JD-163.「どこか不思議な普通」


 思い返せば、俺達が訪れた街の多くは魔物が身近で、いつも危険がそばにある街ばかりだったように思う。多少の危険度は違いとしてあっても、ここまで対モンスターを考えていない街に入るのは初めてだった。

 税金を取りやすく、言い方を変えると人の行き来を考えた道。あんな箱の中に入って、モンスターが出てきたらどうすんだろう? 中に閉じこもるんだろうか?


「まあ、平和ということではないでしょうか?」


「そうかな……」


 それは俺と一緒に戦ってきたみんなも一緒なんだろう。こんなに開けっ放しでいいの?という感じなんだよね。

 実際、モンスターと言ってもこの近くで出会ったのは小さな……トスタの街のゴブリンが大人だとすると、本当に子供ぐらいの大きさの個体ぐらいだ。あれなら大人であれば角材みたいな棒でも十分戦えるんじゃないかな?

 それこそ、外に畑を作っていても自衛が出来るぐらいだ。


「人は戦わなければ堕落するのです。トール様、見てくださいなのです。あの向こうの方の兵士の動き。素人同然なのです」


「つついたら、こけそう……膝カックン」


 こっそりと、遠くにいる兵士を指さすニーナの言うように、ここからでもわかるほどだれた動き。とても有事の際に街の人を守れるとは思えない。モンスターがいなくても、犯罪者の1人や2人はいると思うんだけどね。

 そういう役目は別のところがやってるのかな?


「鎧が違う人がいるから……けーさつかな? 危ないねえ、とーるが捕まっちゃうよ」


「ほらほら、そんなこと言ってると事情を聞かれちゃうわよ」


 既に俺達は街の中。賑わう通りは喧騒に満ちていて、俺達が適当に木樽に腰掛けていても誰も気にしない。あるいはジルちゃんたちの見た目から、どこかの子供の集まりだと思われてるのかもね……俺を除いて。

 宿を決めるにしてもまずは観察。というわけで街中を探っているのだけど……予想以上に平和だった。


「もしかして、トスタに来ていたあの兵士達は逆に精鋭で、かなり強いほうなんじゃないかな?」


「人手不足かと思ったらまさかの精鋭一軍ですか……マスター、前線の方が逆に安全じゃありませんか?」


 ラピスの言うことももっともな気がしてきたけれど、せっかく来たのだから目的は達成しないとね。

 巨大ガエルの犠牲となったであろう兵士たちの遺品を届けないといけない。場所はこの街でいいと思うけど、まずは宿かなあ……。


 賑わう通りを冷やかしながら、みんなして露店を眺めていく。やはり、嗜好品が多いというか、実務的な物は少な目かな。

 そういうのは武器屋みたいな場所で専門的に扱ってるんだと思う。そういえば俺達はまともに武器を買ったことがないね。ちょっと気になるな……。


「トール様、武器を買うです?」


「みんなが貴石術で生み出すといっても、初対面の時に無手っていうのはちょっとどうかなと思ってね」


 そう、これから何か依頼を受けるにしても背格好にあった武器の1つも持ってないんじゃ依頼人が困りそうではあるんだよね。

 俺が武器屋を見ていたことに気が付いたニーナに頷き返してぞろぞろと連れ立って武器屋であろう扉をくぐる。

 敷地の樽に折れたであろ槍とかが入れたままだからたぶん間違いないと思うけど……。




「色々あるね」


「とげとげさん……」


 平和な街だから武器も大したことがないかと思っていたけど、予想を裏切る充実ぶりだった。となるとこれらを使うような使い手が街には結構いるってことかな?

 冒険者? いやいや、それだけだと街の治安は問題がでる。やっぱり外で歩いていた兵士はたまたまなんだろうか?

 出払っていて、新兵しかいないとかそういう感じじゃないだろうか。


「なんだ、冷やかしかい」


「いえ、来たばかりなので色々見て回ってるついでに武器を探してるんですよね」


 俺はちらりと、恐らくは他に例がないほどに石英を吸っている聖剣を半分抜いて見せた。すると、物を見る目はあるようで驚愕に顔を染める武器屋の親父さん。俺は頷いて、カウンターの上で全部抜いて見せた。

 どこからか手袋を取り出して、ゆっくりと聖剣を触っていく親父さん。なんとなく、信用してよさそうだなと思った。


「こいつは……よくもまあ、ここまで吸える擬似聖剣を手に入れたもんだ。大体が途中で限界だろうに……いや、この輝きは……まさか?」


 うっかり聖剣の切れ味を上げたまま見せたせいか、プロにはその違いが判ってしまったらしい。聖剣を見る親父さんの目つきが変わる。どう言い訳しようか、と考えた時だ。親父さんはそのままため息1つ、聖剣を鞘に納めてこちらに差し出した。


「良いもん見させてもらった。が、街中の鍛冶士には刺激が強すぎる。具体的な話は聞かねえ。そいつが伝説級の物だろうとなんだろうと関係ない。さあ、そいつを持ったうえで何が欲しい」


「俺も後ろの子達も冒険者なんですよ。だからはったりが効きそうで使えそうなものを」


 我ながら、なんという丸投げな発言だと思う。普通はショートソードで、とか軽い物を、とかいうところをこれだ。気のせいか、みんなにきょとんとした顔で見られてる気がする。

 代わりに武器屋の親父さんは俺以外の5人を見回して俺に視線を戻した後、笑い出した。


「馬鹿言うな、と普通なら追い返すところだがおもしれえ。見た感じ、全員華奢に見えて結構持てると見た。ちょっと待ってな……いいもんがある」


 そういって奥に引っ込んだ親父さんは……何やら台車に乗せて戻って来た。大きさはやや小さい槍や剣、薙刀っぽい物、見るからに硬そうな弓、そして鈍器だ。

 サイズは小さいけれど、どう見ても重そうだ。


「ご主人様、とげとげだよ」


「ジルちゃんは普段使う剣がいいんじゃないかな」


 いきなりとげとげのついた、モーニングスターだったかな?を持とうとするジルちゃんを止めて似合いそうな方を持たせた。なんとなくだけど……ね。

 結局、不思議な見た目だから興味があっただけみたいで、槍はルビーが、薙刀っぽいもの……グレイブはラピスが、弓はフローラ、そして鈍器はニーナが持つことになった。


「そしてお前さんにはこれだ。両手剣だからでかいがはったりは効くぜえ?」


「おお……親父さんわかってる!」


 男のロマン、巨大剣である。巨大と言ってもさすがに持ち歩ける大きさだけど剣の腹はそばにある長剣の倍はある。試しに持ってみると、思ったよりもバランスのいい状態だった。

 これを作った親父さんの腕がよくわかるという物だ。


「なあに、作ったはいいけどこの辺じゃ売れなくてよ。倉庫の肥やしになってたやつらばかりよ。

 値段は他と同じで良い。ツケるか? そのまま払ってくか?」


 提示された金額は予想よりかなり低く、普通に払えるのでその場で全額払った。消耗する物が少ないから、意外と溜まってるんだよね。減る原因は食費ぐらいじゃないかなあ?

 すると親父さんは機嫌が良くなり、カウンター際にあるごく普通に見える武器たちを指さした。


「適当にもってけ。数打ちだがしばらくは使える。投げるもよし、予備に持つもよしだ」


「ありがとうございます。じゃあ短剣とか槍あたりを」


 さすがに全部持ったままというのもつらいので、このぐらいなら入るかな……とわざとらしくつぶやいて収納袋に武器たちを仕舞う。聖剣に投入した石英の数も考えるとそこそこお金を持っているという感想だろうしね、このぐらいは大丈夫だろう。


「よかったら感想を持って帰ってきてくれ」


「しっかり倒してくる、よ!」


 最後のところで両手を伸ばして元気よく挨拶するジルちゃん。癖なのかはわからないけれど、可愛いから特に治す必要も感じないんだよね。

 俺達はそのまま武器屋を出て、今日の宿を決めるべく繁華街の方へと足を向ける。

 これまでの経験上、繁華街近くの宿の方が俺たちには都合が良いんだよね。


 だんだんと行き交う人々もそれっぽくなっていく。まだ日は高いからけばけばしさはないけれど、夜に向けて様子をうかがう、そんな感じを受ける。いくつかは見た目、あるいは入口からして微妙だったのでやめた。

 そして一軒、よさそうな宿を見つけたので中に入る。


「泊りだけなら何泊か決めてもらえればいいよ」


 こちらを見るなり、サバサバとした声で言って来た受付は女性だった。なんとなく、ここがいいかなと思った。みんなも同意見のようなのでひとまず三日分払い、大部屋を取る。

 さて、遺品を届けただけで済めばいいのだけど……。


 何事も無いのが一番だけど、世の中そうもいかないだろうなあという根拠のない予感を胸に抱きながら俺達の新しい街での時間を過ごすのだった。

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