JD-169.「草原の決意」


「ねえねえ、おねーちゃんたちはあのおにーちゃんの恋人さんなの?」


「あら、随分とおませさんね」


 かろうじて、そうかろうじてその不意の問いかけに私は耐えた。別に隠すことでもないけれど、あまり正面から言われると動揺してしまうわね……。

 一緒にいるジルもフローラもその辺はあんまり気にしないから動揺しそうになってるのは私だけの様だった。

 問いかけをしてきた女の子になんとかごまかせたかしら……と思ってそちらを見たら……だめだったみたい。


「私見たことあるよ! こういう時って図星だけど隠してるんだよね!」


「僕も僕も!」


 あれよあれよという間に、歳の近い9人ほどの少年少女は街の外の草原だというのに騒ぎ始めてしまった。

 いけない、今日は外が危険だということもちゃんと教えないといけないのに……。


 と、唐突に私達を風が襲う。犯人は言うまでも無く、一緒に来ているフローラだ。普段はのほほんと楽しければいいじゃないと言いそうな彼女にしては珍しい行動。

 でも、私はわかる……ちゃんとやらないとアイツが悲しい顔をするからだと。


「駄目だよー。ここはもう街の外。しかも街道から少し外れてるから……ほら」


「おっきい……」


 偶然にしては運が良すぎると思うけど、フローラに促されて視線を向けた先には大きく育ったローグラビット。

 黒い毛は、私達の知るもう1種のウサギであるフェアラビットと同じぐらいふわもことしているけれど危ないのはこちらの黒だ。すごく発達した後ろ足で飛び上がり、こちらに襲い掛かってくるのだから。

 幸いにも、白が9なら黒は1といったところかしらね。ちゃんと見張りがいれば大丈夫なぐらいかしら。


「あのウサギさん怖い」


「? おいしいよ?」


 一人の少女がローグラビットを見て少し後ずさった。もしかしたらアーモに来るまでに襲われたことがあるのかもしれないわね。

 隣でジルがなんでもないようにつぶやくのとは対照的ね。


「怖いのがわかってるならいいわ。そう、ここは安全な家じゃない。数は少なくても……命の危険がある場所よ。

 でも、生き残るためには何かをしないといけない。あんた達は街中じゃうまく仕事がもらえない、そうでしょう?」


 ちょっと冷たいかなと思いながらも、私が期待されてるのはこういった役目だもの……しっかりいかないと。

 少年たちの中で、1人ずっと真剣に周囲を見ていた少女……ナルだったかしら? が1歩前に出て私の前で頷いた。


「そうなんです。私達は……廃棄街からの難民だから不吉だって。あちこち渡り歩いて……親たちともはぐれました。あの家も元は誰もいなかった建物を勝手に使ってるだけなんです」


「グス……がんばったんだね」


 その横で、ジルはその瞳で何を見抜いたのか、人目もはばからずに号泣し始めた。抱き付かれたナルが困惑するぐらいだ。それにしても……廃棄街、ね。これまでの知識と照らし合わせれば、お母様も言っていた、押されていた地方の街や村の生き残りってとこかしらね。頻度や数が多くないから逆に目立って、不吉だという扱いを受けてるってとこかしら……ひどい話だわ。


 もらい泣きを始めたみんなの落ち着くのを待って、私はトールから預かった武器を手にして構えた。

 向かう先は、黒いウサギ。相手もこちらに気が付いたようで一気に突進、その角でこちらを貫こうと飛び込んでくる。

 けれど、所詮は天敵の少ない場所で過ごしていた獣……私は敢えてぎりぎりに回避し、右手に持った小さめの鉄槍を突きこんだ。


「コイツは襲ってくるから綺麗にってのは難しいわ。もっぱら肉か、残った部分の毛皮で小物を作るかね。

 あんたたちが主に狙うのはあの薄茶色の方。あれなら何人かで囲めばつかまると思う。そしたらしっかりとトドメを刺して命をありがたくいただきましょう」


 動かなくなり、虚ろな瞳を向けているローグラビット。だらりと垂れ下がった足は焼けば立派な食事となるだろうことが伝わってくる。

 ナルたちもそれがわかったんでしょうね、ごくりと喉が鳴ったのがわかったわ。

 あるいは……自分たちが意識して命を奪い、それで生きていく必要があるということを自覚したからなのかもね。


(本当は別のところに狙いがあるんだけど、言うこともないかしらね)


 こういう時、トールの読んでいた本や見ていた……アニメだっけ?はある意味非常に役に立つ。

 何かっていえば、大体の場合、こういう子達には身を守る術を与えておかないと悲しい未来が待っているわけよ。

 そう、例えば……立ち退きとかね。


「こっちに並ぶ。一緒に囲む……よ!」


「走るのが得意な子はこっちねー。ボクが風で誘導するから頑張ってね」


 そうして、ジルとフローラの支援を受けながら子供たちは二手に分かれてウサギたちを狩り始めた。

 大人な冒険者が生きていくにはつまらない稼ぎにしかならないと思うけれど、子供たちが暮らすには例えあの人数でも十分な収穫があるはずだった。

 幸い、このあたりにはウサギたちの天敵となる相手は多くないみたいで、あちこちに巨大化したウサギたちが見える。


 時間にしておおよそ2時間。座り込んで休憩している子供達と私達の間には、10ほどのフェアラビットと、2匹のローグラビットが転がっていた。ちなみにアーモに来るまでにやったことがあるらしく、何人かが進んで血抜きをし始めたのは驚きだった。ちゃんととどめを刺す前に斬ってたしね。

 屋台で出すのを確保するときにはラピスに来てもらおうかしら……冷やす必要があるもの。


「これで、いいんですよね」


「ええ、やるじゃない。もっと躊躇するかと思ってたわ」


 実際、私は始めるまではもっと子供らしく……見た目は子供な私が言うのもなんだけど、抵抗したり、躊躇するかと思ったけれど集団で一番小さい子でもしっかりと渡された短剣を手に、フェアラビットを追いかけていた。むしろ一番最初に仕留めたのはその子だったものね。


「生き残る機会を頂ける……なら、私達はみんなのためにも生き残らないといけませんから」


「そう……まあ、無理はしないようにね。ゴブリンもいないわけじゃないのだから」


 なんとなく、ナルの出自のようなものを察した私だけどこのぐらいの返事に留めた。あまり踏み込んでもいい話題じゃないなと感じたから。それにこういうのは私たちの主人であるトールに任せるべきなのよ……たぶん。


「ねーねー、お姉ちゃんがえーいって変身できるってほんと? ジルおねーちゃんが言ってたの」


「ジルっ! 何を話してるのよっ」


「まあまあ。あのね、ボクたちの秘密なんだ。内緒だよ?」


 別に駄目と言われてるわけじゃないけれど、言いふらすことでもない。だから口にしてから、強く言いすぎたかなと反省した。

 わかってなさそうなジルと比べ、フローラは子供たちが好きな……秘密と内緒と上手く誘導して口止めに成功したようだった。


「まったく、私達だけならともかく、この子たちが巻き込まれたらどうするの?」


「あ……そっか……ごめん」


 小声でジルを叱ると、しゅんとなってしまうジル。私もそこまで落ち込ませたいわけじゃないので次は気を付けましょと言って撫でてあげる。もう、ジルが笑顔じゃないと子供達も笑顔が消えちゃうじゃないのよ。仕方ないわね。


「いい? 実は私達、石英があるとすっごく強くなれるの。だから大きいのがあったら頂戴ね。高く買うわよ」


「ほんと? えーっと……これとか?」


 一度口から出た話を消すのは無理。だから私はそれとなく話の向きを変えた。すると、一番最初にウサギを仕留めた女の子がウサギの血が付いた手のひらをこちらに向けて来た。やっぱり次はラピスも連れてくるか、水を用意しましょう……。


 差し出されたのは確かにフェアラビットの物にしては大きいけれど、私たちにとっては普通かそれ以下。

 だけど期待に満ちた目で見られたらね、とてもそうは言えないわ。


「これならおねーちゃんたち強くなる? みんなを笑顔にできる?」


「うん……すごいうれしいよっ」


 続いた言葉に私はガツンと頭を殴られた気持ちだった。なんてことだろうか。この子は自分のお金のためじゃなく、みんなが笑顔になると嬉しいなと私達に石英を差し出そうというのだ。

 ずっと着続けてるんだろう、古ぼけた服の中身は……すごく、立派だった。

 ジルもフローラも、涙ぐみながらその子から石英を受け取る。


(大事にしないとね……)


 元よりそのつもりだったけれど、この子達が生きるための術を教えて見せる……そう強く感じた。




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