JD-162.「新天地へ」



「詳細不明、ですか」


「ええ。何か貴石として使えそうな塊というのはわかったんですが……知られている貴石のどれとも一致しませんね。トールさんがよろしければ、1つは研究用に買い上げたいと言っている人がいますがどうしますか?」


 トスタの街を襲ったモンスターの異常発生。その現場で出会った謎の巨大ガエルの胃の中にはこぶし大の赤い塊が入っていた。

 濁りのある物で、確かに貴石……宝石の類と扱うには微妙そうであった。かといって水晶球か?と言われるとそれも違う感じだったんだよね。


「んー、多分多少は削るとかしないとわかんないですよね……だったら貸出より買い上げのほうがいいですかね。

 わかりました。金額は調整しましょう……それよりも……」


 周囲に冒険者がほとんどおらず、依頼を受けに来るには少々遅い時間だ。残っている人らも壁際の依頼書に向かっており、こちらにはほとんど来ない。ついでに周囲にはジルちゃんたちもいてくれるから壁になっている。

 そこでずずっと体を乗り出し、お姉さんに近づいた。


「他の土地で同じような事件が実は起きてませんか?」


「……詳細は降りて来てませんのでわかりませんが……薬草類の需要が高まってる箇所はいくつもありますよ」


 やはり、お姉さんも気が付いている。そんな予想をしていたってとこかな? 軍のやや性急な動き。その被害、起きている事件の内容的に……ここだけで終わりとは思えない。正確には、他でも起きている可能性を否定できない状況だ。


「私自身はこの街のギルド員ですからこの街が平和なのが一番です。ただまあ、平和過ぎる場所にいるとそのありがたみが薄れるというんですかね? そういう人が中央や南、要は後方程増えてるようですね」


「魔物さんがいないと暮らせないから?」


 本当は身の回りの物も依頼になるんですけどね、とお姉さんはジルちゃんのツッコミに苦笑する。

 わかりやすく、そしてその依頼が完了しないと困る……それが一番顕著なのが討伐系だろうなと思う。

 他の土地でもモンスターが出ないわけじゃあないらしい。けれど、その頻度や強さはばらつきがあり、冒険者という職業が生きていくには頭を使う必要があるぐらいだそうだ。


 そんな話をしている横で別の受付で受理される依頼は薬草採取。聞こえてきた内容によると、他の街からの採取依頼が回って来たもののようだ。大体どこにでもある程度薬草類は生えている。その量は別として他の街に依頼するほどの需要、というのは……。


「私からは何も言えませんけど、もし行かれるなら……そのあたり、ご注意くださいね」


「ありがとうございます」


(こういった不思議なことに首を突っ込まないと生きていられない性格、って思われてそうだ)


 お姉さんと別れつつもそんなことを考え、みんなを連れ立って部屋の隅の席に座る。

 予定ではここから北に向かってまた最前線に向かう予定だった。貴石は無くても、強敵がいそうなのは間違いないからね。ただ、それも確実にいるという訳じゃない。


「難しいところなのです。ルビーや自分達の残りの貴石も別に最前線にあると決まってるわけじゃないのです」


「そうですわね……言われてみればこちらの方角は全然探してませんでしたわね」


 2人の言うように、これまで俺達は北上ないし西に向かうばかりで反対側はノータッチだった。それは流れというのもあるけれど、なんとなくという気持ちに従った結果なのだ。ところが今は、その気持ちが南を向いている。人間が支配する、平和なはずの南方を。


「どっちでもいいわよ。たぶん、私達が行くところに私達の生きざまがある。そこに貴石があればよし、無ければまた移動すればいいじゃない?」


「おおー、ルビーかっこいい! 出来る女って感じだー」


 目の前で繰り広げられるコント染みた掛け合いに笑いながら、しっかりと頷きを返す。確かにルビーの言うように、どこに行ったって俺たちは俺たちだし、それは変わらない。だったらやりたいことをやっていこう。

 ちらりとジルちゃんを見ると、こちらも無言のままやる気満々のようで、ぐっとポーズを取っていた。


 満場一致ということで、俺達は別の街……これまでは平和だったはずの南か南東へと進むことにしたのだ。

 例の兵士の遺品であろう物も届けてあげたいしね、ってそうだ。


 具体的に街を聞いてくるよと言って、俺は再び受付へと向かうと兵士が手渡してくれた街の名前なんかを見せて場所を聞く。

 幸いにもここからそう遠くはないようで、南に進んで一週間といったところらしい。

 宿の料理は名残惜しいところではあるけれど、新たな目標に向かって6人で南へと出発する。






 のどかさを感じる街道。たまに野犬やウサギ、あるいはゴブリンの姿を見かけるけれど街道までは行ってこようとするやつはなかなかいない。

 街を覆う結界、そしてその街と街をつなぐ街道にまで影響が出ている装置はもしかしなくても都から消えてしまった昔の人間が伝えたものなのかもしれないね。

 明らかに技術としては異常だし、これが作れるなら他の色々も出来ててもおかしくない。


「ウサギさんウサギさん……あ、黒い方だ」


「ちょっと大きいわね。適当に狩って手袋にでもしましょ」


 考えごとを死ながら歩く俺とは対照的に、みんなは街道沿いで見つける相手を思い思いに狩っている。ゴブリンなんかは有用な場所が少ないので追い返すぐらいにしているようだけど、お肉としても確保できるウサギ等は狩り過ぎない程度には仕留めているようだった。


 そんな中でも、だんだんと違いが出てきたらしい。少しずつモンスターと呼べる相手は減り、獣の類が増えている。

 天敵がおらず、狩られないとなるとそれらはトスタの街等と比べると体を大きくしていくようだ。

 まあ、まだまだバーレーボールがバスケットボールになったぐらいなので個体差じゃないのか?と言われるとそうかも、ってぐらいだけどね。


「マスター。街についたらお買い物しませんか?」


「え? ああ、そうだね。最近戦ってばかりでそういったのを楽しむ機会が少なかったもんね」


 よくよく考えてみれば、いくら改善されていたとしてもそこは前線に近かったりと戦いの場。女の子の視点からすると実用品ばかり、ってことだったのかな。いくら普段の服はマナで新品になると言っても気分的な物ってきっとある。ここは男の自分の感覚を信用しない方が良いだろう。


「ジルね、みんなとおそろいの何か買いたいな」


「楽しみなのです。トール様が選んでくれるですか?」


「物によるかな……俺が恥ずかしくない奴にしてね」


 いつだったか選んだ下着の時には周囲の視線がすごかった。まあ、それを身につけたみんなと……っと、危ない危ない。ここから行くのは平和な土地だ。平和だからってどうこうってことは無いと思うけれど、誰かにいらぬつっこみをされても面白くない。外でのスキンシップは適当なところで切り上げないとな。泊まる先も少し考えないといけないだろうね。


「とーるがちょっと変な顔をしてる」


「馬鹿ね、見てわからないの? あれはえっちな男の顔よ。もう、こんな明るいうちから!」


 えぐりこむように突き刺してくるルビーのつっこみに俺は呻くしかなく、すいませんと謝ってしまう。

 半ばごまかすようにして今夜の野営場所を探しにかかる。幸い、同じように移動してる人がたき火をした跡がすぐに見つかったのでそこを今日の場所にすることにした。

 目指す街まで予定通りなら半分を過ぎた場所で、その日の野営を始めるのだった。




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