JD-179.「別れの約束」


 楽しい時間という物はあっという間に過ぎる。子供のころから不思議だったけれど、大人と言える歳になった今でもそうだ。熱中しているといつの間にか夜になっている、とかね。

 俺たちがアーモの街でナルちゃんらにしていることはまさにそれだった。毎日が楽しく、子供たちが日々成長するのを自分のことのように喜んでいた。


 ただ、それも終わりが来る。


「これで10年は大丈夫なはずだよ」


「お兄さん……お姉さんたちも、どうしてここまでしてくれるんですか?」


 机の上に置かれた一枚の紙。押印の入ったそれはこの建物と土地を10年は借りられる権利書だ。この場所は街の所有する土地だったらしく、むやみにどかすわけにもいかずに困っていたらしいことをアレンさんから聞き出した俺は現金まとめ払いで借りることにした。安くない金額だったけれど、お金は使う時に使わないとね。


 それに、今話しているようにここを離れる俺たちにはこのぐらいしかできないから……。


「1つは自分たちの自己満足。1つは……君たちに未来を感じたからかな」


 かっこよく言ってみたけど、要は自分たちがそうしたかったから、に他ならない。見方を変えればこの行動はナルちゃんたちの人生を無理やり捻じ曲げたともいえる。未来は大きく変わり、それが必ずしも良い未来を呼び込むと決まったわけではないのだ。

 出来るだけ、悲しい未来を跳ね除けられるようにして行きたいところではあるが。


「そう……ですか。必ず返しますっ! ね、みんな!」


 いつの間にか結束が高まり、小さい子を大きい子がフォローする関係が出会った時以上に出来上がってる気がする子供達。

 今ではジルちゃんたちは本当に付き添いで、全ての行程を子供達で行っているほどだ。肉屋でも定期的に狩っている子供たちを褒めてくれるそうである。

 そんな子供達だからこそ、ナルちゃんの呼びかけに一斉に頷いていた。


「大丈夫。アンタたちならやれるわよ。私が保証するわ」


 ルビーの言うように、子供達には出会った時のような怯えや、貧困による悲しみの色は無い。贅沢は出来ないかもしれないけれど、明日があるという希望を感じる瞳が俺たちを見る。

 その光を見て、俺は自分たちのやったことが少なくともこの瞬間は間違ってなかったんだろうなと思うことが出来た。


「俺がもっと器用ならみんなに武具の1つでも残したいところだけど、普通に武器屋に頼むぐらいしかできなかったよ」


 主にウサギを狩りに外に出ていた子達を中心に、例の武器屋で注文した武具を手渡してある。親父さんは子供が命を賭けることに最初は顔をしかめていたけれど、生き残るための戦いに老いも若いも無いということを感じてくれたらしい。手入れは欠かさずもってこいと言ってくれた。

 後に残すのが武具というのもちょっとどうかとは思うけど大切な物だと思う。


「とーるはかっこつけだからねー。大丈夫、何年もしないうちに様子を見に来るよー。その時に頑張ってなかったら……」


 横でフローラがこれでお別れじゃないということを明るくしゃべり、最後にはなぜか悪い笑みを浮かべていた。しばらく貯めた後、なぜか俺の方を指さして口を開く。


「じゃないと、とーるがみんなお嫁さんにもらっていっちゃうからね!」


「何故に!?」


 フローラなりの励ましだとは思うのだけど、とんでもないことを言い出した。それではまるで借金のカタに娘はもらっていくぜ、なんていう時代劇のような……ああ、そういうネタなのね。

 俺やラピス、ジルちゃんもそれがわかって一斉に笑うのだけど、そんな話を知らないナルちゃんたちには通じなかったようだ。


「えっと、私でよければ……? あ、でもその頃には大きくなっちゃってトールお兄さんの好みから外れてるかも……です?」


「そんなことない。みんなきっと可愛くなるし、男の子だってかっこよくなる!って、そういうことじゃなくて。

 出来れば皆には現状維持じゃなく、上を向いて頑張ってほしい。君たちが未来を作るんだ」


 一気に和やかな空気になったところで、俺は一番思っていることを伝えた。そう、このまま暮らしていくだけで止まってしまってはきっとまた同じことになる。常にとは言わないけれど、出来るだけ上へ上へと昇れるように頑張ってほしいのだ。

 研究者であるミルレさんは言っていた。平和な中にいると貴石術の行使に問題が出るという現象があちこちで起きていると。

 そのために子供たちに危険を冒すべき、とは言えないが肉体的にも権力的にも弱者である子供たちの切り札は間違いなく、貴石術だ。


「任せてください。いつかきっと、お兄さんとお姉さんを助けられるぐらい強くなって見せます!」


 ぐっとポーズをとるナルちゃんは、きっとそれを達成してくれるだろうなと思わせる強さを瞳に宿していた。

 だからずっと黙っていたジルちゃん、ニーナも涙を我慢して頷いていた。







「うう……ナルちゃん……」


「ジルちゃん、別々の場所で暮らすのも大切な事ですのよ」


 ぐすぐすと泣きながら、ジルちゃんはそれでも街から離れる足を止めない。ジルちゃんだってわかってるんだ……ずっと一緒というわけにはいかないと。少なくとも、今世界に起きている危機はなんとかしないといけないと。


「それで、こっちに何があるわけ?」


「実は話だけで何か事件があるかどうかはわからないんだ」


 そういって俺は収納袋から周辺の大まかな地図を取り出した。丸付けをいくつかしてあるそれは旅をするには十分な縮図の物。3重に丸が付けてあるのがアーモ。他に2重丸やただの丸付けをした場所がいくつもある。


「んー? あ、わかったのです。これ、街です?」


「そっか、3重に丸になってるのはアーモなんだね」


 その通り、と頷いて俺は地図を丸めてみんなを見た。いつの間にかジルちゃんも目を赤くしながらもラピスと一緒にこちらを向いている。

 俺はジルちゃんをそっと撫でながら、目的の場所を告げるべく口を開く。


 向かう先は、モンスターに襲われて放棄された村、あるいは町だ。そこで何かないか、探索をしようと思っているのだ。

 それはなぜかと言えば、街を覆う結界装置の存在だ。結界があってモンスターが近づけない、それはまあいい。そういう物だと思えばいいからね。

 でも……ではなぜモンスターは結界が弱まる時を感じ、襲い掛かってくるのか。まるでそこに在る物をどうにかしないと自分たちが生き残れない、それを知っているかのようだ。


 冷静に考えてみれば、結界装置が出来る前だって人間はこの世界でモンスターと同じ場所で生活していたはずだ。ということは無くても生きていけるし、一方的に襲われて滅びるようなことも無かったはず。

 もちろん、壁を作ったり溝を掘ったり、武装を固めて抵抗したりといったことはあるだろうけど、人は結界が無くても生きていたはずなのだ。


「俺が開けようとしてるのは……なんだろうな」


 俺の説明に皆が頷き、一番近い放棄された村へと歩き始める。その途中、思わずつぶやいてしまった俺。好奇心はなんとか、というけれどこれはどっちだろうか……。


「ご主人様、だいじょうぶ」


「ん?」


 いつの間にか硬い表情になっていた俺のほっぺたを、ジルちゃんが背伸びをしてぺちぺちと叩いてきた。

 俺は疑問をそのまま顔に浮かべ、彼女を見ると……ちょっと怒ったジルちゃんがいた。


「あのね、困ったことがたーくさんあっても、ご主人様やみんなと一緒なら大丈夫なの。

 だから、ぎゅーってしてないでにこっとしてなきゃダメなんだよ」


「そっか、そうだね……うんっ」


 この先に何が待ち構えているのか、どんな秘密を見つけてしまうのかは、まったくわからない。

 だけど、ジルちゃんの言うようになんとかなると思っていなければ勝てる物も勝てないだろうね。


(大丈夫さ、俺と一緒に戦ってくれるとっておきの人材は5人もいる。俺も含めて6人いれば……!)


 ようやく俺は、青く澄み渡る空を見上げる余裕を持つことが出来たのだった。

 目的の村まで、徒歩で大よそ……5日。

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