JD-166.「秘密の居場所」


 トスタの街の南東に位置する街、アーモ。周辺にモンスターの姿は多くなく、至って普通の平和な街だ。

 そこに勤めているという兵士へと、前の戦いでの遺品を届けに向かった俺達。ごく普通に、宿を取って夜を過ごし……翌朝、ジルちゃんとフローラが朝食の買い出しに行ったまま戻ってこなかったのだ。


「建物の中にいたらやりにくいな……」


「勝手に入って通報でもされたら後が面倒よね。まあでも、入るしかないわよね」


 街の通りは特に事件は起きていないようにいつもの日常であろう姿。そこをあまり急いで走っては悪目立ちすると思った俺達は速足ながらも風景に溶け込もうと努力しつつ、感じる2人の気配に向かっていた。

 感じからして、街から出ているという状態ではないみたいだけど……。


「この方向、アレンさんの言っていた少し治安が悪い区画なのです」


「スラム……までは行かないようですが少々厄介な気配がしますわね」


 ジルちゃんもフローラも体は丈夫だ。例えば大きな怪我を負った、ということは恐らく……無い。けれど、誘拐ではどうだろうか? 2人とも幼い体格だ。フローラは背丈の割にスタイルが良いように見えるのでそういう方向も考えておく必要があるのだろうか。

 こんな時に限って、オタクとして見聞きしてきた様々な作品が頭を勝手によぎってしまう。


(人気のない家屋。暗がり……くそっ)


「トール、街中でそんな顔をしないの。それだけでも通報されるわよ」


「そ、そうだね……」


 どうやら他の人にわかりそうなほどに顔に出ていたらしい。考え過ぎてもしょうがないよね。今は2人を見つけないと。

 気が付けば大通りから外れ、汚れの目立つ町並みになっていた。アレンさんにも、あまり進んでは行きたくはない場所と言われた区画、貧民街とまでは言わないけれど確かに全体的に痛んでいる。

 スラム化まではしていないようだから、そういう区画なんだろうか?


「2人の反応はこの奥……だけど」


「探して回るのは骨ねえ……」


 通りにいる人もちらりとこちらの様子をうかがっている気がする。大人も、子供もいる。どことなく、大通りで見た人たちとは人種が違うような印象を受けた。肌の色や顔の造りとかそういったところだね。

 もしかして移民だとか他の土地からの移住者が集められているんだろうか。


「でも進むしかありませんわね」


「邪魔する者はなぎ倒すのみなのです!」


 少女3人を連れた男1人という恐らくはこの場所に似つかわしくない組み合わせ。それでもここで引き返すわけにもいかずに俺達はその区画に足を踏み入れた。

 ここでチンピラに絡まれるのなら話は逆に早いのだけどそういう様子はない。見える範囲では例えば犯罪者集団が、みたいなのも特にないようだ。

 ただただ、大通りや他の区画と比べると生活のラインが2段ほど下というか、貧困の気配が見え隠れしている。


「お祭りには参加するみたいね」


「そうだね……だとすると誘拐はなさそうかな?」


 表側がパレードばっちり、大騒ぎだ!という空気だとするとこちらは細々というか、そんな印象を受けるね。

 同じ街ですぐそばなのにこの違い……やっぱりどの時代、どの世界でもこういった問題からは人間は逃げられないらしい。

 かといって全員平等の世界というのもおかしいと思うから難しいよね。


「むむむ、ここにいるはずなのです」


「この様子なら、普通にお邪魔しましょうか」


 大分壁際まで来てしまった。目の前にあるのは大きな建物。だが全体的にぼろく、廃墟が近いと思う。だから誰かが住んでるとは思えない感じだ。俺達の後ろにある他の建物とは距離があり、元は何の建物だったかわからないね。この中にいるんじゃないかと思うわけだけど、確かに最悪の想定で考えていた状況とは全く違う。どんな人が住んでいるかはわからないけれど、挨拶1つで襲われるということはなさそうかな……?

 そう思いながら一番近くにある建物の扉をノックし、鍵もかかっていないようなので少し開けて声をかけるべく顔をつっこんだ。


「すいませーん。あのー……ん?」


 建物の中は家具の少ない質素な空間だった。暖炉であろう部分とぼろいけれど大きなテーブル。壁に積みあがった木箱たちはだいぶ使い込まれている。内開きの扉なので見える範囲には限りがある。それでも見えた室内。その中央で、ジルちゃんがどこかの方向を向きながら……自分でお腹を見せていた。


「ジルちゃん!」


 今思えば、その時の俺は目の前の光景に大きすぎる勘違いをしていたのだ。ジルちゃんが裸を見せるように要求されているのだと。

 だから叫んで、扉を乱暴に突き飛ばしながら部屋に飛び込み、悪漢のような奴がいるなら人殺しもためらってたまるか、なんて思いながら駆け寄ったわけだけど……さ。


「ご主人様?」


「あ、とーるだ」


 そんな俺を出迎えたのは、するんと服を元に戻したジルちゃんと、彼女の向いていた方向でのほほんとした様子のフローラ、そしてそんなフローラに抱き付いている何人もの少年少女だった。というか小さい子もいるし、20人ぐらいいないか?

 どう考えても誘拐犯には見えないし、これから乱暴を働こうとしているようには見えない。どちらかというと聖剣の柄に手をかけて飛び込んでいる俺の方が不審者で通報待ったなしだと思う。


「ええーっと?」


「敵意が無いぐらい気配で感じなさいよね。まったく……2人とも、心配したわよ」


「ええ、ええ。駄目ですわよ。黙っていなくなっちゃ」


 どうやら心配していたのは俺だけだったようで、呆れたルビーの声と既に俺をスルーして2人を叱るラピスの声が耳にむなしく届いた。

 ニーナは……俺が吹き飛ばすようにして壊した扉を修復していた……ごめん。





「お祭りの屋台の相談?」


「うん。この子が朝、お買い物に来てたの。だけど、お金が足りないってあんまり買えなかったんだって。

 ジル、可愛そうになっておすそ分けしてあげたの。だって、ジルは我慢できるもん」


 貧乏なこの子達に助けの手を差し伸べたというのはわかったけれど、最初に言われた屋台の相談に全くつながらない話が始まった。

 助けを求めるようにフローラを見ると、なぜか彼女はそばにいた痛んだ服を着た少女を1人手招きした。


「とーる、この子がナルちゃん。このお家のお姉さん格なんだって。えっと……なんだっけ? ああ、そうそう。今度のお祭りに参加して少しでもお金を稼ぎたいけど、お金がないから今日の御飯にも困っちゃうって状態なんだって」


 フローラに言われ、ナルちゃんと呼ばれた少女と、彼女よりもさらに幼い少年少女はうつむき気味になった。

 よく見るまでも無く、誰もが痩せ、体も洗えてないのか汚れが目立つ。


(親は……いないか、働けないといったところか)


 俺がこの世界に来る前の世界でも貧困やその類の問題や、虐待なんかの話は全くないわけではなかった。

 むしろ、その意味では命の危機が無い世界だったからか、ある種陰湿な話が多かったように思う。


「ジルちゃん、フローラ。俺達はここにずっといるわけにはいかない。そうだろう?」


 だから俺は、まずはその言葉を口にした。施しは簡単だ。同情だってもっと簡単だ。手持ちの何かを上げるのは何ら苦労を伴わない。けれど、それだけじゃ……駄目だ。


「ご主人様……」


 ジルちゃんは賢い。今のやり取りだけでも俺が言いたいことはわかってくれたみたいだ。つぶやきながらも、その可愛い顔が苦痛に染まるのを俺は我慢しながら見つめる。

 と、その間にナルちゃんと呼ばれていた少女が割り込んできた。


「お姉さんをいじめないでください。私たちが無茶なお願いをしたのがいけないんです」


 しっかりとした言葉使い。何よりも、俺は彼女と、さっきまでうつむき気味だった少年少女の瞳に……生への渇望を感じていた。

 今もなお、誰かに迷惑をかけるなら自分達でなんとかしなきゃいけないんだ、そう言っているかのようだった。


「マスター、いじわるはそのぐらいでよろしいのでは?」


「そうよ。アンタには悪役は向かないもの。もっとこう、年下は俺に全部任せろー!ぐらいでいいのよ」


「トール様は年下の味方なのです!」


 真面目な空気を見事に砕いてくる3人の台詞。間違っちゃいないけれど、そうストレートに言われるとね? うん。確かに、これで良い歳した大人たちだったらもっと冷たくしてたと思うよ……だけどねえ?


 子供、それはどの世界でも笑顔でいてほしい。俺は偽善かもしれないけれどそう思っている。だから……手助けはしようと思う。

 こちらのやりとりに頭が追いついていないのか、きょとんとした様子のナルちゃんに向き直り、俺はじっと彼女を見つめた。


 ちょっと薄汚れているけど、磨けば光りそうな感じだ。薄幸の美少女、みたいなのが似合うね。

 俺はこっそりと収納袋からいくつかの食べ物を入れたままの袋を取り出し、床に置く。みんなの視線が集まるのがわかる……仕方ないよね。


「初めまして。彼女たち……ジルちゃんのお願いだからね。俺でよければ手伝うよ。ただし、施しはしない。最初はいろいろ手伝うけど最後にはみんなには自分の手で何とかしてもらうよ。それでもいいかい」


「大人は怖いです……だけど、私は貴方の目を信じます」


 まっすぐな瞳。参ったね……この瞳は裏切れない。元々そんなつもりもないけれど、この子達の力になってあげたい、そう強く感じた。


 そうして、俺と宝石娘達の異世界改革もどきが始まっちゃったのである。

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