JD-147.「増えるなんとかさん」



「ふつーだねえ。とーる、どうする?」


「ご飯が美味しいならジルはどれでもいいよ?」


 俺のコレクションの1つである貴石による貴石獣っぽいドラゴンを追ってスフォンへと戻って来た俺たち。

 無事にドラゴンは討伐し、たまたま現地でドラゴンと争っていた天然の貴石獣らしい火の鳥も討伐。

 残念なことに誰か貴石ではなかったけれど、元々のドラゴンの物と一緒に貴重な戦力増強となる石を手に入れた。


 再会したマリルに同じような話が無いかを聞いて回ることを依頼した俺達はしばらくの間、スフォンですごすことを決めたのだった。

 せっかくの時間、ただごろごろしてるのもと思った俺達は冒険者と依頼の集まるギルドへと顔をだし、依頼を探しているのだけど……まあ、そう都合よくおかしいのはないよね。

 採取や探索系は集まり切るかとかが不安だったので近場の討伐を引き受けることにした。


「岩をかじる貝か……海藻でも食べるのかしら」


「6人で挑むには過剰かもしれませんわね。油断せず、それでいて気楽に参りましょう」


 余裕のある依頼、というのは言われてみれば結構久しぶりで、俺達は新鮮な気分で依頼場所、海岸沿いの岩場へと向かう。場所は街から徒歩30分といったところだろうか。

 普段街の人が使う場所ではなく、少し離れたところだけど漁場としては穴場なのかな?


 街道をしばらく進み、この辺かなというところで海岸へと向かうと……確かにいる。

 地球で言うとアワビみたいなのを大きくしたような奴だ。特に危険そうではないけれど、でかくて堅そうだ。


「まずは一発……え、弾かれたのです!」


 今回の依頼は大型貝の採取ではなく討伐。だからさっさと倒してしまおうとニーナの手から岩弾が撃ちだされ……見事に弾かれた。気のせいか、当たる瞬間にマナの動きを感じたような。

 そうやって身を守るぐらいは生き物だから、するのかもね。


「マスターの聖剣ならスパッといくかもしれませんわね。じゃあ私達は横の隙間から攻めましょうか」


「下手に焼いてそのまま貼りついてもちょっと困りそうだものね」


 見える限りでは大型の貝は結構な数がいる。普段はほとんど見ないらしい相手だそうで、なんで異常発生したかは不明だ。

 いずれにせよ、色々と邪魔なのは間違いなく、さっさと倒そう。


 そうして、岩から剥がすかのようにひっくり返される大型貝。俺はと言えばそのまま殻ごと貫くことはせずに横向きに切り取るようにして討伐とした。

 もしかして食べられるかな、なんて思ったからなんだけど結果はダメだった。ちょっと匂いがね……。


 期待はずれな結果に勝手に落胆の気持ちをため息として吐き出すと、耳に水音が届く。

 波だけじゃない、誰かの立てる音。顔を上げると、1匹のシルズと目が合った。


『あ、人間さんだ! た、助けてください!』


 叫んだまま海岸に上がってきたのは、マリルよりは2周りぐらい小さく、グレーの毛並みのシルズ。声と仕草的には女の子かな?

 これまたちょうどぬいぐるみみたいな大きさで非常に可愛らしい。


「すべすべさん、どうしたの?」


「いや……ジル、ちゃんと呼んであげなさいよ……」


 どうもジルちゃんはシルズと呼ぶのが何故か苦手らしく、いつもこんな風に呼ぶんだよね。相手が気にしてないからいいけれども……ともあれ、今は話を聞こう。

 シルズの子をみんなで囲むようにして、しゃがみこんだ。


『この海岸近くにみんなが好きな海藻が生えてるらしくて、それを取りに来たんです。何か所かあるので手分けして取りに行ってたんですけど……一緒に来た子が戻ってこなくって。待ち合わせ場所を離れて入れ違いになったらどうしようって思ったらなかなか……』


 なるほど、人間でもよくある話だな。ここで迎えに行ったり探しに行くと、大体入れ違いになって怒られるんだよな。

 となるとここは俺達がその子を探しに行けばいいわけだ。


「いいよね、みんな」


「勿論なのです」


「どこでも探しちゃうよー! あ、でも……海の中は難しいかな……」


 手助けする気はマンマンだったけど、確かにフローラの言うように海の中だと俺たちじゃ探しにくい。

 そう思ってその海藻のありそうな場所を聞いてみることにする。

 小柄な体を、可愛い仕草で考え込むようにするシルズの女の子。


『確かに砂場ですけど海の底……あ、でもこの時間だったら!』


 引き潮だから地上に出てる場所がいくつかあるかも、そう教えられた場所の1つはそんなに遠くなかった。

 俺達はここにいるように伝え、駆け出した。


 人間がほとんど来ないであろう何もない海岸。そこは引き潮ということで色の違う砂浜が広がり……謎の森があった。

 黒のような、緑のような……あれだ、海藻か?


「もこもこしてる……増えるワカメさん?」


「随分と生い茂ってますわね……」


 そう、海岸の一角が全てその色で染まっていた。あれが好物だとしたら、食べ放題この上ないぞ?

 どうもおかしいな……異常発生してないか?


 俺は何があってもいいように聖剣を構えなおし、ゆっくりと近づいていく。すると、妙な気配を感じた。

 特別強い、という感じではないけれど何かがいる。


「シルズの子もいるのかしら……おーい! 誰かいるー!?」


 ルビーが先んじて駆け出し、叫んでいるかもしれないシルズの子を探し始める。すぐ後につくジルちゃんたち。

 俺もまた、彼女たちに追いつくべく駆け出し……前を行くニーナの足元で何かが動いたのを見た。


「危ない!」


「わわっ」


 動いたのは海藻。その先端はぬめり気を感じながらも鋭い槍のようになり、背中からニーナを襲おうとしていたのだ。

 ぎりぎりで聖剣が届き、全く手ごたえもなくすぱっと切り取れた。斬られた後はもうただの海藻のように動かない。


「罠、か。やるじゃないの……海藻の癖に」


「ご主人様、海藻にも脳みそってあるの?」


 たぶん、無いよ。異世界でもね。そんなつぶやきが困惑を含んで俺の口から飛び出した。自分の常識が通じない異世界だからね、全くないとは言い切れないのが問題だった。

 それはそれとして、この海藻の塊がただの異常発生じゃないだろうことは明白だった。


 こうなると、もしかしなくてもこの海藻の中に……。その証拠であるかのように、わらわらとわかめもどきが急に動き始めた。


『逃げ……て』


「いたわっ!」


 か細い声。それは海藻たちの根元に見えたわずかな白い部分からだった。その色はシルズの子の毛並みの色だったのだ。

 無数の海藻に絡まれ、抜け出せなくなっているのだろう。あるいは、誘うための罠として使われてるのかもしれない。

 周囲には、シルズじゃない大きな魚とか魔物っぽいものもいる。他は死んじゃってるみたいだけど……。


「助けるわよ。フローラ!」


「おっけー! 危なくないように上の方だけ……お味噌汁の具になっちゃえ!」


 叫ぶフローラの手から、無数の風の刃が飛び出して伸びてきたわかめもどきを一気に切り裂いていく。

 何もいないであろう上の方だけだけど、結構な量だ。言うなれば槍の穂先が無くなったとの同じなのか、慌てた様子のわかめもどきたち、チャンスだ!


「援護宜しく!」


「うんっ!」


 駆け出す俺の脇から抜けてくる貴石術たちが近くを漂うわかめもどきを撃ち、消滅させる。

 俺はそのままシルズの子の元まで駆け寄って、聖剣でさくさくと拘束具のようになっているわかめ部分を切り裂いて抱きかかえた。


『あ、そこは……』


「話は後! 逃げるよ!」


 何か言いたそうなシルズの子にかぶせるようにして叫び、そのまま脱出した。幸い、後を追ってくる様子はなかった。

 安全であろう場所にたどり着いた俺は手の中からシルズの子を降ろす。


「他につかまった子はいる?」


『えっと……大丈夫です。あの子と私だけなので……私が戻らないから助けに来てくれたんですよね?』


 どうやら今日こっちに来てるのはこの子とで2匹だけらしく、他の犠牲者がいないらしいことにみんなして安堵の息を吐く。それにしてもなんだかもじもじと恥ずかしそうにしてるな。


「そっか。怪我でもしたのかな? なんだか気になってるみたいだけど」


『い、いえっ。大丈夫です。事故みたいなものですからっ』


(事故みたいなもの!? じゃあやっぱりどこか怪我を……)


 慌てて俺がシルズの女の子を抱きかかえようとすると、ラピスに止められた。

 ちょっと怒ってる……あれ?


「マスター……その子は女の子ですのよ? さっき……どこを掴んでました?」


「どこを……はっ!」


 そういえばさっき……俺はがしっとつかんでたね……人間で言うと、胸になりそうな部分を……。

 どんな姿だって女の子。そのことを俺はしばらくお説教のように教わったのだった。

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