JD-167.「貧困からの脱出」
危ない強さのモンスターとの戦いから縁遠い街、アーモ。この街だけではないけれど、どうも驚異の少ない場所では人々の警戒心といったものが薄まり、戦う人とそうでない人の温度差は随分とあるようだった。
そんな街で、いなくなったジルちゃんとフローラを探しに行った先には……貧困の波に飲まれた孤児かそれに近い少年少女たちだった。何らかの理由でこの街に流れ着いてしまったのか、周囲の大人たちも多少の手助けはしているようだけど養うような余裕は無いらしい。
ジルちゃんたちの願いもあり、彼らがしばらくしたらあるというお祭りで生活費を稼ぐための手伝いをすることになった。小さいながらも一応庭のある建物で寄り添うようにして暮らしている彼らを見捨てるという選択は俺たちには無かった。
「ただまあ、その前にやることがあるかな……ラピス、水を。ルビー、悪いけど風邪を引かないように温めてくれる? フローラもルビーと協力して乾かして。ニーナは洗っても大丈夫そうな場所を。ジルちゃんは俺と一緒に洗おう」
「えっと……?」
一体何を、とこちらを疑問を浮かべた顔で見るナルちゃんに微笑んで、俺は適当に手のひらの上に貴石術で灯りを生み出して見せた。
十分明るい室内ではあるけれど、その光は皆の注目を集める。
「すげー! 兄ちゃんたち貴石術使いなんだ!」
後ろにいた男の子のストレートな賛美の声にみんなもくすぐったそうだ。そのまま庭に出るとニーナの手により瞬く間に洗い場のような物が出来上がり、外から見えないように岩壁が早回しの建築を見ているかのようにせりあがる。
「ほらほら、早く行きなさい。物を売るなら自分をまず綺麗にしないといけないわ」
「順番に、ですわよ」
わけもわからないままに庭に押し出される少年少女たち。そこで俺は……上着を脱いだ。その手には買い込んでおいたタオルとして使う予定だった布たち。最初は足元に、そして徐々に体にかかってくる温いお湯となった水。まるで大き目のシャワーだね。
「トール、熱くない?」
「このぐらいでいいんじゃないかな。ほら、体を洗うよ」
先ほどから目を輝かせてこちらを見ている男の子の1人を手招きすると、まるで新しい遊びを見つけたかのようにこちらに飛び込んでくると降り注ぐお湯に身を任せた。
それだけでも足元に汚れが落ちたような気がするのは……きっと目の錯覚じゃあないんだろう。
男の子は俺が、女の子はジルちゃんに任せて着ている服ごとシャワーを浴びせ始めた。
一通り洗濯のようにお湯を浴び、汚れを無理やり気味に落とさせていく。ついでに俺は男の子たちをその腕や足を握っては離したり、剣とかほしい?等と喋りながら洗っていく。別にショタに目覚めたわけじゃないぞ? 確かに2人ほど女の子じゃないの?って思う子はいたけれど……て違う!
「はーい、終わったらこっちで乾かすよー」
大き目のドライヤーと化したフローラの生み出す風の中にまだ濡れたままの子たちが飛び込んでいくと、春の日向にいるかのようなその温風が体ごと乾かしていくのが見ていてもわかる。
そしてしばらくして、全員が洗い終わったのを確認する。
「さて、綺麗になったところで……俺達は皆が生活できるように、お祭りで何とかできるように手伝いをする……その代わり、皆には体で頑張ってもらう」
「そんな……」
敢えて誤解を招く部分を残したままの発言に、半分ほどの子達の顔が曇る。まあ、こういう言い方をしたらそう思うよね……でも、誰かに頼るということはそういうことになるリスクも知っておかないといけない。その点、反応した子達はその怖さを知っているということ。思ったより多いね。
「わ、私が! だから他の子達は!」
「男でもいいんだろう? だから触ってたんだ! だったら俺が!」
ナルちゃんをはじめとして、5人ほどの子達が前に出てきて必死なアピールをしてくる。そこで俺は首を横に振り、みんなにいじめ過ぎと怒られる前にと収納袋から適当に短剣やら槍などを取り出した。武器屋でみんなの武器を買う時に使い捨てにでもどうだと勧められた数打ちの武器たちだ。
「え?」
誰かの疑問の声が出る。そりゃそうだよね、物騒だし……さっきまでお金の代わりに体を差し出せって言われてたのと同じなんだからさ。ただまあ、俺達の狙いはそうではなく、この武器を使った体で返してもらうこと。
「皆には冒険者になってもらう。このあたりで毎日の稼ぎが作れるぐらいにはね。まずはお祭りに向けて、ウサギ狩りだ」
そう、洗いながら触っていたのは外で動くのに大丈夫な体格か、健康状態であるかというのを見ていたのだ。
戦いに向かない子だっているだろうし、本人が嫌ならしょうがない。それに戻ってきてからやることも多いんだよね。まあ、他にも確認したいことはあったんだけど。
「でも、みんな冒険者じゃやっていけないって……」
涙交じりに呟く1人の男の子。その言葉は嘘じゃあない。確かに、このあたりのモンスターの状況だと冒険者としてはやっていけないだろうね。そう、一攫千金を狙うような冒険者仕事は。
実際には暮らしていくなら十分依頼もあることはアレンさんとの会話でもわかっている。ただまあ、刺激というのが少ないのは確かで、一発逆転の目もほとんどない。だから先の見えない状態では冒険者はやっていけないか、他の土地に行ってしまうんだ。
「明日があれば……明日のことを考えることが出来るし、頑張る意味がある……ですか」
そんな俺の話に、ナルちゃんは真っ先に意図を悟り、その顔を真面目な物にした。うん、引き締まった顔は場違いなほどの可愛らしさと凛々しさが同居してるね……なんだかこの子も色々ありそうだけど今はいいかな。
「ウサギさん、もふもふ。お肉も美味しい」
「ではマスター、街での諸手続きはお願いできますか? やはり男性でないとうまく通らないかもしれませんもの」
「うん。外は任せたよ。俺がいないから持って帰る量には気を付けてね」
結果として、半数ほどの子たちは外に出ることになった。付き添いはジルちゃん、フローラ、ルビーの3人だ。ラピスとニーナはここで留守番する子のケアと、建物の掃除を行うことになる。俺は……そもそも屋台を出すのに許可がいるのかとかそういったことの確認と申請だ。
「みんな、頑張っていくよ!」
「「「「「おおー!!」」」」」
子供たちも一緒に、こぶしを突き上げて掛け声と共にそれぞれに動き始めた。
まず俺が向かったのは冒険者向けのギルド。やや閑古鳥が鳴いてるような気がしないでもないけれど、時間が時間だからもう騒がしい時間は過ぎたんだと思う。
扉をくぐると、こちらに受付の人の視線が突き刺さるぐらいだからね……。一瞬ビビったよ。
「初めての方ですね?」
「ええ、ついこの間ついたばかりで。で、ちょっと聞きたいことがありまして」
そして俺は、この街でお祭りがあるらしいことを聞いた。屋台も出るらしい。そこで自分の集めた素材や道具などを売る店を出すことは構わないのかということを聞いてみた。
「ええ、場所は申請を出していただければ大丈夫ですよ。他にも同じような方はいるようですから。
ちなみに売り物は何を……? 貴重な物なら屋台より預けていただいたほうがいいかもしれませんけれど」
「ちょっとした石の売り物や、そのほか雑貨と……後は外で仕留めた獲物の焼肉ですかね」
石、の部分に受付の男性が反応したけれど中身自体は普通の冒険者に在りがちな物だったんだろうね。
それ以降特に反応はなく、なるほどとうなずかれるだけだった。問題はなさそうだ……。
「でしたら駐屯所に行って、屋台の申請をしてきてください。お知り合いがいないならご紹介いたしますが?」
「ああ、そちらはたまたま知り合いがいるので何とかなると思います」
その他も注意事項や税金の納め方などを聞いて俺はギルドを出た。思ったよりもスムーズに行きそうで何よりである。
駐屯所というかアレンさんに会いに行かないとな……今日も非番のはず。
1人、歩いて向かった俺が目にしたのは……見知らぬ女性と道端を歩くアレンさんの姿だった。
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