JD-170.「誘い誘われ」


 アーモの街でしばらく後にあるというお祭りで稼ぐことを目指してウサギ狩りを始めて三日。ここ数日は俺達は冒険者としての依頼は全く受けていない。顔は出して状況は確認しているけれど、ほぼ一日中ナルちゃんら子供達と一緒だ。

 身の回りを掃除し、ゴミを片づけ、そして狩って来たウサギを食べ、あるいは肉屋に売り生活費とする、そんな生活。合間合間に俺は各所に出向き、例えば商人ギルドみたいなのがあったりして怒られないかといったことを確認して回った。幸い、祭りで一時的にやる分には何も問題ないそうだ。今後も店を出したいのなら相談してくれとのことだった。そりゃ、街の一角を使うわけだから当然だよね。

 別の日には確保しておいた屋台をそっと敷地内に出して自分たちの使いやすいように改良した。子供でも使えるように足場を用意したりとかだね。


 あわただしさはあるけれど、どこか安心するのは何故だろうか? そう考え、1つの答えにたどり着いた。

 やりがいという物が目に見えているということだ。子供たちは何かある度に笑顔が花開き、明るい声がこだまする。

 安いからとまとめ買いをしたおそろいの服をプレゼントした時には……まるでサンタのプレゼントをもらった子供の様に、はしゃいでお互いに褒め合っていた。

 たったそれだけのことで、ここまで喜ぶ。果たしてこれまでどんな生活をしてきたのか……聞くのが怖いほどだった。


「ラピス、ルビー……どう?」


「マスターが心配するのは私たちがいなくなってもやっていけるか、ですわよね?

 最終的には何とも言えませんわ。力を身に着けてもらうにも、限度はありますもの」


「そうね。なんとかこのあたりの権利を買い取って住めるようにするのは出来るかもしれないとして……結局は子供だわ。大人が食い物にしようとやってこないとも限らない」


 今日の分の狩りを終え、ウサギの肉を保存がきくようにと燻製もどきにしたあとの自由時間。ジルちゃんとナルちゃんたちは建物の庭部分で黄色い声を上げている。

 周囲に迷惑かなとも思ったけれど、顔を出してくる人たちのほとんどは笑顔か、ほっとした表情だった。

 恐らくは周囲の大人たちもなんとか出来る物ならしたいと思っていたが余裕が無かったといったところなんだろうね。


「そうだよね……廃棄街、か。可能性としては国が領土を取り戻そうとするなら街の復興も考えに入るはず。そうなると定住だけが道じゃないかな?」


「戻って暮らせるだけの人数が集まるかという問題はあるわよね……ああ、トール。そろそろ?」


 ちらりとルビーが視線を向けるのは、貧民街(と呼ぶのが正しいかどうかは知らない)の所々からこちらに向けられる良くない視線の主たちだ。直接どうとかいうことはないだろうけど、子供たちが元気に騒いでるのがうるさい……そんなところだろうね。直接的な悪意というか、そういった物は感じない。

 後は一時的にとはいえ、子供たちの方が楽な暮らしをしてるのが羨ましいのだろう。


「手を出してくるような性根の人なら、それでさようならだけどね。どっちに転がるかはちょっと……。

 みんな、護衛は頼むよ。俺はこのあたりの土地の交渉なんかを聞いてくるね」


「ええ、お任せくださいな。大丈夫です。ニーナが罠を張ってますから、不用意に立ち入ると」


 ラピスの言葉を遮るように響き渡るのは聞きなれない男の叫び声。そちらに視線をやると、さっきまで俺が見ていたのとは逆の方向から建物の敷地に入ろうとしていた男が膝ぐらいまで地面に埋まる光景があった。


「な、なんだよこれえ!」


「ちょっとした貴石術の応用さ。子供たちに用? それとも俺たちに用事?」


 歩いて近づいた俺の問いかけに男はだんまりだ。まあ、それはそうだよね。ここで俺たちにというのも変だし、かといって子供たちに用があるといったところで俺達が代わりに聞くよと言われるのが当然な状況だ。

 俺は男の前に立つと、敢えて威圧感を感じるような角度で見下ろしながら見つめた。


「……匂いに誘われたんだ。正直、最近肉なんてまともに食ってないからさ」


「ああ……確かに、配慮が足りなかったね」


 離れているとはいえ、子供たちが焼くウサギ肉の匂いは外に出て、風に乗り周囲に伝わってしまっている。

 半分はわざとと言っていいのだけど、確かにつらいだろうな……うん。


「あれは全部アンタたちが? というか出してくれないか?」


「見ての通り子供が多いからね。防犯にさ……よっと」


 体格的には俺よりもガタイが良いように見える男を俺は子供をたかいたかいとあやすかのように脇に手を入れて一気に持ち上げた。思ったよりも軽い……その分この体がチートに強化されてるってことなんだけどさ。

 相手は俺が軽々と自分を持ち上げたことに驚いたのか、表情が固まったままだ。


「それで? 肉を分けてほしいってこと?」


「あ、ああ……だけど子供たちの生活もあるだろう? だから気軽に分けてくれとはその……言いにくくてさ」


(悪い人ではなさそうだけど、俺の力を恐れて……かな? どうだろう……)


 嘘を言う状況でもないけれど、何事もわからないものだ。ただ1人、ジルちゃんを除いて。いつの間にかそばに来ていたジルちゃんを見ると、こちらに答えずてくてくと男に歩み寄った。

 男の目の前に来ると、見上げる形となるジルちゃん。じっとその瞳が男を射抜くように見ている。


「おじさん、うさぎさんはね、みんなが怖いな怖いなって頑張ってとってきたの。おじさんは頑張れる?」


「え? 頑張る?」


 何のことかわからないという顔の男の眼前に、ジルちゃんは音も無く貴石術で短剣を生み出した。男にとっては急に刃物を突き付けられた状態だ。短い悲鳴があがる。


「ジルもね、冒険者さんなの。おじさんも……頑張れるよね?」


「私が……冒険者に? いや、しかし……」


 男は悩んだようにブツブツとつぶやき始めたけど、いつの間にか自分が子供達だけじゃなく、周囲の住民の視線も集めていることに気が付いたようだ。はっとした顔になったかと思うと、自分のほっぺたを叩いた。


「そうだ、そうだね。子供たちが命を賭けて日々の糧を得ているというのに私がのうのうとしているのも恥ずかしい……どうしたらいいのかな、お嬢さん」


「……どうしよう? ご主人様、どうすればいい?」


 突然に振りに固まった俺だったが、それではジルちゃんの期待に応えられない。ここは踏ん張りどころであった。子供達と一緒にウサギ狩り? いや……時間もないしな。それにお祭りが近すぎる。今から大きく動くのは無理だろう。だとすると……。


「まずは、掃除しましょうか……」


「はい?」


 これから始めるのは小さな一歩。だけどそこから始めないと何にもならない、そんな一歩だ。

 放置されていた場所を、男は子供達と一緒に片づけ始める。それは一見するとただ疲労するだけの無駄な行為だ。

 なにせ、周囲は汚れたままのまさに貧民街なのだから。


 しかし……次の日から変化はやってくる。


 俺は皆と相談し、一緒に片付けや掃除をして食事をとるということを大げさにやることにしたのだ。それは仕事でもなんでもない身の回りのこと。けれど、それすらこの場所に住む人たちはほとんどしてこなかった。

 そりゃ、毎日を生きるのが大変だと余裕がなくなるからね。全員貴石術士だと早々にネタバレをしておいた俺達は外に狩りに行く組と掃除や片づけをしながらお祭りに備える組に別れ、勢いよく活動を始めた。

 そして、それが終われば狩って来た獲物とそれを換金して手に入れた食べ物で騒ぐ。

 本当なら、悪意ある大人の悲しい行為を警戒すべきだったのだけど、その必要はなかった。

 最初にやってきた男性も含み、知り合った人たちが常に声を掛け合ったり、ゴミを一緒に捨てたりとしているために人の目という物がある状態だったのだ。人間はほとんどの人が善人でも悪人でもないけれど、周囲に同調したり同じ向きを向いていると安心する物だ。誰かが流れを作ってあげれば自然とそうなる。だから怖いと言えば怖いんだけどね。


 そうした中、屋台を出す許可がちゃんと下りたことをアレンから聞き、俺達は本格的にお祭りへ向けての準備を始めた。そのことが後でちょっとした騒動を招くことになるのだけど、その時の俺たちは子供たちが喜ぶことに夢中で気が付かなかったのだった。


 お祭りまで、あと1週間。

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