JD-175.「普通じゃいられない、それが権力者」


 アーモの街の生誕祭。そこにやってきたのは予想外の偉い人、他でもないこの国の王様だった。

 色々あって、最終的には王様も参加する宴へと招待された俺。大きくなったルビーをパートナーにその宴へと出席することになる。そこで俺は今、前線と比べて足りないものがいくつもあることを指摘し、それに反応した部隊長と模擬戦をすることになってしまったのだった。


「行くぞ!」


「……」


 木剣を手に、妙にやる気に満ちた部隊長、ダルブさんは顔を真っ赤にしながら斬りかかって来た。それを俺はどこか冷静な気持ちで見ていた。この時点でダルブさんにこらえ性というか、様子をうかがうという選択肢が無かったということに気が付いていたからだ。

 俺自身、どうにもわからないなってときには突撃することはよくある……が、それはジルちゃんたちが後ろから援護をしかけてくれるという前提があるからだ。1人ではなかなか踏み込めない。


 木剣同士がぶつかる鈍い音……ではなく、軽く当たった音が広間に響く。俺が体をずらし、受け流した時の音だ。

 直撃したら打撲で済むのか?と思うような力のこもった一撃は確かに力強く、木剣だというのにゴブリンあたりならそのまま死んでしまうかもしれない威力だった。

 ただ、それも当たればであるし、俺は動かない人形という訳でもないのだ。だから、反撃だってする。


「ふっ!」


「むぉ!」


 俺は武芸を習っているという訳でもない。だから見様見真似だし、隙は多いと思う。そこを補うべく女神様にもらった肉体の力を発揮し、速さと手数で勝負を仕掛けた。ダルブさんは正規の訓練をしっかり積んでいるんだろう。1つ1つの動きにそういった洗練された物を感じる。最初の一撃だって、それで終わらせるという気持ちのこもったまっすぐな一撃だった。


 対人であれば、決まった型というのは力を存分に発揮するのかな、と思う。あいにく俺は人は人でも、普通ではないためにセオリー通りにはいかないようだった。俺の隙を突いて斬りかかってくるダルブさんを無理やり捌き、反撃も相手にしてみたらめちゃくちゃに感じるかもしれない動き、アニメや漫画で見たような動きを真似した俺の攻撃を必死に捌くダルブさん。


 一見すると膠着状態に見えるかもしれない……が。


「貴様、終わらせるつもりがないのか!?」


「とんでもない。決め手がないだけです。俺は術士でもあるので……」


 そう、これまでの戦いの経験から途中途中、思わず貴石術を発動しそうになるのを慌ててキャンセルし、木剣での斬り合いに戻る俺はちょくちょく動きがカクカクしてるんじゃないかなと思う。それが相手にはサボっている、手加減しているとか思われたのかもしれない。


「冗談ではない!」


 そんな俺の返事は、思ってもいない結果を産んだらしい。思い返せば、いつでも終わりに出来るけど敢えて長引かせてるよ、そう思われても不思議じゃない言葉だったかな? 難しいね、うん。


 ダルブさんは少し間合いをとったかと思うと、腰を少し下げた構えとなって木剣をしっかりとこちらに向けた。切っ先から感じるのは……殺気。本気具合、と言えばいいのかな?

 気が付けば周囲にどよめきが広がっている。それはそうだろう、と思う。木剣とはいえ当然当たれば痛いし、とがった方で突けば刺さることもある。ましてや急所に当たれば十分危ないことになるだろう。


 俺はルビーの心配そうな視線を感じながら、彼を迎え撃つべく相手を人間ではなくこれまでに出会った化け物のような強さの強敵だと思うことにした。

 ジルちゃんたちがそうしてるように、マナを全身に巡らせて肉体を強化。全身の細胞が喜んでいるかのような錯覚を覚える中、突撃してきたダルブさんが木剣を突きではなく振り下ろしで使ってきたことを見、俺は自身の木剣も正面からたたきつけた。


 鈍い音、それは木剣が砕けた音だ。無手になったダルブさんは後ろに下がりながら悔しそうな顔をしつつも、なぜかその場に立っている……対人ならば、それで終わりなのかもしれない。が、この戦いはそういうわけじゃないはずだった。


「ぉぉおお!」


「なっ!」


 だから俺は叫び、数歩さらに踏み込んでダルブさんの足を払い、そのまま地面に組み伏し、折れた木剣を顔ではなく喉元に突き付けた状態で止まった。

 止めなければ大きなダメージを受けていたであろう状況に、本人も周囲の人間も息をのんだのを感じる。


「魔物は武器が無くなったから引き分け、なんてことはしてくれませんよ」


「そこまで!」


 響き渡るのは王様の声。戦隊ショーでも見た子供の様に輝いた笑顔を乗せて、王様が身を乗り出してきていた。王様がここまでというのなら続けることもない……俺は素早く体を起こして下がり、近くにいた近衛だと思う兵士に折れた木剣を手渡した。


 ダルブさんは……まあ、ちょっと納得いっていない顔だ。でも、最初にどういう戦いか決めなかったのはそっちだ。となれば事前の話からして危機感を持つべきだったと思うんだよね。


「見事。前線とはどういうものか、垣間見た気がするぞ」


「ありがとうございます。今のは最後まで相手の反撃を気にする臆病者の戦いでもあります。

 そうではない修練としての戦いであったなら、まだまだかないませんよ」


 なんとなく、この王様なら俺の言いたいことを察してくれるんじゃないかという思いがあった。事実、その後王様はダルブさんを叱るでもなく、生き残る戦いを狙うようにと伝えるだけにとどまった。少し前に多くの兵士に被害を出したダルブさんには何よりも効いたように思う。

 もうちょっとうまくできなかったの?なんて言いたそうなルビーから荷物を受け取り、再び始まった宴の中に俺も身を躍らせた。






「そうか、伝説を求めて旅をしているのだな。仲間と共に命の保証は無けれども己の限界も試す旅……羨ましいものだ。おっと、今のは内緒にしておいてくれ」


「わかりました。でも後ろの方はそうもいかないようです」


 ずっと無言で王様の護衛をしている騎士は王様が旅が羨ましいということを言った時から顔をしかめている。これはあれだな、言うことは言う関係かな?

 偉い人には初老で白髪の混じった執事みたいなお爺ちゃんがついてるイメージがあるんだけど、なんだろうねアレ。


「むう……仕方あるまい。己の領分で過ごすのも務め……か。今の研究が上手く行けば、君のような若い冒険者が苦労することも減るだろうからな、期待して待っているがいい」


「研究、ですか」


 ちりりと、俺の何かが警告を発した。何だろうか、直接今どうこうというわけじゃないんだろうけど……何かを感じた。

 ふと王様の顔を見て、俺はその原因のような物を感じた。ずっと黙っているルビーも気配が動くのがわかる。何かというと……王様の目が少し別の場所を見ているのだ。ここに無い、別の物を。


「座して運命を待っているのはいけない。人は、自らの手で運命をつかみ取る力を得ねばいけない」


「王、そのあたりで……」


 初めて口を開いたかと思うと、騎士は制止の声をあげて王様の語りを止めた。失礼な、とならないところを見るとそういう権限があるのか、言い合える間柄なのか、両方かな。

 制止を受け、喋りを止めた王様の様子はさっきとは違い、ごく普通といったように戻った。

 一体何だったのだろうか? どうもよくないような気がするけどよくわからない。


 その後は他の人も話を聞きたいだろう、と下がっていいと言われた。このぐらいが限界かな? 収穫は多かったと思う。王様が何もしない、気にしないという人じゃあないというのはわかったからね。ただ……そうなるとナルちゃんたちのような人間が出てきてしまうのは考え方が違うからか、はたまた……。


「ねえ、さすがにちょっとお腹が空いたわ」


「そうだね。俺もだ」


 そうして俺達はまだ続いている宴に混ざり、しばらくあれこれと話しながら食事をして過ごした。途中、いろんな人から話しかけられたが当たり障りのない対応にしておいた。どこでどう話が転がっていくかわからないからね。

 いつしか時間は過ぎ、そろそろ宴もお開きというところで再び王様に呼ばれた。今度はこっそりとと言った感じだった。


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