JD-174.「垣間見えた物」
アレンさんに案内された先は、予想に反して兵士達の宿舎のある敷地、つまりは駐屯所だった。学校の体育館のような大きさの建物が目的地らしい。駐屯所としては立派過ぎるけど、王様を迎えると考えるとそこまで大きくはない。
でも考えてみれば当たり前だ。普段王様は来ない、かといってお迎えが出来るような場所が全くないというのも問題、というわけで普段は別のことに使ってるんだろうね。
「ドキドキしてきましたよ」
「ははは、私も一緒さ。警備に参加していたら、直々に要請を受けたからね。たぶん、誰かが気を利かせてくれたんだろう。私が君たちと仲が良いのは知れ渡ってるからね」
どうやらアレンさんの恋人であろうベラさんへのプレゼントとしてそこそこ高そうな宝石類を譲ったのが話題に上がったらしい。まあ、そういうのを狙ってというのもあるから問題ないのだけど、思ったより……そう、思ったより動きが早い。
「王様は随分と話の分かる方なんですね。話が急なんで驚きました」
「ああ、そうだね。私から見ても即断即決、間に合わなければ損失は広がる、そういった考えの人かな?」
なるほど、俺の知る王様というジャンルの人間の中では珍しいパターンのようだ。王様というと、腰が重いイメージがあるんだよね。あるいは何も考えていないだけか、まあ大体そんな感じ。そう考えると、まず動いて後から判断していこうという考えは珍しいと思う。
「後はそう、強い人を好ましく思っている。そして、物語のような存在をね」
「そう……ですか」
現場に向かいながらも、ルビーは静かに俺にエスコートされるがままだ。こうして静かにしていると、完全にどこかのお嬢様でしかない。かといって別にしゃべっていてもお嬢様だと思うからどちらでもいいんだけどね。
普段と比べ、物静かな様子に少々ギャップを感じているというのが正しいかな。
そして、ついに既に宴の始まっている様子が聞こえる扉の前についた。両脇には見覚えのない装備の兵士が2人ずつ。これはあれかな、王様が連れて来た近衛みたいな人かな?
そうなると、この場所で兵士をしている人たちの面子がつぶれてるような気もするけど……この街の兵士を慰問しにきたという目的があるなら問題は無いんだろうね。
詳しく聞く暇も無く、開かれた扉から明るい光が俺たちに注ぎ、中の喧騒が全身にぶつかってくる。
煌々と光る灯りは壁に立てかけらてた道具だ。石英を使ったかなり強い光のランプといったところかな。
その光に照らされて、建物の中は多くの人でにぎわっていた。手前は立食形式なのかテーブルがいくつもあり、恐らくは兵士であろう人たちが思い思いに過ごしている。奥の方には横長のテーブルがある。
その向こうにいる集団が……たぶん王様なんだろう。楽しそうに左右の人と話しているが、扉が開いたことに気が付いたのか、ふとこちらに視線が来る……しかも笑顔付で。
「行こう」
アレンさんに促され、俺とルビーは喧騒の中をかき分けるように進み、王様であろう人の前にたどり着いた。
途中、武器を預けることも無く、ボディーチェックもない。正直、これでいいのか?と王様の前に立つまでは思っていた。
(っ! なるほど……)
何もされていない、というのは護衛への絶対の信頼だということが分かった。他の誰でもない、露店で俺と会話をした騎士、彼が王様のすぐ後ろで立ったままこちらを見ていたのだ。
飛びかかろうとすればその前に叩き落され、貴石術を紡ごうとしたならば王様の前に躍り出るぐらいは軽くするだろうね。普通の人間の範囲の動きであれば、だけど。
俺ですらそれが直感できるほどの力、しかも周囲に気配として感じさせないほどの見事な隠ぺいだ。
これをこっそりとどうにかするには一流の暗殺者でも困難だろう。どうやって突破するか……後先考えずに全力か、ルビーがエンゲージできたら……。
(いやいや、待て待て。なんで戦うこと前提なんだ?)
どうやら騎士の持つ雰囲気に半ば飲まれていたようだった。こっそりと腕をつねってくるルビーのおかげで正気に戻り、俺は改めて王様であろう人の前に立った。
「お連れ致しました」
「おお、ごくろう。下がっていいぞ」
王様直々に、アレンさんに言葉が届けられる。俺はよく知らないけれど、直接話しかけるのも名誉であり、言葉を頂くのもまた栄誉、そんな感じが王様と兵士の関係だったような気がする。
そうなると外で馬車から声を直接かけてこなかったのは……ふむ?
「お招きに預かりまして。冒険者トール、参上いたしました」
「ふははは、堅苦しい儀礼は良い。どうせ君も慣れてはおらんだろう」
頑張ってそれらしく振舞っては見たけれど、やはりバレバレだったらしい。宴の場に必要以上の礼儀は無用、と宣言されどこからか運ばれてきた椅子を勧められ、テーブルをはさんで向かい合う形となった。
「今日は良い日であった。皆の頑張りも聞くことが出来、自分が向かうことのできない前線での良き知らせであろう物も手に入れた。さすがにこちらにいてはこういったものはなかなか私の元にもやってこない」
そういってどこからか取り出したのは、今日俺が売ったチタン球だ。なんとなく手で遊ぶ気持ちはわかる。ちょうどいいんだよね、ああやって遊ぶのに。
光栄です、等と頭を下げつつも俺は王様も人の子ってことなのかな、等と思っていた。ふと顔を上げると急に真剣な表情になった王様がこちらを見た。
「して、前線はいかがか。やはり強大な力を持った魔物が数多いか?」
「そう……ですね。やはり、こちらとは何もかもが違います」
どこまで言ったものか、悩んでいる姿が逆に雰囲気を作ってくれたのか、いつの間にか王様のそばにいた人たちも俺の方を向いている。その間もルビーはにこやかに横に座る花となってくれ、俺は動じていない彼女の姿に安心感を覚えた。
そうして俺は当たり障りのない程度に、面倒な相手がいることや、街のすぐそばにも強い相手がいること、そして時にはとんでもないような化け物が出ることを話す。
それは一見するとおとぎ話のようにも感じたのかもしれない。王様の顔がころころと変わり、ひどく楽しんでいるようだった。喜劇というよりは、刺激に満ちた話、という印象のようだ。
「全身水晶のような物で出来た獣とな……恐ろしい。やはり、力が必要か……圧倒的な」
「発言をお許しいただけますか?」
王様が現状に危機感を持っているような発言をしたのを聞き、俺は1歩踏み込んだ。若干周囲の視線が変わった気がしたがそれはそれ、俺は別に王様の配下ってわけじゃないもんね、大丈夫大丈夫。
「ほほう。何用だ?」
「いえ、現状は力以外に足りないものがある、と思いまして」
俺の言葉に、王様が身を乗り出し気味にして聞く姿勢を取る。俺はちらりと、周囲に視線をやり……アレンさんには悪いことをするかもしれないな、と思いながらも口を開いた。
「力のほか、一番足りないのは危機感、そして失ったものを取り返そうという気持ちでしょう。
前線にいた私だからこそわかります。彼らには自分たちが失ったものをなんとしても取り戻す、その気概が満ちていたように思います。今ここでどれだけ良い装備を得たところで、こちらの地域にいる兵士では前線で……生き残れません」
「なんだと!」
かぶせ気味に叫んできた男性、それは何の偶然か、例の部隊長であった。お酒が少し入っているのか、若干顔が赤い。酔っぱらっているというほどではないかもしれないけれど、王様との会話に乱入してくるんだ、素面ではないのかな。
「ほう、ダルブには異論があるようだ。トスタに迫った脅威を排除した者としては思うところがあるのだろう。ふむ……ではこうしよう。幸い、扉を出てすぐが演習場のはずである。どうだろう、模擬戦を見せてもらえぬかな。前線を生き抜いてきた者だけがわかることというのがあるのだろうから」
「お目を楽しませる戦いが出来るかはわかりませんが……承りました」
さすがにここで断ることも出来ない。俺は若干あきれたような視線になったルビーに顔を向け、2人して椅子から立ち上がった。そして羽織っていた外套と、腰に下げた聖剣を手渡し……外に出て隊長と向かい合うことになったのだった。
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