JD-151.「とある感情の芽吹き」
「来たことはない場所ですけれど、なんだか懐かしい気がしますわね」
「うん。やっぱり土地柄なのかな……」
思い出に浸るようなラピスのつぶやき。俺もそれには全面的に同意だ。スフォンから南に海を渡り、たどり着いたのはカセンド、そしてトスタの街にいたるであろう街道沿いの海岸。最初にカセンドに向かった時には通らなかったルートだ。
だというのに、どこか来たことのあるような感じがあるのは、周囲の風景がどこかで見たような物だからだろうか?
『じゃあ、またねー!』
「ばいばい」
ここまで連れて来てくれたシルズ達に別れを告げ、俺達は陸路を行くべく街道に出る。今回用があるのは海岸沿いということで、鉱山街であるカセンドの方面には行かずに新しい方向へ。
最初にこっち側に来てたらみんなとは出会えなかったんだろうなと思うと、世の中というか運命というのをすごい感じるんだ。
それはラピスやジルちゃん、ニーナも同じらしい。目が合うと、にこっと笑い返してくる。
「あー! 分かり合ってるううー!」
「いいじゃないの。私達はこれからなんだし、ねえ?」
ぷんぷんとわかりやすく怒り出すフローラを、ルビーが宥める。それすらも平和を感じる大事な時間に思えた。
出来ればこの時間が長く続き、あるいは戦いに挑まなくてもいいような世の中になるといいのだけど……まあ、それは無理か。この世界で生きるからには、俺は石英を集める生活は常に続くだろうからね。
出来るとしたら、みんなが俺を含めて命がけの戦いをしなくてもいい未来、ぐらいかな?
「ご主人様、何か悩んでる?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
こちらを覗き込んでくるジルちゃんに微笑んで、俺は前を向く。こんなことで心配させちゃいけないよね。
今は目的地というか、狙いである謎の塔が出たという場所に行かないと……この先だったかな?
「この入り江の中にってことだけど……今のところは何もないわね」
「あちらの村に行って聞いてみましょう。さすがにこの距離で何も見てないとは言わないと思いますの」
ラピスの指さす先には、もうすぐ街になりそうな規模の村。入り江にも桟橋があるのが見えるから、ここも漁師の村なのかもしれないね。でも大きくなってるということはそれだけ儲かるのか、漁以外に何かあるのか……少し、気になる。
「……あれ?」
「みんな元気がないねー、どうしたんだろ?」
村に入った俺達が見たものは、遠くから見た規模に反して活気のない村人達の姿だった。何人かは海を見ては歩き出し、何人かは家のそばに座り込んでいる。とても普通とは思えない。間違いなく、何かが起きている。恐らくは塔が無関係ではない。
「ねーねー、何があったのー? みんな漁に出ないの?」
誰にどうやって聞いた物か、と考えている間にフローラはある意味空気を読まずにストレートに、疲れた様子で座り込んでいる男性に声をかけていた。男性は最初、怒ったような顔になったけど相手が少女であるフローラということに気が付いたのか、また元気の無い顔に戻ってしまった。そのままぽつりぽつりと言葉が漏れる。
「行きたいのは山々なんだがよ……消えちまうんだ」
「消える? ただ事ではないですわね。私たち、この場所に妙な塔が出ては消えるという話を聞いてきましたの」
原因はモンスターに襲われるといったものじゃないらしい……ラピスの返事に、男性が顔をあげてこちらを見る。その瞳には希望の色があまりない。現状は良くないようだった。俺は元気づけるように、手のひらに適当に光の玉を生み出して貴石術使いだということをアピールしてみせた。
そのことは思ったよりも大きな効果を生んだようで、男性の顔にわずかだけど生気のようなものが戻ってくるのがわかった。
「冒険者か。今みたいに晴れてるうちはいいんだがな。曇り具合がひどくなると、そう……あの辺に妙な塔がいつの間にかそびえたってやがる。登ろうとした奴は戻ってこなかった。それ以外にも、謎の光が一番上あたりでくるくるしてるのを見てると、舵が効かなくなるんだ。そのまま岩礁にでもぶつかれば一巻の終わりってわけだ」
なるほど、だから消える、か。塔も消えるし、登った人も消えるし、海の中に命も消える、と。
見た感じ、漁で生計を立てる人が多いだろう場所でそれはまさに致命的だ。聞いた限りでは、少なくとも自然現象ではありえない。何か影が見えたとかならともかく、建造物が消えては出てくるなんてね。
「塔が出るのはあの崖上なのね? わかったわ」
「むむむ……なんだか思い出せそうで思い出せないのです……ぐるぐるするのです」
やる気に満ちたルビー、そして何やら悩んでいるニーナ。どちらもその塔が出てきた場所に行く気満々なのは変わりないようだった。まあ、俺も同じでその場所に行くことは間違いないんだけどね。
躊躇せずにそこに向かうという俺達に、男性は驚いた顔になったが、最後には俺の手を握って涙ながらに頼み込んできた。中には親友が消えたのだと……。
「ここから見るとただの景色のよさそうな崖よね」
「そうですわね。でも確かに何か、感じますわ」
塔が出てきた場所にいきなり行くのではなく、回り込むようにしてその崖を観察しながら進む俺たち。
ラピスが感じたように、確かに俺達の目、そして感覚からは何かがおかしいように感じられた。そこにあるのにない、そんな感じだ。隠れている?……いや、塔だぞ?
「かくれんぼしてるなら出てこないといけないって思わせる?」
感じたものは同じだったのか、ちょっとジルちゃんが過激なことを言い出した。出てこないのなら出せばいい。鳴かぬなら鳴かせてってことかな。相手が生きている物ならそれでいいだろうけど相手は塔だからなあ……。
「トール様、自分の貴石がはまっていた例もあるのです。動かなくたって可能性はゼロじゃないのです。んー……もうちょっとで何かわかる気がするのです」
「ニーナは真面目だよね。ボクだったらとっくに飽きちゃうよ……」
じっと観察を続け、何やら思い当たることがあるのか考え込むニーナ。フローラが一番に根を上げるけど、確かにニーナはこういうことが得意だ。我慢できるとも少し違うけど、単純作業や長時間の待機に慣れてる感じだね。
「得意分野ぐらいは活躍したいのです。みんながつんってどーんっと最近すごいのです。それに比べて……」
そんなニーナのつぶやきにどこか放っておけない感情を感じた俺が声をかけようとした時だ。がばっとニーナが顔をあげて崖の上を見る。その瞳には答えを見つけた輝きがある。
そのまま少し前に駆けだすと、何やら両手を突き出してその場所を確かめ始める。というかパントマイム顔負けの感じでそこに無いはずの壁にペタペタと……そういうこと?
「見つけたのです! トール様風に言うと、少しだけ次元のずれた場所にあるのです!
ここをこうして……えいっ!」
掛け声一発。ニーナがその小さな拳に力を込めて何もない場所を殴りつけると、まるでお寺の鐘を突きならすかのように音が響き、それは目に見える波となって何もなかった場所を伝っていく。
気が付くと、見上げるような塔が目の前に出現していた。中は広そうで、入り口もそこそこ大きい。
ただ、そびえたってるから塔と思っただけで実際はただの土の柱かな?
「驚いたわね……すごいじゃない」
「ニーナ、偉い。ぱちぱちぱち!」
こちらに戻って来たニーナをみんなが笑顔で迎える。俺もまた、彼女が向けてきた頭をわしわしと撫でてあげる。優しくそっとより、ニーナはこっちのほうがなぜか好きなんだよね。
ひとしきり褒め終わった後、俺達は改めて塔の前に立った。中に感じる……確かな貴石の気配。
「よし、行こう」
「ダンジョンアターック!なのです!!」
未知の塔へと、6人は進む。
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