JD-150.「噂を求めて」
温泉の街であるスフォン。そこから海へとシルズの背中に乗って進んだ先にある島。そこはシルズ達の住む周辺の漁の際に拠点となる物だった。周辺で目撃されているという謎の小島を探しに向かった俺達が出会ったのは、虫歯によって苦しんでいた謎の首長竜。俺の知るそれとはだいぶ姿が違うけど、そうとしか言いようのない巨大な獣だった。
残念ながら貴石は持っていなかったけれど、貴重な体験は出来たから良しとしようかな。
「ご飯も美味しいし、悪いことは1つもないな!」
「? ラピス、ご主人様がまた変になってるよ?」
「そこはそっとしておくのが淑女ですのよ」
ついつい思ってることが口に出ていたようで、例のごとく鋭いラピスのつっこみが耳に届いて冷静になった。
シルズの皆の手によるたくさんの料理を今は味わねばいけない。干物と言ったものも、上手く貴石術で風を起こしたり、一定の温度に保ったりと器用な仕事の結果は非常においしい物になっている。
大量生産は出来ないようだけど、知る人ぞ知る、ということでスフォンでも人気らしいね。
見た目はサバイバルなのだけど、あちこちに知性というか、おしゃれを感じるのはきっと気のせいではない。
島に作られた小屋も、どこか洗練されたような、時代を感じながらも完成されたセンスを感じるのだ。
これはシルズ達が数を減らしながらもちゃんと文化を継承してきたという証なんだろう。いつだったかスフォンのそばにあった洞窟の中で見た光景からもそれがわかる。
普通に考えたら、数を減らし、住む場所を追われるようになればそういったものはどんどんと衰退していくのだから。
『どうだ、楽しんでいるか』
「勿論。色々とシルズはすごいなって感心してるところさ」
夕闇が空を支配し始め、あたりはかがり火による灯りで幻想的な様相となっている。ジルちゃんたちはいつの間にかお誘いを受け、シルズの子供や女の子……声の感じからしてそう、と一緒にどこかに行ってしまった。
女の子ってどうしてああやって話すのが好きなんだろうね?
シルズがつかみやすいようにとマリルの持つコップにはヒレをつっこめそうな部分がある。コップに鍋掴みがくっついてるような物と思えばいいかな。それを掴みながら、そばにやってきたマリルに本心から感想を言って一緒にかがり火を見つめる。
不思議な出来事や、面白いことがあったら宴をするのがシルズの習わしらしい。今回はあの首長竜との出会いというわけだ。
『本当は私がどこまでもついていければ、色々と知ることも出来るのだろうが……な。そうもいかん』
「ははは。そうなったら俺達はマリルに頼りっきりになっちゃうかもしれないな」
見た目は可愛らしい小動物、と言った状態のマリルだけどその精神、生き方は非常に大人を感じる。
こうして横に座っていても、髭や白髪の似合うナイスミドルの幻が浮かびそうになるぐらいだ。
直接言うと、そんな年寄りではないぞ、なんて怒られてしまいそうだけどさ。
『誰かに頼るのは別に悪ではないさ。トールも、皆も若い……失敗や後悔は出来る内にしておくもので、本当に失敗しないようにし、取り返しのつかない後悔の中に沈まぬよう、己を鍛える物だ……と、言うのは簡単だがそれが出来たら誰しも苦労しない。かつての我々が追われたようにな』
「すごく参考になるよ。仮に何かあっても、マリル達みたいにあきらめず、立ち向かう気持ちが大事なんだってさ」
どこか俺の心の中にあった不安のような物が、他の感情と溶けあうのを感じた。なんというか、覚悟がちゃんと決まった、そんな感じだ。俺も倒れるわけにもいかないし、皆にも倒れてほしくない、そんな思いがどこかで何か、引っかかっていたのかもしれない。
俺はシルズ達の作った果実酒のようなものが残ったコップをマリルに向けて掲げ、マリルもまた、器用にコップを掲げ、俺のと打ち鳴らす。どちらかとでもなく笑い出し、お金には代えられない時間が過ぎていく。
翌朝、俺は水平線から昇る朝日の光を全身で浴びる、という非常に贅沢な時間を過ごしていた。なんとなく、空が白くなったところで目が覚めたんだよね。
この女神様からもらった体……この世界に新しく生まれ落ちたということらしい体は、非常に頑丈だ。
健康的、という意味合いがこうなるとはまさに神の所業。何かといえば、暑さ寒さに強く、野宿でも全然平気だということだ。
すっきりとした目覚めは心もなんだか綺麗にしてくれる。地球にいたころ、なんとなく夜更かししてどんよりした朝を迎えていた同じ人間とは思えない。
「んー! 気持ちいいなあ!」
風もほとんどなく、波も静か。沖合の島の海岸としては珍しいのではないだろうか?
あるいは島の中央にある結界で周囲にそういった影響が出てるのかもしれない。
ともあれ、気持ちのいい時間を過ごすには最適の環境だった。自然と、体操を始めたくなりそうになるぐらいには。
『不思議な動きだな。人間の流行りか?』
「いや、俺ぐらいしか知らない奴さ。おはよう」
いつの間にか後ろに来ていたマリルに答え、俺はいわゆるラジオ体操を区切りのいいところで終わらせる。そんな動きですら、地球の時とは切れが全く違うから面白い。
足元ではマリルが俺の動きを参考にあれこれと体を動かしているけれど、見た目はアザラシなマリルではやはり再現が難しいようだ。
『なるほど。私には無理だが体に無理をさせないように事前にほぐすのだな。理にかなった動きだ。
やはり人間は面白い。我らの先祖はそう言ったところに惹かれ……真似たのだろうな』
一緒に太陽を見つめていると、何故だか光が体全体に染みてくるような気がした。マリルの静かな言葉には頷きだけで答える。朝のわずかな時間にだけ見られる光景を見逃さないよう、そのまま海を見つめていた。
やがて、いつもの朝がやってきたことを感じ取った俺達はどちらでもなく笑い、みんなの場所へと戻っていく。
食事のためだろうか、煙がいくつも立ち昇っている。ジルちゃんたちも準備をしているかもしれないね。
それが終わったら、一度スフォンに戻ってみようか、とその時は思っていた。
「急に出てきた塔?」
「そうなのです。もっと南の方で、海岸沿いに大きな塔があったそうなのです。前の日までは無かったのに」
「でも次の日にもう一度いったらなかったんですって……不思議よね」
食事の後、昨日の様子を聞いていた俺はニーナからそんな話を聞かされた。話だけなら、小島な首長竜の話に似た部分がある。だけど地上、となるとそれもなさそうだ。
一夜にして塔が立ち、一夜にしてそれがなくなる……どこかの一夜城とも違うみたいだ。
「その塔の天辺には、ぴかーって光るものがあったんだってさ。ボク気になるなあ」
「光る塔……灯台?」
みんなの言うように、非常に気になる物だ。場所的にはスフォンから南に下がったところらしい。
そのまま行くと、この世界に来てからのルートをさかのぼっていく感じになるかな?
なんだか里帰りみたいでそれも面白いけど、どうなんだろうな……。
「そちらに向かってみて、何もなければ、あるいはそれを片づけたら今度は南から前線に向かってみませんか?」
「それもいいね。そうしようか」
今のところ、他の土地でもモンスターの退治や、支配領域を取り戻そうという動きがあるみたいだし、南でもそういった話はあるだろうことが予想された。そうと決まれば善は急げという物で、マリル達に事情を話して俺達は彼らの背に乗り、再び陸地へと戻り……旅に出るのだった。
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