JD-172.「珍客来訪」


 貧民街に住んでいた子供たちのために協力を始めた俺達。ついに始まったお祭りで、子供たちの今後の生活費を稼ぐべく奮闘中であった。俺が店番をしている露店側はこれまでに掘ってはため込んでいたいろんな原石や宝石の類で、賑やかしのような物だ。もちろん、売れてくれれば十分な儲けになるような中身ではあるが。


 本命は子供たちが頑張って狩って来たフェアラビット等を使った屋台である。醤油は無かったので、ひたすらに試行錯誤を重ね、なんとか美味しいと言える物になったと思う。俺自身は料理人という訳じゃないけれど、女神様が用意してくれた体は味覚やそのほかも十分高性能な肉体の様で、何が足りないかといったことがなんとなくわかるのがありがたかった。


「サンド3つおねがいしまーす!」


「サンド3つ了解!」


 最初は手伝いをしていたジルちゃん達だけど、いつしか慣れてきた子供たちが主に接客の対応をしている。子供たちの小さな手が肉を焼き、ナンもどきを焼き上げてサンドにして出来上がりだ。ゴミの出ないようにと考えたのが思ったよりも上手く行っている。途中、屋台の場所に置ききれなかった在庫を取りに行くときには誰かが付いていく形で危険を排除している。

 見るからに盛況だからね、移動を狙ってよからぬことをしでかす相手がいないとも限らない。

 俺も店番をしながら、周囲に気を配っているけれど今のところは大丈夫そうだ。


 アーモの街でのお祭り、いわゆる街の生誕祭は思ったよりもにぎやかだった。俺達の店があまり目立たないほど、あちこちでも喧騒が満ち溢れている。

 芸をする人、俺のように露店で様々な物を売る人、そして当然のように食べ物や野菜などを売る店もある。

 道を行き交う人々も、普段どこにいるんだろうという人数だ。たぶん、近くの街からも来てるんだろうね。

 馬車はあるみたいだし……そう、馬車だ。


(馬車とは言うけど、見るからに馬じゃないよな?)


 四つ脚でそこそこ大きいという点では共通している……と言えばいいのだろうか。

 どちらかというと犬の顔を丸くしてそのまま大きくしました、と言った方が良い姿だ。

 この世界での馬に当たるんだとは思うけど、これまで見たことが無かったのはなんでだろうか。

 家畜化がまだ進んでないのかな?


「兄ちゃん、こいつはいくらだい?」


「いらっしゃい。ええっと、このぐらいでいいですよ」


 考え事をしてる間にもお客は時折やってくる。一応俺が趣味にしていた宝石収集の気持ちのまま、よさそうなものを出してるからか、飾るために買うという人が半数ほどだった。

 みんなにもカットしてもらったからね、反則と言えば反則な見た目。綺麗に両断された原石なんてなかなかお目にかかれないはずだ。


 このまま上手く稼げればいいな、と思うがそれが良くなかったのかもしれない。急に街の入り口の方が騒がしくなる。

 何事かと目を向けると、ざわめきと共に豪華な集団がちらりと視界に入った。


「ルビー、火を止めて。みんなも一度鉄板から肉をどかして焦げないように。たぶん、偉い人だから頭を下げる準備だ」


「なるほどね。脇にどかしておくわ」


 面倒ごとは回避できるならそれに越したことはない。集団を見た瞬間、俺はそう判断して子供達も後ろに隠すようにした。飛び出して何かあってもいけないからね。

 心配そうにこちらを見る子を撫でて後ろに座らせる。ラピスがみんなの家の方に走っていったから変な乱入っていうこともないだろうな。


(でもまあ、一発仕掛けておくか)


 恐らくは街の領主相当の偉い人が来る。そこで俺は台座の上から安い物をどかし、あからさまに高い物を並べて置く。例えばそう、前線で手に入れたチタンそのものな球体とかね。

 このあたりじゃどうやったって掘れないはずだ。


「王様だ!」


 誰かの声が聞こえ、それはざわめきとなって俺達のいる場所にまで伝わって来た。驚いたことに、わざわざスーテッジ国の国王がやってきているらしい。街の生誕祭と言ってもそこまでするだろうか?

 もしかしたら……生誕祭というのは口実に過ぎないのかもしれないな。


 周囲に習ってみんなしてしゃがみ、軽く頭を下げる。そんな俺達の前を王様が乗っているであろう馬車の集団がゆっくりと通り過ぎ……止まった。俺の前だ。


「そこの冒険者」


「私でしょうか」


 もちろんと言えばもちろんだけど、話しかけてきたのは王様らしき人ではなく、馬車の御者部分に座っていたしっかりした鎧を見につけた男性だった。あれかな、護衛の人かな?

 失礼と思われないように急には立ち上がらず、ゆっくりとした動きで返事をすると頷かれた。


(これは上手く釣れたかな?)


 偉い人は光物に目が無いなんていうのは誇張された話だと思っていたけれどあながちそうでもないのかもしれない。

 騎士風の人は馬車から降りると、俺が並べ直した商品たちをいくつか指さした。


「これらはこのあたりでは採れまい。前線にいたのではないか?」


「ご明察ですね。つい一月前まではハーベストやアラカルにいましたよ」


 本当のことを織り交ぜて答えると、北西の前線のことを知っているのか相手の顔に驚きが出る。

 アラカルの名前は実際に前線にいないとまず聞くことの無い単語だ。報告を受ける国の重鎮以外は……ね。

 そして振り返ると、馬車の中にいるであろう相手に何やら話しかけているようだった。

 戻って来た騎士風の男性は……何かを手にしていた。質の良い布袋、中身はこの流れだと金貨とかかな?


「恐れ多くも陛下が前線を思えるようにこれらを買い上げることを望まれた。代金は足りるな?」


「お断りします」


 袋の口を開いて見せの呼び掛けに短く一言。一瞬相手も何を言ってるのかわからなかったと思う。そしてその顔がゆがむ前に俺は指さされたうちの1つ、狙い通りに気を引いたバレーボールほどのチタン球を手にして男性に差し出した。


「陛下からお代を貰うなんてとんでもない。全部は困りますが、一通り献上品とさせてください。よろしければその分、お心を前線に向けていただければ彼の地で命を賭ける国の兵士、そして冒険者達も喜ぶでしょう。さらには彼らの故郷が元の営みを取り戻せるならばそれこそが俺の望みです」


 そういって、どれをお譲りしましょう?と続けると男性は声を出さずに良い笑みを浮かべた。うん、この人は普通というか、また話したいと思える感じだね。王様は顔を見てないから何とも言えないけど、問答無用でよこせと言わないからその点ではむしろ俺の方が驚いていた。


 結果、選ばれたのは10ほどの貴石、宝石たち。人の頭ぐらいある石英の塊や、鳥の卵ぐらいの大きさに固めた金、そのほかだ。まともに売れたら豪遊できる金額な気もするけれど、出会いやコネなんてのはお金で買えるならそれが一番早い。今回のようにね……。


 再び国王の乗っているであろう馬車と集団は歩き始めた。集団の最後の1人が俺の前を通り過ぎ、次の通りへと向かうのを見送って……大きく息を吐いた。


「マスター、お疲れ様です」


「ラピス、お帰り。なんだ、見てたの?」


 返事の代わりに差し出されたコップの中身は何かのジュースの様だった。飲み干すと酸味を感じる爽やかな物。みかんとレモンの合いの子って感じかな。

 一気に飲み干すと、落ち着きが戻ってくるのがわかった。


「ありがとう。いやー、突然だったから驚いたよ、ほんとに」


「その割には堂々としてたのです! さすがなのです!」


 ニーナの声に子供達も一緒に頷いている。男の子のほうがウケがいい感じなのは冒険みたいに感じたのかな?

 女の子たちは無事に済んでよかったといった感じだ。そんな中、ナルちゃんは真剣な顔で俺の方を見ていた。


「お兄さん……どうして……あれだけあったら遊んで暮らせますよね? もしかして私達のためですか?」


「かもしれないね。だとしても何も変わらないよ。みんなが自分の手で未来を掴めるように頑張ることは変わらない。それを俺たちは応援する。それだけさ」


 ちょっとばかり強引な手は使うかもしれないけど、と付け加えると少女は笑ってくれた。うんうん……女の子でも男の子でも、笑顔が一番だ。誰だってそう思うはずだ。

 それを肯定するように、騒ぎが街中に戻ってくるとみんなの屋台だけじゃなく、俺の露店の前にも人が集まってくる。

 1つ1つ値段を答えるのが面倒になって来たので、即興で石板を作ってそこに値段を彫り込んだ。

 そしてこの区画はこの値段、と区分けをしたところそれが何故か受けた。芸ってわけじゃないんだけどね……。


 気が付けば隣の屋台も予定量を早めに売りつくし、俺の並べた宝石や鉱石類もそのほとんどが売れていった。

 王様にあげちゃったから手頃なのだけが残った結果かもしれない。




 打ち上げとして子供達と騒ぐ俺達。お祭りは1週間続くらしいからまだまだ騒ぎが始まったばかり。

 明日からのスケジュールを再確認していた時のことだ。敷地内に人の気配がした。


「誰です?」


 既に外は夜。しっかりとした足取りで灯りを手にやって来た相手は……なんとアレンさんだった。

 何かもめごとでもあったかと思い、外に出るとちょっと困ったような顔をしていた。


「やあ、こんばんは。迎えに来たよ」


 このシチュエーションが意味することはただ1つ……王様だ。どうやら俺が思った以上にモノは効いたらしい。さてさて……どうしたものか。

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