JD-168.「馬に蹴られて加速しろ!」
「アレンさ……お邪魔でしたか?」
声をかけてから、アレンさんが前に出会った時とは違うしっかりとした服装であることに気が付いた。
これは……どう考えてもデート中だ。俺の声に振り返った女性の方もおめかししてる様子だし、まずかったかもしれない。
「おや? トール君じゃないか。ああ、この子はベラ。僕の良い人さ」
「アレン、そこで妙に格好つけるからお父様が怒るんですのよ」
予想に反し、嫌な顔をせずに短く切りそろえた赤毛を撫であげるようにして、どこかで見たキャラのように女性を紹介してくれるアレンさん。そんな彼に、ジト目を向けながらもまんざらではない様子の女性、ベラさん。
最初の印象は悪くないみたいだけど、あまり長居するのはよろしくないね。要件はさっさと済ませよう。
「あはは。これは手厳しい。それで、ただの散歩ってわけじゃないんだろう?」
「まあ、そうなんですよ。ちょっと今度のお祭りに、街の知り合いの手を借りながら露店と屋台を出したいなと」
お邪魔をしたお詫びになるかはわからないが、こういう物を……という形で収納袋から以前ニーナと掘りまくった鉱石類、その中でも無加工で置いておいても見た目がよさそうな物を取り出して1つ、手渡した。よかったら差し上げます、としたそれは青みがかった半透明の水晶塊。
よくデパートのテナントにある石屋にあるみたいな結晶体だ。
「これを貴方が? アレン、私は構いません。素敵なところを見せてくださいな」
「そうかい? ふむ……と言っても僕も普通の兵士だからね。普通に申請を通して受理するぐらいしかできないけどいいかな?」
「流れの冒険者がちゃんと屋台をやれるならそれが一番ですよ」
どうやらそれ以上のことを期待されていると思われていたようだけど、今回は普通に許可が降りればそれが一番だ。場所の有利不利なんてのは初めて過ぎてわからないからね。
そりゃ、隣で商材が被りました、とかだと悲しいけどさ……。
「ついでに他の子達が獲ってくる獲物を焼いて売る予定なんです。だからそんなに高くないというか、お祭りの楽しみの1つにお土産はいかがですかってところです」
「なるほどね。すぐに結果が出ると思うから後日尋ねてきてほしい。今年は商人の参加人数も多くないと担当者が嘆いていたからね、歓迎されるよ」
話がまとまったなら馬に蹴られる前に脱出すべきである。アレンさんにしっかりとお礼を言って、ベラさんにもお邪魔してすいませんと声をかけつつ俺はその場を脱出した。
「これでひとまず良しと。屋台はレンタルとかあるのかな? ないなら自分達で作ればいいけど……釘とかは貴石術で代用したらいいしな。いっそのこと全部作るか?」
街の通りに戻り、隅を歩きながらぶつぶつと独り言。周囲は昨日より騒がしく、俺のつぶやきが溶けてしまうほどだった。
特に治安が悪くなるような原因は見当たらないけれど、ナルちゃんたちのような子が出てきてしまうということは貧困対策が上手く行ってないんだろうか?
前線からは遠い以上、モンスターに故郷が……なんてのはあまりないように思える。田舎とかは街の結界が行きわたらず、撤退を余儀なくされている場所もあるようだからそのあたりかな?
「先端が痛んでいてもまだ大丈夫、こっちには関係ない……そんな感じか」
なんとなく、この街に来てからの違和感の一部を掴んだ気がした。例えが違うかもしれないけれど、みんな対岸の火事すぎる感覚なんだ。陸続きで、その脅威はやってくるかもしれないというのに……ね。
それが駄目とか、なんとかしないと、と思うのは勝手だけど俺達だけでどうにかなるものでもないよね。
ナルちゃんたちがいたのは、そうしてあまり気にされなかった被害を受けた人たちの集まりなのかもしれない。話せるようなら今度聞いてみよう。
一人考えをまとめながら、賑わいを見せる街を歩く。この街のトップというか、領主みたいな人は誰なんだろうか。
王様……ではないと思う。大きな屋敷がほとんどないからね。それに王都だったらもっと違いがあると思う。
あるいはただの地方都市、なら代理人が1人2人いるぐらいなのかもしれないね。
「平和過ぎるのも問題……か」
外に敵がいなくなると、人は中に敵を探すようになるという。確か常に弱い相手、叩いていい相手を求める……だったかな?
そんなことを考えているうちに、店先に家具等が並んでいる店を見つける。脇には組み立て途中なのか屋台めいたものもある……ここだ。
「すいませーん」
そうして俺は木材加工をしている店で、飛び込みながら一台の屋台を確保した。焼肉をするための鉄板みたいなのはニーナに準備をしてもらい、火の方はそれらしい道具を用意してルビーに出してもらう形で解決しよう。
後は……外の皆と、それを持ち帰ってきた後のこちらでの処理が上手く行くかだ。
ラピスとニーナが留守番しているはずの建物に戻ると、そこは出かけた時とはかなり違う様相となっていた。
まず、綺麗になった。きっと2人の手により水と風が生み出され、久しぶりの掃除と相成ったんだろうね。穴とかはニーナが生み出した岩とかで塞いだんだろうか、模様としてはややちぐはぐだけどしっかり埋まっている。
これなら元のように雑魚寝しても余裕がある感じだ。家具だってお金に余裕が出てきたらおけるだろう。
「お帰りなさいなのです!」
「お疲れ様ですわ」
パタパタと庭を駆けまわり、草を抜いたりしている子供たちを見ながら、2人に迎えられる。
いつの間にか着替えたのか、2人とも汚れてもよさそうな普通の服だ。いつものローブのような物でも後で綺麗にするから一緒ではあると思うけどね。
「ただいま。こっちは準備はよさそうかな?」
ちらりと、いくつかある部屋を覗き込むと獲物を捌いて処理が出来そうな大きな台所が出来ていた。
周囲とも距離があるし、血抜きをしてから持ち込めば悪臭が、なんてのも少なそうだ。
それはそれとして、実は何も戦いに向いてそうかとかだけでみんなを分けたわけじゃないんだよね。
もちろん、その通りの部分はあるのだけど残った子達が何もできないかというとそうではない。
「ええ、見てくださいな。あの子なんか見事に水やりをしていますわ」
「他の子も、石英があれば少し使える状況まで行ったのです。みんな才能がありありなのです!」
そう、最初は全員がそうだったから俺にはわからなかったけれど、洗っているうちに直感したことがあった。
この子達、みんな貴石術の適性があるんじゃないかと。なんとなくだけど流れるマナが見えるからね、間違いなかった。
偶然と呼ぶには人が固まりすぎているこの状況……女神様のおかげかな? まさかね。
「それはよかった。これで俺達がいなくても維持できるかな……」
「え、お兄ちゃんたち行っちゃうの?」
急に、いつの間にかそばに来ていた男の子から驚きの声が響いた。悪い感情が無いから全く気が付かなかった……あるいは無意識に貴石術を行使してるのかもしれない。
ともあれ、まだ小学校にも行くか行かないかという背丈の男の子を撫で、微笑む。
「ごめんね。ずっとは無理だから。でも、みんながいるから寂しくないだろ?」
「う、うん……だけど、もうお兄ちゃんもお姉ちゃんたちもお友達だよ!」
キラキラと、涙を我慢した瞳でそんなことを言われたら俺の色々がきゅんきゅんしてしまう。俺にはそっちのケは無いのだけど、子供は可愛いなあということにしておこう。でないと色々と危ない。
気を取り直し、ジルちゃんたちの帰りを迎えるべく建物の環境を整え続ける。
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