JD-177.「探究の迷路」


 一見すると平和に満ちた街、アーモ。その街の生誕祭が終わって早数日。街は日常を取り戻し、日々を人々が過ごしている。

 俺たちもまた、ナルちゃんら子供達と共に外に出ては経験を積み、獲物を狩ることを続けた。

 その日、俺はラピスを連れて2人きりで街を歩いていた。


「マスター、私でよろしかったんですの? 真偽判定ならジルちゃんの方が」


「かもしれないね。でも……なんだろうね、俺の何かがラピスの方がいいって言うんだ。もしかしたら普段のねぎらいをしろってことなのかもしれないけどね」


 いつもみんなのお姉さん役として、ルビーと共に対応してくれるラピス。食事の後片付けを最後までやってくれてるのをこの前、偶然に見てしまったのだ。こっそりと子供の1人に聞いたらいつものことだという。確かにラピスがいれば井戸に水を汲みにいかなくてもいいから作業自体は楽。けど、それではラピス自体が暇になることがない。


「あら、そうですか。お気遣いありがとうございます。さて、今日のデートは人口貴石を作る研究所でしたわね。なるほど、逆にジルちゃんだと辛いかもしれませんわね」


「え? ああ……そうか」


 ようやく俺は自分自身が5人の中からラピスを選んだ理由を悟った。人口貴石、まあ名前の通りだとしてそれには恐らく実験がつきものだ。時には無駄に砕け散ってしまうものもあるに違いない。そんな場所では、ジルちゃんやフローラ、ニーナあたりは怒ってしまうかもしれない。ルビーもその辺、いきなり爆発するからなあ……。そして、ジルちゃんだけが天然石ではないということを気にしてしまうかもしれなかった。


「ごめんね、ラピスだって気にしないわけじゃないだろうに」


「いいんですのよ。マスターの横でお役に立てるならそれで」


 言葉だけを聞くとダメ男を支える女性のようなセリフだけど、ひどく頼りになる言葉だと思った。

 今回のラピスは幼いまま。下手に大きい状態で訪れて、色々と感知されても面倒だなと思ったのだ。

 駐屯所から回り込み、それらしい建物に近づいたときのことだった。


「ん? 気のせいかな?」


 土偶なゴーレムにもらったマナの観測装置が妙な動きをしたような気がしたのだ。ただ、改めて手に取っても動きが無い。ということは異常なマナの発生等は起きていないことになる。なんだったんだろうか? 実験の何かを感知したのかな?

 結局、建物の前に来るまで装置が反応を感じることは無かった。





「やあやあ、いらっしゃい。また何か売ってくれるのかい? まあ……よかったらお茶ぐらいは飲まないかな」


「え、ええ……部外者ですがいいんですか?」


「問題ないよ。私が一緒だからね」


 建物の入り口にあるいわゆる受付めいた場所にはやはり事務っぽいお姉さん。彼女に話しかけ、ミルレさんの名前を出すとすぐに奥に引っ込んだと思うと本人が出てきたのだ。

 かなりフレンドリーな感じで、俺たちと握手したかと思うとさっそく招かれた。


 中に入って感じたのは、研究所という雰囲気じゃないなという物だった。どちらかというと……そう、病院が近い気がする。

 かといって見えた部屋にベッドがずらり、なんてこともなかったわけだけど。


「さすがに全部見せるわけにはいかないからね、当たり障りのないところだけさ。さて、お茶が来るまで自己紹介と行こう。この施設の研究者であり管理人でもあるミルレだ。専攻は人口貴石の作成と運用、かな」


「俺はトール、一応冒険者ですかね。ここにはいませんが仲間と一緒に世界を回っています」


「ラピスですわ。人口貴石、興味がありますの」


 さすがに堂々と、変なことが起きる貴石がないか探し回ってます、なんてことは言えないわけだけどね。

 それ自体はミルレさんは気にしていないようで、自由はいいねえ、なんて王様みたいなことを言ってくる。


「私の研究は、貴重な一部の貴石を人工的に再現できないか、あるいはその研究の産物を上手く運用することを目指している。まあ、多くが普通にある貴石になってしまうんだけどね。君も街の店で見たことがあるんじゃないのかい?」


「お店……ああ、装飾品として売っている奴とか、ジルコニアなんかの塊ですか?」


 そうそう、とミルレさんが頷いたところでお茶がやってくる。匂いは嗅いだことのある……普通の紅茶だ。良し悪しはわからないけれど、少なくとも初めての味、ではなさそうだ。

 そのことにほっとしながら、飲みやすいようにと少しぬるめのそれを半分ほど飲む。


「貴石術の媒体、増幅の役目を貴石が担うことは冒険者としては知っていると思う。鉱山で採掘される貴石たちは上手く加工することでマナそのものを抽出出来たり、術を増幅する道具となるわけど……まあ、自然任せというのは軍隊としては運用しにくいわけでね。そこで私は一定の効力を持つ人口貴石を作ろうとしてるのさ。なかなか安定しない……ピンキリってやつさ」


「ということは上手く行った例もあるってことですよね」


 失敗だけ、とは言わなかったことに敢えて踏み込んでみると……研究者らしい笑みを浮かべたミルレさんが頷いた。

 突然立ち上がり、隣の部屋に行ったかと思うと手提げ金庫のような物を持ってきた。


「指折りぐらいの数だけどね。最近のは何を隠そう、君から買った物を使って成功したばかりの出来立てほやほや、さ」


 確かあの時に売ったのは、金銀鉱のいい感じの模様だった奴等だったはずだ。含まれている物の価値は別として、見た目がきれいだからそういう売り物として置いておいたのだけど……研究に使えたんだ。

 元の世界の価値とこの世界の価値はやはり大きく違うようだ。


「トールさん、綺麗ですわよ」


 人前ということで、呼び方を変えているラピスに言われ、ミルレさんが開けてくれた金庫の中を見ると……見事な模様の球体が収められていた。大きさ的にはスーパーボールぐらい。小さな地球に金と銀で大陸や雲が描かれているかのような物体だね。窓からの光が当たり、まるで動いてるかのような輝きだ。


「本当だ……すごいですね。しかも、ここからでも力……マナですかね、これ」


「その通り。新しい貴石、エレクトとでも呼ぼうか。実験を少ししてみたんだがね。私程度の使い手なら全く消耗無しで術が使えるぐらいには強力な増幅装置となったよ。これでわかったことは、やはり元の質が大事だということだった」


 良い材料からは良いものが出来る。当然の真理の1つだ。ただ、ミルレさんが目指すのは普通の物から良質の物を作り出すこと。なのに結局は質が重要、となると研究は振り出しに戻ったに近いわけだ。

 頭が痛そうな問題……だから失敗が多いわけか。


「まずは材料の質向上からですか。例えばそう、並を10個集めて1つの良を作るような」


「その通り。ようやくその方向にめどがついたところなのさ。だけど……」


 パタンと閉じられた蓋。予想外に良いものを見れたなと思った俺がミルレさんを見ると、成功例があるというのに浮かない顔だった。

 それどころか何かを我慢しているような……。


「……変なことを聞くが、君は……貴石術が世の中から消えるかもしれないということを考えたことはあるかね?」


 唐突な問いかけは、全く予想していない物だった。咄嗟に答えられず、沈黙が部屋を支配した。

 どんな答えを望んでいて、何を言いたいのか……俺は考えを巡らすのだった。

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