だった。
ぽっかりと開いた穴の中は暗い。梯子のような物があった形跡はあるけど、飛び降りる羽目になりそうだ。
「だーれもいないよ?」
「色々と落ちてるわね。避難場所かしら?」
うっかり閉じ込められてもいけないので、いっそのことととして地下室への蓋は完全に取っ払った。
灯りを下に打ち出しながら、経過しつつ飛び降りる。わずかな埃が舞い、音も響いたはずだけど何かが動いてくる気配は無い。
「地下貯蔵庫兼避難所、かしらね……ああ、なんてこと」
ルビーの力無い嘆きの声。視線を向けて……俺も顔をゆがめた。思わず隣にいたジルちゃんとフローラを抱き寄せてしまう。
俺たちの視線の先には……床に転がったいくつもの石英の塊があった。
「……きっとみんな死んじゃったです……」
ぽつりとつぶやかれたニーナのつぶやきがその答えだった。怪我がもとで死んだのか、ここで襲われたのか……はたまた外にモンスターが長く居座ったために餓死か……それはわからない。
だけどここで力尽きた生き物がいたのは間違いなく、恐らくは人間であろうと思われた。
ジルちゃんが俺の腕の中から抜け出し、地面に転がっていた1つの石英をつかみ取った。
それは他と比べて小さく、大人の物ではないんだろうなと思わせる物だった。
「こんなちっちゃいの。きっとナルちゃんたちみたいにちっちゃい。ご主人様、どうして?」
俺の目の前で、涙をこぼしながら石英を見せてくるジルちゃんを俺は先ほどのように片腕で抱きしめた。どんな慰めの言葉も、今は意味が無いだろうなと思いながら……。
「難しい選択ですわね。多少の危険は飲み込むぐらいでなければ時に痛いしっぺ返しが来る、かといってそれを選択することはできませんわ。それが出来るのは……もう狂人の類だと思いますの」
「人は今から電気の無い生活には戻れない、そういうことよね」
絶句したまま、声も無く俺に抱き付いたままのフローラ、そして泣いているジルちゃん。供養のためにか、周囲の石英を拾い集め、部屋の一角に置いて何やら祈るニーナ。硬い表情を張り付けたままのラピスとルビーも内心では普通ではいられないに違いない。
結界装置は技術的には素晴らしくても、問題のある物なのだろう。人はそれなくしては生きられなくなる。一度結界のある生活に慣れたらそれ以外考えられないのだ。
ふと、危ないからと菌を身の回りから追い出した結果、思わぬ反撃を食らったり免疫力が落ちた話を思い出す。
(あっ、そうか……だから貴石術が必要なくなるんだ……)
平和だから、じゃない。マナも吸われ、その上で大きくマナを消費する術を使う必要がないから体が対応してしまってるんだ。人全員が戦う必要は無く、兵士や冒険者だけが戦えればいい、そういう考えも間違いじゃない。だけど、このままだと前線で常にモンスターと争うような場所以外では人間全体の戦力平均というべきものがどんどん下がっていくだろうね。
(一体どうすればいい……)
その答えが導けないまま、俺達はひとまず村を立ち去るのだった。
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