JD-178.「日常から消える日常」



「貴石術が消える? それはその……例えば、マナが無くなるということですか?」


 人口貴石を作る研究をしているという場所をラピスと共に訪ね、そこの職員であるミルレさんから色々と話を聞いていた途中。重苦しい口調で彼から告げられたのは……貴石術が世の中から消えるかもしれないと考えたことはあるか?という物だった。


 答えとしては、無い。ただ……貴石術が無い世界はありうると思う。なぜなら、そもそもが俺のいた世界は貴石術やマナ、ましてやジルちゃんたちのような宝石娘はいないわけだから。

 生き物の体の中に石英の塊なんてありやしないし、化け物が暴れることだってない。

 ただそれは言葉にすることはできなかった。別の世界から来たからわかる、なんて言えやしないからね。


「そう……だね。その場合もあるか。私が気にしてるのは、別の事さ。貴石術という物が世の中から消えたらどうしようとね。考えてみれば、マナという力があると言ってもそれがどうして火や水、あるいはそのほかの物になるのかというのは解明されていないんだ」


「使えるから使っている……ですものね。興味深いですわ」


 見た目に反して話題に食いついてきたラピスにミルレさんは少し驚いたようだったけど、すぐに表情を戻してポケットに入れていたのか、何の変哲もない石英の塊を手のひらで弄り始めた。

 そうして手のひらで弄っているだけでも、実は石英とミルレさんの手の間でマナが行き来してるのだけど恐らくこれは俺たち以外には見えない。そのぐらい、極々当たり前に起きている現象なのだ。


「強い貴石術士と、普通の貴石術士に何の違いがあるのか? それもかつて、数度は調査されたことがある。

 結果は不明。事故や戦争で亡くなった術士を解剖した結果は、多少石英の大きさの差はみられても劇的な差ではなかったっと、子供を前に言うことではなかったね」


「それがどう貴石術の消失と関係が?」


 俺の問いかけに、ミルレさんは手の中の石英を見つめ、小さくつぶやいた。途端、手のひらであふれる水。量にしてコップ一杯程度だろうか。机の上を水で濡らし、ハンカチのようなものでそれをふき取った後には石英の塊は無かった。


「理由はわからないんだがね、私は貴石術が段々使えなくなってきてるんだ。正確には一日の内に使える量が下がって来た。でも体調に問題は無いし、マナを生み出せなくなったという訳でもない。一晩寝ると回復するしね。これが実は、世界全体で事の大小は別として、起きていると言ったらどうする?」


「そんな、世界が変わるどころではありませんわ。人は貴石術なしに魔物には対抗できませんもの」


 俺もラピスの言葉に無言でうなずく。もちろん、物理的な武器である程度対抗することは出来るだろうけど、相手の使う炎などの攻撃に対して、貴石術なしで対抗するのは非常に困難だ。

 いわゆる属性攻撃には無力になると言っていい。燃えにくい素材や電気を通しにくい素材、といったもので対策を講じるのにも限度がある。それだけ、貴石術による結果というのは強力な物だ。


「その通り。私が人口貴石の研究をしているのはこの先にある人間の危機を少しでも遠ざけるためさ。質の良い貴石があればまだまだ人は抗える。ただそれも限度はあるだろう」


「お話は分かりましたけど、何故そんな秘密を俺たちに? 俺たちは別に研究者という訳でもありませんけど」


 そう、不思議なのはそこだった。みんなが宝石娘だということを見抜かれたという訳ではなさそうだった。

 逆にそうなると何故ここまでの話をしてくれたのかがまったくわからない。


「何故だろうね。実は私もわからないんだ。兵士として戦っていた私なりのカン……という奴かな。それに、トール君。王の宴での君の話を聞いてわかったこともあるんだ」


 どうやらあの時、ミルレさんはどこかにいたらしい。模擬戦も見ていたそうだ。ちょっと恥ずかしいね。

 ミルレさんは立ち上がると、窓の外を見て遠い目をし始めた。


「人は、危機がそばにないと牙を自ら抜いてしまう、その可能性に行き当たったんだ」


「つまり、強い貴石術が必要でないと思うような環境で過ごすと自然と力を失うと?」


 俺が前線にいる兵士とこちらにいる兵士では違いがあると言ったのを聞いていたんだろう。確かに、前線で必死に生きている人の方が、貴石術をしっかりと使っている・・・・・

 普通に薪から火を起こし、水も汲んでくればいい場所とは違い、その場その場で貴石術は生活に密着しているのだ。


「証明のしようがないのが難しいところだけどね。かといって君たちに安全な場所で何年も過ごして力を失うかどうか試させてくれ、なんてことも出来ない。だから私は人口貴石を作り出すぐらいしかできないのさ」


 自虐的な笑みを浮かべ、そうしてミルレさんは話を終えた。その後も色々なことを話したが、専門的なことも多く、俺には理解が難しかった。逆に俺が話す前線での出会いや怪物の生態等に関しては興味深い話だったようで、やはり前線に行かないといけないか、なんて呟いていた。


「そろそろいい時間だね。まだ何か聞きたいことはあるかい?」


 お開きも近いというところで、俺はこの分野の専門家に聞いてみたいことがあったことを思い出した。

 禁断の質問かもしれないそれは……。


「ミルレさん、俺は獣や魔物が貴石の力で強大な存在になるのを見ました。これは……人にも起きると思いますか?」









「マスター、だいぶ踏み込みましたね」


「うん。一度は俺達以外の人の意見も聞いて見たかったんだよ。ドンピシャだったみたいだけどね」


 帰り道、俺はラピスと共に街をゆっくり歩いていた。ジルちゃんたちへのお土産も買って帰ろうと思っているし、ナルちゃんたちの住んでいる場所の権利を買うことが出来るかと行ったことも聞いていく予定だった。


「何故それをっと真顔でしたものね。勝手に向こうが思い付きか、と誤解してくれましたけれど」


「ちょっと危なかったかな。でも、収穫はあった……この国に限らないけど、人間の欲望は罪深いね」


 俺はミルレさんとの会話から、1つのことを導き出した。人間は貴石を体に取り込み、大きく力を得る実験をしていると。そしてそれは全く成果がないわけではないだろうことを。


(ジルちゃんたちが神の手による神造の宝石娘なら……人の手による人造宝石娘……息子かもしれないがありうるのか?)


 出来れば魔物だけを見ていたい。その想いとは裏腹に世界には厄介事が転がっているのだった。


 人通りも増えてきたところで話は止め、皆のお土産を買うことにした。差があっちゃいけないからね、食べ物でも人数分。みんなが食べるからもう少し多めにかな。あちこちで買い物をして、収納袋に入れる必要も無く、大荷物となって街を歩く。


「ふふ、なんだかもう子供もいる夫婦みたいですわね」


「そ、そう?」


 明るい声でそんなことを言われ、動揺した俺だったけれど偶然、ラピスの視線が俺が持つ荷物に行ったのを見た。

 さすがの俺もその視線の意味はわかったぞ……外したら恥ずかしいから言葉にはしないけど。


 その代わりに、徐に片方の手に持った荷物を収納袋につっこみ、ラピスの持つ荷物も入れ、問答無用で彼女の手を握った。

 しっとりとした、それでいてすべすべとした小さな手。ずっと握っていたいぐらいだ。


「ありがとうございます」


「こちらこそ……」


 本当にラピスにはお世話になっている。彼女に言えば、マスターのためですから、なんて謙遜のように言うに違いない。だけどそれでは良くないなと思う。こうしてしっかりと気持ちは伝えないといけないと思ったのだ。

 これからも厄介事はあっちからやってくるのかこっちから向かうのかはわからないけど無くなることは無いと思う。

 そんな中、彼女たちを大切にすることは変わらないし、変えたくない。その気持ちも込めてぎゅっと握った。


「マスター、また何年先でもこうしてお出かけしましょうね」


「勿論」


 街の喧騒が耳に入らないようなドキドキの中、俺達は手をつないだままみんなのところに帰り、一斉にからかわれたのはまた別のお話である。

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