JD-176.「思い出の買い物」
「お兄さん、どうしたんですか? もしかして、お疲れですか?」
「え? ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
買い物の間、すっかり思考に入り込んでしまっていたらしい。ナルちゃんの声に我に返る俺。ジルちゃんと同じぐらいの背丈のナルちゃんは俺を見る時によく覗き込むように目の前で見上げてくる。
人の目を見て話すように、とか教育されていたのかもしれないけれど、女の子にこうやって正面から見つめられるとちょっとどきっとするね。
「ご主人様、がんばった。みんなも頑張った。だからお休みなの」
「そうだね。ジルちゃんも頑張ったよ。ほら、次のお店に行こうか」
口に物を入れたまま喋るのはいけないよ、なんてことをつっこむのも野暮だなというぐらいにジルちゃんたちはお祭りを楽しんでいるようだった。他の子達と行っているが、ルビーもまた楽しんでいるといいなと思う。あんなことがあったけれど……。
考え事の原因、宴での王様との最後の会話を思い出す。
「楽しい時間であった。特に対価は不要と言っていたが、手ぶらで返すわけにもいかないのだ。このぐらいは受け取ってほしい」
「……わかりました」
王という立場を考えれば随分と口調も砕け、親しみを持った語りで自ら手渡そうとしてくる布袋。間違いなくお金の類が入っている。しかも相当な金額だ……大金だな。後ろには例の騎士がいる……彼ではなく、王様自らによる物となればさすがにこれは断れないな。何かに使おう、例えば土地の代金とかにね。
受け取った俺は頭を下げ、王様の前から立ち去ろうとする。
「ああ、1つ」
「はい?」
背中にかかった声。その主である王様に振り返ると、あの視線をした王様の顔がこちらを向いていた。こちらを見ているけれど目は見ていない。
背中を走る諸々の感覚を押し込みながら、冷静を顔に張り付けて俺は王様に向き直る。
「君は力を得るならば、何を犠牲に出来るかね?」
「……何も。犠牲を前提として得た物は最後には頼れなくなります。一度犠牲を容認したら、次はまた別の犠牲を……それはしたくない。私は、俺はみんなとの旅でそれを学びました」
王様の後ろにいる騎士がこちらへともう行っていいというジェスチャーをしたので俺は不思議に思いつつもそのままその場を去った。不思議で、どことなく不気味さを残した謁見となった。
帰りはアレンさんも間に合わず、俺たちだけで帰路につく。
「政治抗争は俺たちの首をつっこむところじゃないよねえ」
「そうね。お疲れ様……なんとなく、無関係というのは無理そうな気はするわね」
ルビーの予想に俺も頷きを返した。この世界で力、となればそれは即ち貴石を使った諸々につながっていく。やや狂気のようなものを感じる権力者が手にしたいという力。古今東西、そんなのは碌な物じゃないというのがある種、常識だ。ましてやあの王様の目、あれは普通じゃない。権力者は普通ではやってられない、なんて話もよく聞くけれどあれは……。
「放っておくのもなんだけど、まずはお祭りをしっかり楽しもうか」
「ま、それしかないわよね」
すっきりしない気持ちを抱えつつも、俺達は無事にみんなの場所へと帰り着くのだった。
(そう、あの王様の目は目の前を見ていない、どこか別の……っと、今はそんな時じゃないか)
「ジルちゃん、アクセサリーが売ってるよ。見てみよう」
「きらきら……すごい」
「うわぁ……」
髪の毛の色は違うけれど、体格の似ている二人はこうしていると姉妹のようにも見えた。ナルちゃんの痩せていた体も、最近の食生活の改善により若干だが肉付きを良くしている。今まで足りなかった栄養を体全体が活用し始めているのかな?
どこに職人がいるのかはわからないけれど、露店に並んだアクセサリーたちに負けないぐらい目を輝かせてみている2人。
他の子達も思い思いにお祭りを楽しんでいるはずだった。
王様との謁見から数日、俺達はチームを分けて順番にお祭りを楽しんでもらい、残った子で屋台を運営するということを行った。いくらお金が稼げてると言っても、ずっと見てるだけというのもね、可愛そうだ。
そうして最終日。お祭りが一番賑やかなところだけど敢えて俺は店を閉めた。人通りが多すぎて捌ききれないだろうということもあるし、外の出入りも激しいから近くに獲物がいないといった事情もある。
何より、最後はみんなで楽しんでほしかったのだ。そこで遊ぶのにもチーム分けをし、それぞれについてもらったのだ。
ところが、ナルちゃんだけは最後まで自分は良いと遠慮していたため、チーム分けがまとまらずに一人ぼっち。そこで俺とジルちゃんで彼女を半ば強引に連れ出すことにしたのだ。
(連れてきて正解だったかな、うん)
最初は申し訳なさそうにしていた彼女も、店を回り、途中で仲間の子達に出会う度に笑い、笑顔になっていく。
だんだんと年相応にはしゃぎ始めるナルちゃんに、俺も温かい気持ちになった。
「ねえねえ、ご主人様。あれ、何?」
「どれどれ……ガラガラ、福引だね。回して出て来た中身で何等とか当てるんだよ」
よく商店街のイベントとかで特賞温泉ペア旅行!なんてなってるあれだ。結構規模が大きいらしく、周囲には人だかり。大きく書かれた景品には色々あるけど、どれも俺自身は特にいらないかなという感じだ。福引券、ではなく一回いくらって奴みたいだ……大丈夫か?
「あ……ナルちゃん……ご飯たくさんいるよね」
「え? ええ、みんな育ちざかりですし、いくらあっても……」
俺が疑っている間に2人の間で何か話があったのか、ジルちゃんがてこてこと人ごみを器用にかき分けて列に並んだ。
それを今さら止めるわけにもいかず、かといってこの福引の怪しさに警戒していた。この街で共同で運営してるやつじゃなく、どこかの誰かの露店としての福引なのだ。俺からすると商店街のそれより怪しさしか感じられない。何かって? そりゃあ……中身に当たりがあるかどうかってやつだよ。
(あれ、でもジルちゃんは本物と偽物を見分けたり、薬草の成熟具合を見抜ける……ってことは)
この時点でジルちゃんは、恐らくだけどこの福引がちゃんとしたやつか見抜いている?
だとすると何をしに……ふむ、さっきこの福引を見た時に声を出していたな、もしかして?
このガラガラ、意外と力加減でいつ出すかをある程度操作できると聞いたことがある。早くしたり遅くしたりとかね。
そんな考えの中、どよめきが耳に届く。顔を上げると、驚きを顔に張り付けた福引のスタッフたち、そしてドヤ顔のジルちゃん。ナルちゃんはその横でおろおろとしている。
「赤だ、赤玉だ!」
「やったなお嬢ちゃん!」
スタッフが声を出すより早く、近くで見ていた人たちが口々に出て来た玉の色を叫ぶ。赤色は、目玉景品として飾られていた見事な装飾のペンダントだ。俺から見ても売り払っても結構なお金になると思う。
ましてやジルちゃんの目にかかれば、本物かどうかはすぐにわかるはずだ。
そうか、ジルちゃんはこれを狙ってたんだ……。
スタッフに動きが無いな、と思ってみてみると、まだ驚いたまま固まっている。なるほど、よほど出にくいように工夫してたんだろうね。例えば、玉の中に重量の違う物を仕込んで重さを変えたり、さ。
「はやく、ちょうだい」
「ちくしょう、こんなに早く出たらもう終わりにするしかない……」
「やったね、ジルちゃん。幸運じゃないか」
スタッフが落ち込むように、他の景品はごく普通。熱中して何度も回るようなことにはならないだろうから稼ぎも微妙だろうね。渡すのを渋り始めたスタッフを見た俺はジルちゃんを迎えに来たように歩み寄り、そのスタッフの耳元に囁いた。
─これ以上渋るなら兵士を呼んで中身を確かめてもらうぞ?
ってね。効果はてきめん。吹っ切れた顔になったスタッフからペンダントを受け取り、俺達はその場を去った。
嬉しそうな顔で、ペンダントを覗き込むジルちゃんとナルちゃん。俺はそんな2人を見て、ジルちゃんの頭を撫でる。
「? どうしたの、ご主人様」
「ジルちゃん、それ……売らずにとっておこう。思い出だよ」
俺がそういうと、でも……と口ごもるジルちゃん。確かにこれを売ったら食事にはしばらく困らないだろうからね。でも、その心配もない。だって俺には……王様からもらった使いきれないほどのお金があるのだから。
「そんなっ、そこまでしていただくわけには!」
「いいのいいの。このお金が俺のだっていうなら、どう使っても自由でしょ? そら、帰るよー!」
そのことを口にした俺にひどく真面目な遠慮をするナルちゃんと、きょとんとしたままのジルちゃんを抱え、俺は走り出した。向かう先は皆が戻っているであろう彼女たちの家。一見すると2人を誘拐してるように見えるかもしれない、そんな気持ちを今さらながらに覚えながら俺は走り続けた。
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