JD-180.「人が住むということ」


「おっさかなおっさかな」


「ジル、深いところに行ったらだめよ」


 ピクニックに来た姉妹のような声が響く。俺は簡単に作った竈の火を調整しながら、今日のご飯にと川魚を捕ろうとしているジルちゃんとルビーを見る。風もほとんどなく、あたたかな日差しが河原に降り注いでいた。


(あまりモンスターを見ないな……どういうことだろうか)


 アーモの街を出発して既に4日。そろそろ廃棄されたという村が見えてくるころだった。貴石術を使いどんどん進む俺たちで4日、なので一般人だと倍はかかるだろう距離。そうなると周囲に人の気配は全くないわけだが……人間の代わりにいるはずのモンスターの姿があまりいない。


 街道跡を進んでいるということもあるのかもしれないけれど、既に結界の影響を受けていない場所、つまりはモンスターが自由に行き来できるはずの場所であった。野犬の群れでも出てくるかと思ったのだが、出会うのは獣ばかりでモンスターは……ばったり出会った相手、ぐらいしか出てこない。

 気配自体は感じるので、自分たちのテリトリーから出てこないというだけもしれない。ただそれは1つの疑問も生み出す。じゃあどうして街にモンスターは襲い掛かるのか、ってね。


「とーるー、まっすぐ行ったところにたぶん村だった場所があったよ」


「この川はその場所まで続いてるようですわね」


 空から降りてくるフローラとラピス。2人には簡単にだけど偵察に出てもらったのだ。と言っても空に浮かんでなので安全な物だけど。では残るニーナは、というとずっと河原やあちこちの地面を気にして少し掘っては首をかしげている。


「ニーナ、何かわかったかい?」


「んー、わかったと言えばわかったような……1つ言えるのは、これまでの街道よりも土地がマナで満ちてるのです。こう、なんていうか……これまでの街や街道は、人通りのない街みたいな感じだったですが、ここはそこそこ人通りがある、そんな感じなのです」


 ニーナの報告に火を見ながら考え込む。人間がいなくなり、自然の姿を取り戻した……いや、それはそれでちょっとおかしい。人の生活が特別マナに影響を与えるほど激しい使い方はしないはずだ。それこそ戦いでもない限りは、ね。


 喉元まで出かかってるようなモヤモヤが頭に増えてくるが、顔に感じる竈の熱がそれを一時よそに追い出した。今は食事の準備をする時間だな。ジルちゃんたちもあの調子なら……ほら。


「やった、いっぱい獲れたよ。ひとり3匹」


「真顔でいきなり透明な串みたいなのを作って刺すんだもの。ちょっと驚いたわ」


 どうやらジルちゃんはこういう時には容赦のない暗殺者のごとく仕留めるらしい。当然のことながら、魚たちはぴくりとも動かない。俺から見ても新鮮そのもので塩焼きにしたら美味しそうである。

 手早くさばいて、適当に生み出した石の串に通して焼けるのを待つことしばし。


「いっただきまーす! んー、おいしいよねー。ボクいくらでも食べられそうだよー」


「うふふ、ほっぺにお塩が付いてますわよ」


 解放的な環境での食事は何度味わっても良いものだなと思う。わいわいと食べるみんなの姿は見てるだけでお金が獲れそうなぐらい眼福というか、これはこれでいつでも飽きない気がする。

 俺も笑顔になっているのを自覚しながら、豪快にかぶりついて咀嚼……その時だ。


「ん?」


「マスター、今何か……」


 本当のところは、こうして気配に気が付いたよといった反応をするのは相手にそれを気が付かれるからよくない気もするが、思わず反応してしまったのである。原因は、うっすらと感じた気配。殺気というよりはこちらをただ見ている……そんな感じだ。

 かといって遠くから監視されている、といった様子でもない。ただ見慣れない物を見かけた、だから見た……とでもいえばいいだろうか。


「魔物さん?」


「たぶんね。襲われないから油断してた気もするわね。食べたら気を引き締め直しましょう。いきなり水晶獣みたいなのが出てくるとは思わないけど、そのぐらいの警戒はしないと」


 食事の準備の間には見てこず、食事中にようやくということは偶然ではなく、待っていたんではないかと思う。それだけの知能がある相手……というのは考え過ぎかな?

 火の始末をして、改めて6人で廃棄された村へと歩いていく。





 家は、人が住まないとすぐに駄目になるという。俺の視界に入って来た光景はまさにそれだった。このあたりでは石材はあまりないのか、多くが木造。となると何年もするとあっという間に荒れ果てる。山の中という訳ではないので、不気味さはあまりないけれど伸び放題の雑草は視界を遮り、何かが隠れていてもわかりにくいのは間違いないだろう。


「フローラ、ちょっと斬っちゃってくれる?」


「うん。まっかせてー。えーい!」


 少なくとも歩く場所ぐらいは作っておこうと思い、フローラに風の刃を依頼した。芝刈り機が高速で動くかのように村の広場だったであろう場所までの雑草が一気に切り裂かれていく。獣でも隠れているかと思ったけど、何もいない。逆に不気味なほどだ。


「不思議なのです。何もいないです?」


「そうですわね……少なくともここはモンスターに襲われて廃棄せざるを得なかったはずの村、ですわ」


 確かに家たちはあちこちが壊され、無残な姿をさらしている。雨風はしのげなくはないけれど、暮らせるかと言われると首を横に振るだろうね。廃屋からさらに1歩進んだ感じだ。

 どうやらモンスターは村を襲った後、居座るということでもないらしいことがわかった。


「モンスターは結界装置のことを感じ、いざとなれば襲い掛かり……その後自分のテリトリーに帰る?」


「見る限りはその仮説が正しそうね。まるで……そう、まるで人間がゆがめた自然を元に戻そうとしてるようだわ」


 ルビーの言葉に、ごくりと俺の喉が鳴った。この世界に来て、ジルちゃんたちと一緒に女神様の言うように戦い続けていく中で感じていたことがここにきて表面化してきたように思えた。それは、モンスターはゼロにすることはできず、きっと人間とモンスターの戦いは無くならないだろうという物。

 ぶつかり合う両者がいるならば、どこかにその境界線となる場所がある。それがハーベストやアラカルといった前線であり、差し迫った脅威が無いとしてもこうして廃棄された村があるというこの場所でもあるわけだ。


(そもそも、モンスターだってゼロからいきなり生まれたはずが……あるのか。奴らは湧いてくる……)


 全てがそうではないと思うけど、一部のモンスターは何らかの状況下では沸いて増える。これは俺たちが既に巨大ガエルによって体験したことでもある。そうなると……人とモンスターとは……。


「とーるー、探索しないの?」


「ひみつ、はっけん」


 2人の声に気を取り直し、警戒は続けながら俺達は村跡に侵入を開始した。家が駄目になっているのを除けば、確かに人がいたんだなと感じる光景だった。外に散らばっている物は逃げ出す時に散らかったのか、モンスターが襲った時に外に出たのか……。


「マスター、あちらを」


「随分とぼろぼろだな……集中的に襲われた……ここかな?」


 聖剣を抜き放ち、油断なく気配を探りながらかろうじて柱と屋根が残っている建物へと向かうと、頑丈な造りだったであろう部屋が無残に破壊されているのを見つけた。中には田舎には似つかわしくない機械染みた物があった。


「アザラシさんの島にあったよ、たしか」


「ジルちゃんの言う通りなのです」


 そう言われ思い出すのは、見た目はアザラシ、中身は賢人、なシルズの住む島にあった結界の装置。アレと比べてしっかり壊されているけれど、確かに見た目はよく似ている。

 地面に固定されているわけではないようなので、そっと力を込めて持ち上げてみる。すると簡単に持ち上がった。見た感じだと50キロ以上あるような気もするけど、俺の肉体も反則だからな……問題なく外に運び出せた。


「うーん、よくわからないわね。たぶんマナを使うとは思うんだけど」


「そうですわね。あら……このあたりはまだ……」


 比較的損傷の無い部分にラピスがそっと指を伸ばすと、その指先から俺達の目には見えるマナの流れが動いたのが見えた。わずかだけど、ラピスの指からマナが装置に吸われたのだ。

 瞬間、ほんの一瞬だけど装置を中心に街で感じるような結界の気配を感じた。


(マナを吸い上げて結界にしている? これがもし完全な姿だったら……周囲の土地ごとマナを吸うんじゃないのか?)


 直感的に、そう思った時だ。森の気配が変わった気がした。静かだった森に、騒がしさが戻ってきたような気がしたのだ。

 咄嗟に俺は壊れた装置を丸ごと収納袋に仕舞いこんだ。入るかどうかと、容量が心配だったが問題ないようだ。サイズの割に容量を食っているのは、マナを吸収する部分が生きていたからだろうか。


「トール様、みんな。何か来るのです」


「逃げることも視野に入れていくよ。安全が第一だ」


 次に女神様に出会ったら色々と問い詰めよう。そう決意しながら俺はかつての人々の営みの場所で、戦いの時間を迎えようとしていた。

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