JD-171.「貴石と宝石」



「ねえねえ、これって金? 金だよね?」


「そうだよ。無くすといけないから注意するんだよ」


 いよいよお祭りが翌日に迫った日。俺は皆を引き連れて屋台を出す場所で準備を始めた。場所は貧民街から出てすぐだ。あまり遠いと行き来に不安があるし、この場所の方が色々とアピールになると思ったんだ。

 たぶん、最初は印象が良くないから客足は少ないと思う。けれど、そのためにジルちゃんたちと子供たちに店番をやってもらうのだ。屋台の横で俺が出す露店には俺自身がいる予定だけれどね。


 その露店で出す予定の物を敢えて見えるように適当に作った台座の上に並べていく。陳列の調整をしてますよといった風に見せてはいるけれど目的は別にある。俺自身は流れの冒険者、それだけと言えばそれだけだ。だから露店で物を売ったって何ら問題はない。現に、他にも同じようにモンスター素材であろうものや毛皮なんかを荷物として陣取っている人も何人もいる。明らかに冒険者だからね。

 フリーマーケットというよりは朝市に近い空気を感じる中、俺は人目を引くように準備と称して以前手に入れた鉱石類や貴金属になるような金銀、そして普通の石英等を並べては確認しということを繰り返した。

 その横ではジルちゃんたちが当日の予行演習をするように、ラピスが氷を出して保冷庫とした箱の中から肉を出して焼くという手順を順番にやっている。小銭は俺たちが代わりに用意した。ちゃんと子供たちの狩った獲物を買い取る形でね。


「トール」


「ん、わかってる」


 小さなルビーのつぶやき。それは警告。ちらりと視線を向けると、如何にもガラの悪そうな男が2人、こちらの様子を伺いながら近づいてきた。ようやくといえばようやく……かな。

 俺は今気が付きましたという体を装い、物を見る手を止めて男達の方を向いた。一瞬、こちらが向いたことで動きを止めたが2人はそのまま近づいてくる。


「よう、邪魔するぜ」


「何か? 売るのは明日なんでまだ値段は出せないですよ」


 フライングで買いに来た客ではないとわかっているけれど、ここは普通に対応してみる。殺気のような物を出しているつもりだろうけど、脅しにもなりゃしない。少しはオークあたりでも見習えと言いたいね。

 俺が特に気にせず返事をしたからだろうか……男達の表情が一瞬引きつった。


「そうじゃねえよ。随分高そうなのも売る予定みたいだが、本当にお前さんのか?」


「俺のですよ。カセンドの鉱山やハーベストあたりで採った奴がほとんどですけどね」


 さらりと前線だった場所の名前を口にすると、あからさまに男達がひるんだ。が、男達にも目的があるからか宝石たちを並べたテーブルの前に立って、上に並べたものを指さす。


「ふざけてろ! そんなところにいる奴が何でこんな場所にいるんだよ! こいつらだってそっちで売ったほうが高いだろうが!」


「別に自由でしょう? どこを旅してどこで売ろうと……一体何が言いたいんですか?」


 俺は立ち上がり、男達の前に敢えて立った。隣の屋台から子供たちの視線が集まる。全部が全部、俺を心配してる視線だ。なんだか妙に嬉しくなるね。

 そのことに笑顔になっていたのがカンに触ったのか、男達の気配が少し変わった。

 具体的に言うと、怒ってる感じかな。ただまあ……どうということはない。


「てめえ! 盗品を捌けないからってこっちにきやがったな!?」


 言いがかりも甚だしい発言を口にして、片方が殴り掛かって来た。随分手が早いなと思いつつも余裕で回避し、その伸びきった腕をつかむ。そのまま力を入れて相手を力づくで押し返した。

 もう1人の男はその光景に驚き、動けないでいるようだった。


「言いがかりはやめてほしいな。ちゃんと屋台の許可も取ってるし、売り物の確認もしてある。あんたらは誰だ? 商人っていうわけじゃなさそうだけど……ね」


 俺の手から脱げだそうと暴れる男の勢いを利用してそのまま転がすようにして投げてやると、見事に男は思った通りに転がった。痛みは無いだろうけど、その分怒りはあるんだろう。立ち上がった男は顔を真っ赤にしながらついに刃物を抜いた。ダガーと呼べそうな短いものだ。

 周囲と、子供達から小さな悲鳴が上がる。というか、血の気多すぎじゃないか?


「こんな町中で刃物を抜いて、意味が分かってるのか?」


「うるせえ!」


 どうもこいつらは冒険者崩れというか、特に後ろ盾があるような奴らではないようだった。もし後ろ盾があるなら、逆にそれに迷惑をかけないように慎重に動くものだ。でないと……ね。


「そこまでだ!」


「げぇ!?」


 通りに響き渡る声。その声の主は今日は鎧に身を包み、同僚と共にパトロール中であったであろうアレンさん。

 専属という訳じゃないけれど、色々と理由を付けてこの辺を重点的に回ってもらうようにこっそりお願いしてあるのだ。お代は彼女さんへのプレゼントに使う宝石。ニーナが本気を出して掘った時の奴だから色々あるんだよね、売るほど。


 何かわめいている男達はアレンさんたちに連れられて去って行く。当日も何かあるとは思うけれど、少なくともこれで気軽にちょっかいを出そうという気は起きないだろう……他の人達も、ね。


「そっちはどう? 順調?」


 最初に金のことを聞いてきた男の子の頭を撫でながら隣のジルちゃんたちに問いかけると、いろんな種類の笑顔が返って来た。半分は安心の、もう半分は男の子からの賞賛の笑顔だ。力を示すのが良い事ばかりじゃないけれど、こういう時ぐらいはね。


 その後も、試し焼きをした肉を周囲にいる他の露店、屋台の人達に挨拶ついでに振舞うことで顔を覚えてもらうことにした。

 中には貧民街の子供だとわかってる人がいて、最初はぎょっとされたけどタダで良いと俺やジルちゃんたちに言われることで手を付けないという人はいなかった。




 お祭り当日、俺達は朝から準備万端という様相で屋台、そして露店を広げた。元々の屋台に子供たちが使いやすいようにと加工を施し、火力には石英を燃料としつつも自分たちのマナも使える携帯コンロのような仕組みを作り上げて置いた。実際には市販されている物をちょっと弄っただけなんだけどね。灯台の老夫婦に習ったことが活きて来た。

 試しに子供たちに使ってもらった限りでは俺たちじゃなくても問題なく動くし、屋台も引っ張れる。

 俺達は神様じゃない……だから、出来ることはこれぐらいだった。みんなが自分の足で立って、自分の手で未来を掴むためのお手伝い、それが俺たちの出来ることで、するべきことだった。


「わっ、どーんってしたよ」


「花火です? でも火薬が無いから……貴石術です?」


 お祭りの始まりの合図なのか、朝の白さが残る空にいくつもの何かが撃ちだされ、音を立てた。

 気が付くと、街のあちこちからガヤガヤと人の喧騒が現れ、街は一気にお祭り模様になっていく。


「さあ、気合を入れなさい! 焼くわよ、売るわよ!」


「「「おおーーー!!」」」


 朝っぱらから肉は重いと思う……よね? けれどそこは安心である。事前に確保したお金でいわゆるナンもどきも作るようにしたのだ。必要に応じて肉も焼いてホットサンドみたいにしてしまえばいいわけだ。

 タレは頑張って俺が調合した。試作品と舌をリセットするために飲んだ水でその日はお腹が色々危なかった。女神様にもらった体もダメージを受けるほどの試行錯誤、ちょっと無理をしたかな?


 ただ、その甲斐はあったと言える。


 予想通り、最初は客足が鈍かったけど前日にタダで食べてもらった人たちの中から、朝食代わりにと購入してくれる人が出たのだ。

 値段も高すぎず、他の店を圧迫しない程度に安くしたせいもあるかな? 試してみようかと思えるぐらいの値段にしたせいもあるかもしれない。

 何よりも、匂いというのはダイレクトに人に届く。そして視線を向ければ幼気な子供たちが頑張って焼き、声をあげて売っているのだ。誰だってちょっと気になる。俺だったら買い占める……それはまあ、いいか。


「あ、お客さんだよ、兄ちゃん」


 徐々に忙しくなる隣を笑顔で見ていると、俺が出している露店にも来客。顔を向けると研究者という言葉が似合いそうな痩せた男性がいた。やつれたと呼べる一歩手前といったところかな。


「いらっしゃい。安いのもあるし、高いのもあるから見ていってよ」


「ふむ……これは全部君が?」


 問いかけには厳しさは無い。単純な疑問というところかな……であれば特に問題ないか。そう判断した俺は頷いて、話を聞くぞという姿勢になる。

 男性は並ぶ石たちの中からいくつかを指さし、値段を聞いてきた。俺は事前に確かめた相場よりも少し下げた値段を告げる。


「ほおほお。真贋を見る目は合っても値段の目利きは不得手かな? これなんかは純度がそこいらの物とは違う。相場の倍でも出すかもしれない。実験には純度が高いのも重要だからね」


「そうなんですか? いやー、勉強になります。よかったら今回は勉強代としてさっきの値段でいいですよ」


 話しながら、俺はこの世界で宝石……貴石の類を人工的に作り出そうとしている研究があるというのを思い出した。確かジルちゃんの元の石であるジルコニアも作られてるはずだ。工業機械なんかないだろうから、いわゆる錬金術的な内容なのだろうか?


「そう言われたら買うしかないな。強い力を感じる。中々熟練した貴石術の使い手だね。

 もし、人口貴石に興味があれば私を訪ねるといい。駐屯所の裏手に研究所がある。ミルレに会いに来たと言えば通してくれるだろう」


 最初は元気がなさそうな顔だったが、話しているうちに興奮して来たのか普通の顔色に戻った男性、ミルレさんはそういっていくつかの宝石を買っていった。並べた中では安い方だけど、これだけでウサギ狩り1週間分になったと言えば冒険者が一攫千金を狙うのもよくわかるという物だ。


「すごいね、兄ちゃん!」


「まだまだこれからさ」


 布袋にチャリチャリと入ったコインを目を輝かせてみる男の子を撫で、俺は騒がしくなる通りに目を向ける。

 お祭りは始まったばかりだ。

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