JD-155.「偶然は3度続くと必然である」


 かつての人間が作り出した僻地研究用の塔。そこで出会った謎の土偶は、村人にはマナ供給のためにちょっと眠ってもらっているといった。マナが必要ならばと代わりに立候補したニーナが供給を始めてすぐ。彼女の体から闇のような光があふれ、その状況を何とかするために俺は彼女の中に意識を潜り込ませたのだった。


 俺が住んでいたアパートにしか見えない部屋の前で、鍵のかかった部屋の中から聞こえる声を聞き続ける俺。

 懺悔のようなニーナのつぶやきが、ついには自分自身の存在を否定し始めたところで俺は思わず扉を蹴飛ばすようにして中に飛び込んでいた。


「ニーナ!」


「え……」


 目に入るのは、かつての俺の部屋。そんな中にある寝床な布団でニーナは1人、泣いていた。

 まるで親の帰りを布団で待つ子供の様ですらあった。その光景に一瞬足が止まりそうになるけど、なんとか彼女の元へ駆け寄って抱きしめた。あ……土足だ。まあいいか、俺の部屋だし。


「自分を否定しちゃ、駄目だ。反省することはよくても、否定はしちゃいけない!」


「トール様どうしてここに……はわわ、全部聞かれてたです!?」


 咄嗟に離れたニーナの顔は涙で顔をくしゃくしゃで、女の子の尊厳も色々と放り投げているような泣き顔だった。そんなニーナの顔が羞恥に染まっていく。

 俺はなぜかあるティッシュを手渡し、鼻をかむのを顔をそらした状態で見守った。


「うう……もうお嫁に行けないのです」


「行く必要ないでしょ」


 恐らくは俺の知識から持って行ったネタだとは思うのだけど、呟かれた言葉に俺は自分でも驚くぐらい早く、強く答えていた。

 思わず俺自身、ニーナの顔を見てしまうぐらいの反射的な発言だった。


 俺の言葉に驚いて顔を上げるニーナと、視線が絡み合う。

 さっきまで泣いていたニーナの瞳は潤んでおり、泣きすぎたがゆえにちょっと赤くなった鼻や、前かがみになっている体とが合わさって妙に保護欲をそそるような姿だった。


「え?」


「ニーナが俺以外の誰かと一緒になんてのは嫌だな。想像だってしたくないよ」


 一度口に出したらそれは止まらない。あるいはここが本音しか言えないような場所なのかもしれない。

 現代日本に生きていた人間としては最低な価値観かもしれないけれど、俺は誰も自分以外を見てほしくないという気持ちを自覚した。

 自覚してしまった以上、それを隠して伝えるのは皆にどうか、という思いも同時に抱いた。


「トール様はわかってないのです。自分たちは人間じゃないのです。体は……そういうことが出来るとしても、寿命だって全然違うのです。自分たちは割れるまで何があっても生きるのです。でもトール様はっ」


 なおも自虐的にしゃべろうとするニーナを力一杯抱き寄せることで黙らせた。2人だけの空間に、密着した状態での互いの呼吸、そして接している体から鼓動と温かさが伝わる。例えこれが人間を模した物だとしても関係あるものか、と思う。2人以外に音を立てる物はない。いや……なぜか壁にある時計の針の音がひどく耳に届いた。ふと目にして……同じ場所で揺れていることに気が付いた。


「……トール様、あれ……覚えてるです?」


「なんであの時間かってこと? うう……ちょっとわからないな」


 しっかり覚えてたらカッコいいのかもしれないけれど、さすがにそこまでは俺には無理だった。でもニーナはそんな俺に優しく微笑んで首を横に振った。

 静かに立ち上がって、テレビの横という我ながら謎の位置にかけた時計を手に戻ってくる。

 表示されている時間は、1時15分。アナログの針時計だから午前か午後かはわからない。


「これ、トール様が最初に自分の琥珀を手にしてくれた時の時間なのです。

 偶然だと思うですが、トパーズもオニキスも、ちょうどこの時間。世の中不思議なのです」


 そっと、時計を胸元に抱いて、ニーナが俺を見つめる。いつも頼りになって、真面目で、時々ドジっ子で……そこまで考え、俺は思い出した。俺は……ニーナを真面目で良い子って妄想しながら眺めていたんだったと。


「ごめん」


 思わず漏れ出た声。けれど、ニーナはそんな俺の頭をコツンと叩いて、時計を横に置いて向かいに座った。

 先ほどのような優しい笑み。そこにはこちらを責めるような色は全くなかった。


「全然、むしろ感謝してるのです。トール様が手にしてくれて、他の皆みたいに自分を想ってくれたから……宝石娘として世の中に産まれたのです。そうじゃなかったら、今も大多数と同じく、まだまだ石の精霊のままだったのです」


 だんだんと、ニーナの声に力が戻ってくる。彼女は立ち上がり、時計を壁に戻した。振り返った顔は……いつもの彼女だった。

 一瞬、まだ無理をしてるかもしれないと思った俺だがその瞳の輝きに悟る。もう、大丈夫なんだと。


「ニーナ、帰ろう。ちょっとマナが強すぎるみたいなんだ」


「はわわっ、そういうことなのです? オニキスの制御が甘いのです。んんーーーーー!!!」


 ニーナが力を込めて何か集中し始めると、周囲の景色が変わっていく。正確には部屋はそのままなのだけど、窓から見える景色が一変していった。真っ暗なのに、縮まっている感覚があるのだ。見る間に闇は縮まり、残すところはこのアパート、そしてこの部屋だけになっていた。


「さあ、トール様!」


「ああ。帰ろう、みんなと一緒の世界へ!」


 2人手を握って、部屋の扉を開け……飛び出した。すぐに浮遊感。俺は直感していた。これで戻るんだと。






「ニーナ! ご主人様!」


「ただいまなのです!」


 戻って来た俺たちを、ジルちゃんが筆頭にみんなして迎えてくれた。俺の前で、ニーナがもみくちゃになっている。

 俺はそっと体を起こして、調子を確かめながらため息をついた。


「お疲れ様ですわ」


「いや、結局は俺がもっとしっかりしてればよかったんだよ」


 ラピスにそう答え、俺は部屋に視線を向け……固まった。部屋の隅に、闇色の何かがある。あれは……!


『まずいね。処理しきれなかったマナが防衛機構に混じりこんだみたいだ。壊さないと止まらないよあれは』


「壊していいんだな!? だったら!」


 そう、壁から立ち上がったのは小柄ながらも重量感のあるゴーレム。俺は動き始めたばかりのそれに風をまといながら体当たりをかまして距離を取る。

 ここには村人だってまだいる。こんな場所で戦うのは危なすぎた。勢いそのまま、階段を転げ落ちていくゴーレム。


「みんな、行くよ!」


「ほら、ニーナ。行ってきなさいよ」


 駆け出す俺についてきたのは、ルビーにも促されてニーナ1人。でも俺に不安は無かった。むしろ、今回はニーナと2人で決着をつけるべきか……そう感じていたんだ。

 そのまま階段を下りながら転げたゴーレムを追いかけると、随分勢いよく転がったようでゴーレムは何もないかと思われていた空間まで転がっていた。

 俺達がそこにたどり着いたとき、誰もいない方向へと暴走気味に歩いているところだった。


『ギッ』


 俺たちを視界に収め、防衛機構としての本能だけは生きているのか、こちらに向かってくるゴーレム。かつての技術の塊であろうそれは、一筋縄ではいかないであろう雰囲気をまとっていた。


「トール様。やるのです」


「よし、わかった!」


 四度目ともなれば慣れたもの。ゴーレムを風と土壁で押しとどめ、その隙に俺とニーナはいつかのように口づけをした。

 途端、ニーナから改めてあふれる光。それは同じような闇色でありながら、安心を感じる物だった。


「エンゲージ……約束の……光よ!!」


 思えば、初めて目の前で聞いたような気がする掛け声が響くと同時にニーナはあふれる光を自分にまとわせていた。

 ジルちゃんがクール系のスレンダーな美少女で、ラピスが和風のふわりとした感じ、フローラがボーイッシュさをそのままに女の子らしくした姿だとしたら、ニーナはその意味ではストレートに女の子らしかった。一見すると地味に見えるかもしれないけれど、腰ほどまで伸びた髪の毛は栗毛色。少し茶色が強いかな? 動ける山ガールという言葉の似あう上下に、その胸元は大きすぎず小さすぎず。みんなの中では大きい方なそれに一瞬目が行く。

 実際には山に行ったら怪我もするでしょと言われそうな短いパンツから伸びる生足は蹴られたらただでは済まなそうだ。


 目を開いたニーナが呟いた後、その手にはある意味ぴったりに似合う……岩の斧が握られていた。


「一撃必殺! 砕け散れえええ! なのです!」


 轟音がここまで届く勢いで振り下ろされた斧が、暴走していたゴーレムを完全に両断していた。

 ニーナに限らず、みんなを怒らせることのないように気を付けよう。そう思う俺だった。





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