JD-165.「平和と危険は裏表」


(ああ……お茶が美味しい)


 一人、俺はオープンテラスのあるカフェでお茶を飲んでいた。味からしてたぶん紅茶だと思うんだけど今日のおすすめをと頼んだからメニューを特に見ていないんだよね。

 コーヒーもあるのかな?なんて思いながら、ジルちゃんたちが消えた店の方を見て……心でそっとため息をつく。既にお茶は5杯目である。


 この街で再会した兵士であるアレンさんの案内を受け、やってきたのは女の子の好きそうな衣服などを主に扱う区画。となれば、半ば予想通りにあれやこれやと付き合う羽目になり、俺は疲労困憊であった。外で戦った時と比べると疲労は無いはずなのに戦い以上に疲れた気がするのはいつも不思議だよね。

 今はみんなして、女の子だけで買い物をしたいと言い出したのでここで待っているというわけだ。


(平和……だな)


 一人テーブルに頬杖をつきながら行き交う人を見つめる。見える人はほとんどが一般人。普通の人々だ。

 中には私服を着ているだけで兵士だったり、依頼に出ていない冒険者ってのもあるかもしれないけれど普通い街中で過ごし、仕事や家事をしているだけにしか見えない。下手すると魔物なんて見たことがない、っていう人も少なからずいそうだ。


 平和なのはとてもいいことだと思う。心休まる場所があるべきだ……けれど、どことなく感じるこの違和感というべきものはなんなんだろうか?

 しっかりとした答えが出てこないけれど、敢えて言葉を当てるなら……平和ボケ。

 それが悪いとは言わないけれど……ね。でも移動手段が限られる生活圏で、差し迫った脅威が特にない時間が続けばこうなっていくんだろうか?

 前線での戦いも、関係者以外には実感も薄いだろうしね……。


「人は痛みを知らなければ怖さも忘れる……か」


 俺の口から、何かで読んだような言葉が小さく漏れ、それは誰の耳に届くでもなく手の中のお茶を揺らすだけにとどまった。

 今すぐという問題は出てないだろうけれど、この先何か引っかかってきそうな気がした。

 ただまあ、今はみんなとの日常を楽しむべきかもしれないね。変な顔をしていたらみんなに心配をかけてしまうし……。


「お?」


 視線の先で、ジルちゃんたちが何やら大きな荷物を抱えてお店から出てくるのが見えた。

 あんなに買い込んでどこで着るんだろうか? 外で着てると汚れるし……って、そういうことを考えるから男は女性に怒られるんだな、うん。

 確か服そのものより雑貨のような物を売ってるお店だったような気がするから色々買い込んだんだろうね。


「マスター、お待たせしました」


「えへへっ、待ったー?」


 ラピスの手にある袋からは何が入ってるかが見えないけれど、フローラの持つ方は口が空いているので中がちらりと見えた。マフラーのように見えるけどここで敢えて何を買ったのかいきなり言わないのが多分いい……はず。

 ジルちゃんやニーナ、ルビーはしっかりと隠すというか抱きかかえてるしね。


「この先どうなるかはわからないけれど、1年2年と過ごすならちゃんと買い込んでおこうと思って……あ、トール。中を見ないまま入るかしら?」


「収納袋に? どうなんだろう……やってみよう」


 お金は直接でも、あるいは小袋に入った状態でも入れられたからたぶん大丈夫だろうけど……。

 みんなの体格から言うと野菜が落ちちゃうよ、みたいな大きさの袋に触り収納袋を近づけると……ちゃんと入った。

 出すときも具体的に中身はわからないけれど、イメージが浮かぶから大丈夫かな。

 他の皆も同じように仕舞うことを依頼されたので5人分収納袋につっこんだ。前も思ったけど、中ってどうなってるんだろう……いわゆるなんでも入るポケットみたいではあるけれど……中身が無くならないならいっか。


「さ、帰りましょか。そういえば、聞いた話だとこの街、アーモの生誕祭みたいなのが近いらしいわよ」


「お祭りなのです。屋台なのです!」


 さすがというべきか、買い物しながらでもそういった情報をしっかり仕入れていたらしいルビー。彼女の話によると、2週間ぐらい後に街が出来て何十周年、といったお祭りがあるらしい。言われてから街を改めて眺めると、確かにあちこちにそれらしい旗というかそういったものがあるような気がする。街を行き交う人も今考えるとその準備に追われてるのかなと思う人が確かにいた。

 でもそうなると……また少し色々と問題が出るな。


「討伐を急いでたのはそれもあるのかな? 出直してる余裕が無くて……とか」


「お祭りに参加できないのは寂しいよ?」


 現実問題、兵士達の負った重傷具合からして、参加は困難だと思うけど……どうなんだろうね。憶測ばかりで考えるのもあまり良くはないか。藪をつついてなんとやらだ。

 そんなことを考えながら宿へ街の通りを進んでいた時のことだ。俺は視線を感じた。


(ん? 誰もいないな……)


 この場所はアレスさんからあまり治安が良くないと言われた通りに抜ける場所だ。確かにやや汚れた感じを受ける町並みで、こちらから近付きたくはないかな?

 敵意があるような感じではないけれど、こちらを見ていたのは間違いないと思う。残念ながら、視線の主は見つからなかったけれど警戒しておくに越したことはないかな。見た目からして目立つのは間違いないから、そういった方面からも視線を集めている可能性があるしね。

 というかそれ以外に視線が来る理由は……例の巨大カエル討伐ぐらいだけどアレスさんたちがわざわざ報告することは恐らく、無い。


 正体がわからず、もやもやしたままだったけれど立ち止まっても意味がなさそうなのでそのまま宿へと戻った。

 賑わい始めている繁華街の中にある普通の食事処で食事をとり、明日はどんなことをしようかと他愛無い雑談に興じつつ……夜。

 珍しく一人部屋を取ることになった俺は特に何をするでもなく、そのまま妙に疲れた体と心を癒すべく眠りについた。





 翌朝、朝食を買いに出たはずのジルちゃんとフローラがなかなか戻ってこなかった。2人に任せて待っていた俺達は、1時間ほど経っても戻ってこない2人を探すべく宿から飛び出したのだ。

 街の通りは朝らしい光景のまま。どこからか聞こえる朝市であろう人々の声、行き交う人も特に事件が起きているような感じではない。


「いないわね……話し込んでるだけかと思ったんだけど」


「2人ともどこに……ああ、くそっ」


 正直、みんなが戦えるからと油断していた俺がいる。どんなに強い力を持っていてもみんなは少女だというのに、だ。

 仮に肉体的に傷つけることが難しくても、心は簡単に傷ついてしまうことを俺だって知っている。ましてや2人もルビーたちだって女の子なんだ。


「トール様、落ち着いて2人を感じてくださいなのです」


「ルビーもですわ。私達は、宝石娘ですのよ?」


(そ、そうか!)


 突然のことに動揺して、そんな簡単なことも忘れていた。俺たちは互いの位置関係をある程度感じ取れるのだ。以前、廃棄された都で落下事故に遭遇した時もそれで互いの位置を確認して合流できたんだ……普通の街なら余裕のはず。

 ニーナとラピスが焦りつつもどこか落ち着いているのはそのせいらしかった。


 深呼吸1つ、心を落ち着かせて探ると……確かにそばの3人以外に、少し離れたところに2人を感じた。

 間違いない、ジルちゃんとフローラだ。そんなに遠くないぞ!


「行こうっ!」


 そうして俺たちは朝のアーモを駆けだした。

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