JD-154.「良い子でいること」
「おいおい、どういうことだよ」
『私に言われてもわからない現象だね。いきなりどうにかなるような様子ではないけれど……』
謎の塔の中で見つけた動く土偶。彼と話と交渉の結果、貴石であるオニキスを確保した俺たち。この塔に入り込み、マナの確保のために一時的にこん睡させられている村人を解放するべく、誰かがマナ供給をしようというところで立候補したニーナ。何事もないはずだったその行為は……寝たままのニーナから黒い光があふれるという状況を生み出していた。
「ニーナは土……私が火と……たぶん光が行けるわ。ジルは無属性な分、特化してる感じね。ラピスが水や冷気全般。フローラは風に雷でしょ……ニーナは土と、恐らくは闇。ほら、地面の中とかって当然暗いじゃない」
「私達も地中にあると言えばありますけれど、ニーナはその側面が強いのですわ」
ルビーとラピスの言葉通りなら、この黒い光はニーナ自身の物、オニキスとの諸々によるものだということになる。
心配そうにニーナの手を取るジルちゃんとフローラ。俺も手を握ったままだ。その手は暖かい……今すぐにどうということはないみたいだけど、心配は募る。
『どうもおかしいね。普通ならこんなことには……あ、まさか君たち……人間じゃないとか言わないよね。
あまりにも効率が良すぎるというか、増幅率が想定を振り切れてるんだけど』
「あ……」
土偶に言われて俺達もようやくそのことに気が付いた。考えてみれば、こんなすごい施設を維持するためのマナを何人もいるとはいえ、人間に影響のない範囲で取得したマナで賄えるわけがないのだ。
なんからの増幅器というか、上手く使っているわけだ……そこにいってしまえばマナ純度の違いすぎる俺達が接続し、マナを供給し始めたら? それはもう、既に火のついてるところに燃料をどかどかと投入するような物だ。
慌ててニーナの手を握ったまま、簡単に俺達のことを話すと土偶は器用に天を仰ぐような姿勢になり、しばらくして脱力した。
『なるほどね。そりゃこうもなるか。今……塔の方では増幅率を敢えて抑えているけどそれも追いついてないね。一度彼女から吸い出されたマナが行き先を失って出て来てるんだよ。ほら、いつの間にか彼女が持っていたはずのさっきの石が見当たらないしね』
「え? 本当だ……ニーナ、自分で取り込んじゃったんだ。とーる、どうするの?」
「どうするっても……これ、途中で起こしても大丈夫か?」
大体、こういう装置は不慮の事態に弱いというか、対策に限度があるような気がしないでもない。何より、この状況は想定外だろうから、そんな備え自体ない恐れもあった。
恐る恐る聞いた俺だが、やはり土偶はその体を左右に回転させて否の返事を返してきた。
『何が起こるかわからないね。最悪、ここが吹き飛ぶ。何ならその子以外は外に出てもらえれば私が起こすのはやってもいいけど?』
もうこの施設自体はあってもあまり意味が無いし、と言って土偶はそのよくわからない瞳で俺たちを見る。
こうしてる間にも、ニーナからあふれるマナが段々と濃くなり、黒い光もその影響の範囲を広げてるように見える。その光の中にいる俺達自身は特に何も起きないけど、このまま無事と考えるのは虫のいい話だろうね。
「ご主人様、起こして」
「ジルちゃん?」
いつの間にかジルちゃんが俺とニーナの間に立つと、それぞれの手を取りながら真剣な顔でそんなことを言って来た。
ただ、見た限りでは今すぐ揺り起こしてということではないように思えた。
「ニーナのマナがいっぱいだから危ない。だったらニーナを起こしてマナを少しにしてもらうの」
「それはそうですけど……ああ、そういうことですの。ジルちゃん、良く思いつきましたね」
「でも、大丈夫なの? トールにそんな器用な事できるかしら?」
なんだかルビーには散々なことを言われてるような気がするけれど、どうやら揺り起こす以外に起こす手段があるらしいことがわかった。
このままじゃまずいわけだし、やれるならそれをやるべきじゃあないだろうか?
「どうしたらいいんだい?」
「えっとね、ご主人様が何も持たずにニーナのお腹に手を置いて、石英を入れるみたいにずぶってやるの。そして、ニーナの中にいれてーって思うとニーナに会えるよ」
俺は、一体何を少女に言わせてるのだろうか? ジルちゃん本人はきっと何もその辺は意識していないだろう。ニーナを助けたい、その一心だ。だというのに、俺は……俺は……はい、ちょっと違う方で考えてました、すいません。
「マスター」「トール、あんた……」
「すぐやろう!」
俺の考えがわかりやすい物だったからだろうか、2人のやや冷たい視線を浴びながらも俺はごまかすように叫んで、左手でニーナのお腹をめくり……土色と闇色の混じった光る魔法陣に触れた。
直接お腹にというわけではないのに、ほんのり体温を感じるかのような温かみ。そのことに少し驚きながらも教わった通りに手に力を入れ、沈めるようにすると確かに少しずつ入っていく。
聖剣でもなく、石英といったものでもなく、手が直接入っていっていた。
しかし、それはニーナのお腹にというわけじゃあない。横から見ると何もない空間に不思議と手が入っていくのだ。
「とーる、頑張って」
「ふぁいと」
俺の躊躇を、なかなか入っていかないからだと思ったらしい2人の励ましの声を聞きながら、俺は頷きだけを返して左手を改めて動かす。
なぜ躊躇していたかというと、明らかに手の先に感じるのが何か柔らかいものだったからだ。
ニーナの体……とはたぶん何か違うんだろうけど、見た目と手の感触から色々と勘違いしてしまいそうになる。
「あ、何かある……」
手の先に、やや硬い物を見つけた俺はそこがニーナに呼びかける場所であると直感した。ジルちゃんたちを見ると頷きが返ってくる。
俺は改めて深呼吸をして、ついには部屋を覆いそうなほどに溢れてきた黒い光の中、ニーナに呼びかけた。
「来ないでくださいなのです!」
「うぉぉ!?」
わずかな浮遊感の後、俺がやってきたのは地面も何もわからない、不思議な空間だった。そこにぽつんと立っている建物、見覚えがあるなと思ったら俺が住んでいたアパートの外見だ。
ひとまず俺の部屋に、と歩いて行ったところで中からなじみのある声と共に拒絶の意識が飛んできた。
物理的な衝撃を感じ、よろけそうになるが何とか踏みとどまった。そのまま扉のノブに手をかけ、回そうとするけど鍵がかかっている。
「ニーナ?」
「トール様?……ううん、こんな場所にトール様がいるわけないのです。自分の欲望よ、消えろー!なのです」
呼びかけてみると、そんな答えが返ってきた。どうしようか、多分夢のような場所だから壊しても問題は無いんだろうけど、ぶち破るって言うのもな……俺の部屋だし。
途方に暮れて扉のそばに座り込んでいると、中から独り言のようなつぶやきが聞こえてきた。
「自分は悪い子なのです。口ではみんな一緒でいいとか言いながら、ずっと自分一人だけ見てほしいとか思っちゃってるのです」
それは告白だった。そして、懺悔だった。扉の向こうから聞こえる声は泣き声で、ぐずりながらも誰かに言い聞かせるようにしてつぶやかれていた。
1つ1つ、聞いていくうちに俺の心には申し訳なさと、それは違うといった感情が様々に沸いてくる。我慢させていたんだな、もっと我がままを言ってよかったんだよ、いろんな言葉が浮かんでは消えていく。
どう答えたらいいのか、答えが見つからないまま時間だけが過ぎる。
「こんな自分、嫌いなのです。いっそのこと、このまま消えてしまえばいいのです」
ただ、その言葉が耳に届いた瞬間、俺は立ち上がり扉の前に立っていた。夢か現実か、それはもう関係ない。
一刻も早く伝えなきゃ……この気持ちを。
だから俺は……力一杯、俺の部屋の扉を蹴飛ばしていた。
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