JD-164.「人の街並、平和の喧騒」


「とーる、ボクこういうの詳しくないけど……これでいいのかな?」


「俺もよく知らないけど、多分……普通じゃないと思う」


 出来るだけ固まって歩いているけれど、いつ誰に怒られるかと思うと気が気じゃない。何かというと……俺達は今、普通にこの街の兵士たちが過ごす兵舎というか、敷地に入ってるんだよね。

 街の人に聞いて、場所を確かめて訪れた先。門番の兵士にトスタの街に遠征に来ていた人の落とし物を届けに来たと伝えるとあっさりと入ってどこそこだから、と言われて中に通された。


 俺としては門で待たされるか、誰かが付いてくるか、あるいは預かっておく、ぐらいは覚悟していたんだけどね。

 侵入してくるような不届き者がいないということなんだろうか? 平和過ぎるのも考え物だ。

 そうしてしばらく歩いていると、教わった通りに兵士が寝泊りしてるらしい建物が見えてくる。そばには井戸があるのか今も一人の男性が水をくみ上げ……んん?


「あら、あの時の1人じゃない?」


「ええ、確かに。マスター、間違いないですわ」


 やっぱり俺の勘違いではなかったようで、水汲みをしていた男性はあの時、俺たちに遺品の回収を依頼して来た1人だった。

 相手もこちらに気が付いたのか手を振ってくる。まあ、この組み合わせは例え遠くからでも俺達だってわかるよね。

 他に男1人、少女5人の組み合わせの冒険者なんていたら教えてほしいぐらいだもんな。


「君たちは……やっぱりそうか、見覚えがあるなあと思ったんだ」


「例の物、一応ありましたよ。誰のかは俺たちにはわかりませんけど」


 嬉しい出来事ではないのは間違いなく、やはり相手の顔も一瞬曇る。けれど何か自分の中で納得しているのか、次の瞬間には笑顔とは言わないけれど曇った表情ではなくなっていた。

 兵士になるということで覚悟は決まっている大人ってことかな……。


 案内を受け、俺達は兵舎の中に通された。談話室らしい一室にはほとんど人がいない。

 こちらをちらりと見るが、特に声を誰もかけてこない。というか兵士としてはだいぶ格好がラフなような気がする。


「鎧壊れちゃったの?」


「え? ああ、遠征の後は非番、休暇があるからね。今はみんな自由に過ごしてるのさ。ここ以外にも兵舎はあるし、そっちの担当はちゃんと装備を身に着けて訓練や巡回をしてるよ」


 道理でこの時間でものんびりした空気なわけである。ここにいないのは街に出ているか……後はこの前の戦いで怪我を負って治療中というところかな?

 結構な人数が重傷って聞いてるし、すぐに治すにはものすごく高価なポーションやらを使う必要があるはずだしね。

 貴石術で傷を回復させる術ってそういえば聞かないな。ラピスが体内を整えるみたいな形で少し仕えるぐらいだ。

 俺も含めてみんな丈夫だし、治りも早いから気にしたことなかったね。


「これとこれなのです。認識票みたいなのは無かったのです」


「そっか……ううん、ありがとう。自分達じゃ勝手に任務地だった場所に戻れないからね。休暇だからって出かけるわけにも……だから探すのも出来ないんじゃ困ってたんだよ。悲しいことだけど、ちゃんと弔ってあげたいからさ」


 人も少なく、静かな空間だ。俺達の会話が聞こえたであろう他の兵士たちが表情を変えてこちらに歩み寄り、テーブルの上に置いた槍などを見つめ、正面の兵士の肩を叩いて頷いている。

 僻地や過酷な環境で力尽きたとなると確かに遺体や遺品を持ち帰るなんてことは難しいのは間違いない。

 俺にはそんな経験はないけれど、大事な人が戦地で力尽きたとしたら確かに連れて帰って弔ってあげたくなるんだろうな。


「それにしても、随分と早かったね。すぐに見つかったのかい?」


「おっきいカエルさんがいたから倒したの。お腹の中にあったよ」


「「「「「あっ」」」」」


 兵士自身は特に気にせずに問いかけたんだと思う。実際、俺達が彼と別れてすぐに森に入って、犯人?を倒して遺品を確保したのは事実。だけど何かがいたというのはここで言うのはマズイ。だって、彼らはそれを倒して原因を取り除いたという状態で帰ってきたのだから。

 番がいてまだまだモンスターの異常発生は収まってなかったかもしれません、なんて知られたら大変なことになる……もう遅いかな?


「えーっと……これを飲み込もうとして動けなくなってるこのぐらいのがいてですね、ハハハ」


「そ、そうなんだ。なるほどー」


 俺は咄嗟に槍ぐらいの……人ぐらいの大きさのカエルがいたんだとねつ造を口にした。目の前の兵士も、周囲の兵士も言いたいことを察してくれたのだろう。咄嗟に合わせてくれた。というかこれで困るのは彼ら自身だもんね、何事も無かったように収まるならそっちの方が良い。

 ジルちゃんは不思議そうに俺たちを見ているけど、空気を読んだラピスの手によって抱きかかえられた。


(危なかった……責任問題がーとかなるところだった)


 聞いてる限りでも多すぎる被害を出しておきながらまだ解決してませんでした、だと物理的に何人かの首が飛んでるかもしれないところだった。

 別に誰が悪いってわけじゃないんだから、そういうのは遠慮したいよね。


「そ、そうだ。せっかくこの街まで来てくれたんだ。街を案内しようか?」


「いいんですか? 不慣れなんでありがたいです」


 あからさまといえばあからさまだけど、俺たちにも断る理由は特にない。平和なら平和で色んな依頼を経験してみたいし、街を見て回るというのも面白いだろうからね。

 みんなも頷いて同意してくれてるし、このまま街に繰り出すことになった。







「へー、みんなして冒険者なんだね。こんなに小さいのに……自分より強いんじゃないかな?」


「ジルはね、ご主人様のために頑張ってるの!」


 兵士……アレンさんは一応ということで軽装ながら装備を身に着け、剣も腰に下げて来た。何かあった時に動けませんでした、だとさすがに怒られるらしい。まあ、そんなもんかな?

 彼はこの街での生活が長いらしく、喋りながらも迷う様子も無く街を案内してくれた。

 日用品を買う場所や、噂の集まる場所、あまり治安のよくない場所等様々だ。


 途中、俺達がどんな生活をしてるかという話になり、ついこの間まで前線で戦っていたというところになると随分と驚いていた。やっぱり見た目が見た目だからね。

 それを解決するために武器をしっかり整えてみたけれど、使い手が見た目はまるっきり美少女と幼女だからそっちのほうがインパクトが強いんだろうね。


 それにしてもアレンさんは良い人だ。だって……ジルちゃんたちのこういう発言にも俺を変な目で見ず、何か理由があるんだろうなって顔をしてくれてる。普通なら問い詰めて通報待ったなしだと思うんだ、うん。


(自分で考えて悲しくなってきたな……)


 アレンさんおすすめの串焼きをみんなして店先で食べていると、通りを馬車が行くのが見えた。その馬車に描かれている紋章は見覚えがある気がする。つい最近……。

 ふと横を見ると、アレンさんがこそこそと物陰に隠れるのが見えた。その様子でピンときた。あの紋章、トスタの街に遠征に来ていた兵士達の指揮官の鎧にあったのと同じなんだ。

 非番といっても堂々と買い食いするのは体面が悪いんだろうね……ちょっと切ない。


「危なかった……隊長がうるさいんだよね。模範たる我々がしっかりしなければ皆が真似するって」


「間違っちゃいないですけど、ちょっと窮屈そうですね」


 どこの組織も色々と大変なんだな、なんて感想を抱きながらアレンさんの案内を受けてまた街を見回る。

 服をメインに扱っている通りに出た時にはみんなの輝きが違ったね。


「ねね、とーる」


「あー……順番にね。みんなしてバラバラに動かれるとさすがに困るよ」


 衣服の趣味はやはりみんな違うようで、入ろうとする店がそれぞれに異なった。かといって分散させると誰のところに行くかで揉める気がした俺は一緒に移動を提案する。これがある意味では間違いだった。

 途中でアレンさんがそそくさと兵舎に戻って行ってしまうのを見送るしかない俺。

 そう……長い長い女の子の買い物を5人分付きあう羽目になったのだ。


 バラバラに動いて後でフォローするのと、どっちが楽だったかは……比べたくはない。




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