JD-146.「妖精を抱き止めて」



 3人目のエンゲージ、それを達成したのはフローラだった。元々活発な感じで、かなりボーイッシュな感じだったけれどそれは大きくなっても同じ感じだった。ぴったりしたロングスカートに、チャイナドレスのように切り込みの入ったそれから白く長い足が見えてしまうほどの踏み込みで、目前に迫った火の鳥を迎撃、至近距離でのスタンガンのような攻撃で一気に仕留めることができたのだった。


「えーっと……あったわ。アゲート……瑪瑙かしら?」


 倒れ、息絶えた火の鳥の中から貴石を探していたルビーの手に光るのは縞模様が少し見える赤い石。

 俺が買った覚えがないので、やはりこの世界の貴石によって生まれた天然の貴石獣である火の鳥だったらしい。というか……でかいな、バレーボールぐらいあるぞこれ……。

 二重の意味で自然にこんな存在が産まれるかもしれない、というのはちょっと驚きだけど世界は広いもんな。そういうこともあるんだろう。

 もっと言えば、元々存在する貴石獣に注目し、それを研究して自分たちでそれに近い物を作り出そうとしていたのがかつての人間らしいからね……知識の探究って怖い。

 

 ルビーの手の中にある瑪瑙は単純に力のある石、という状態の様で上手く使っていきましょうということになった。

 実際に使えるのはやはりルビーだけのようなので、彼女が持っていることにする。お腹の魔法陣から投入も考えたんだけど、どうも石英と違って抵抗が大きく、向かないだろうとのことだった。

 確かに、以前カラードである石英の良い奴をジルちゃんに入れた時もすごかったもんな……こんなに大きいと無理がありそうだ。


『そうか、トール達は貴石の力を引き出す能力があるのだな。普通ではないと思っていたが……ただの人間であればそこまで貴石の中にまで力を伸ばすことはできない。私達ですらその3分の1も届かないだろう』


「んー。実はさ……」


 山の新しい主だったであろう火の鳥も、乱入者であるドラゴンもいなくなり、静かになった山の中腹。今のところ、新しく何かが出てくる様子はない。どこかに隠れていたモンスターたちが出てくるまでしばらく時間がありそうだった。

 そこで俺は、休憩ついでにマリルと別れてからの旅を簡単にだけど語って聞かせることにしたんだ。シルズのみんななら海側に貴石があった時にわかりそうだなって下心もあったんだけどね。





『興味深い話ばかりだな。内陸にあるかつての都、か。恐らくは我々を迫害するかのように扱っていた人間がその都の住人の同年代の人間だろう』


「むう、すべすべもこもこなみんなをいじめる?」


「今はいないんじゃないかしら……たぶん」


 休憩も終わり、話も大体終わって下山を始めた途中でのことだ。マリルの口から出てきたのは、かつての自分たちシルズと人間の悲しい関係の話だった。ジルちゃんは今起きているかのように怒っている。

 全くいないか、と言われると人間にもいろいろいるからね、否定は出来ない。

 けれど、少なくともスフォンでは上手く共存できているんじゃないかなと思うんだ。


「トール様、戻ったら次はどうするです? 貴石を探して情報を集めるです?」


「ボクとラピスとジルちゃんがそろってきてるから、ニーナとルビーの分を探したいよねえ……」


 俺達は今、いくつかの道を選べる状況にある。前線である北西に戻り、このまま開拓と攻略を進める道と、こちら側で貴石を探すついでにそれが宿ってしまった相手を倒すといった道だ。

 どっちがいいかと言われるとどっちもそれぞれによさそうだ。どちらでも女神様の言う、人間以外も困りそうな強い相手、というのはいそうだからね。


『ではしばらくはスフォンに滞在するといい。その間に一族でそういった話や何か目撃していないかを集めてこよう。どちらに旅に出るにしても、それからでも遅くはないのではないか?』


「こういう時は、ありがとう……だよね? ジル、知ってるよ」


 ジルちゃんなりにお礼のつもりなんだろう。姿勢を低くして、隣を進むマリルの頭を撫でるジルちゃん。

 マリルはというと、気持ちが伝わったのかその顔を笑顔な感じにゆがめている。アザラシの笑顔って、ちょっとわかりにくいよね。可愛いけど。


 帰り道は特に難敵に遭遇することも無く、火山のふもとにたどり着いたころにはなんとなくだけど火山にも前のような空気が戻ったような気がした。次に上った時には色々と襲われるかもしれないね。

 そのままスフォンへと戻る俺達。途中は誰にでも構わず襲い掛かってくるようなゴブリンといった相手を除いて平和な物だった。俺達が強くなったのかなと実感できる時間だった気がする。



 

『ではな、吉報を待っているといい』


「期待してるよ」


 どこまでも渋く、人間だったらハードボイルドなおじさんが似合いそうな言葉を残してマリルは街中に消えていった。

 あの体格差だと踏まれそうな気がするんだけど、不思議と滑るように間を縫って移動するんだよね。不思議でしょうがないんだけど、つっこんでもしょうがないか。

 俺達は俺たちで、色々と話を聞きにいくのがきっといいんだと思う。


「とりあえず、ご飯でも食べよっか」


「ごっはん、ごっはん!」


「昨晩はバタバタしてそのまま泊りだけでしたものね」


 前にスフォンに滞在していた時には行っていなかった方向へと歩き、広い街の新しい発見を狙って俺達は歩き出した。

 さすがにこの地方での最大の港街。どこを歩いても色々な店がある。夕方として空が赤くなり始めたころだけど、店先で呼び込みを行う売り子さんや、街灯代わりのかがり火なんかが雰囲気を作ってる気がするね。


「あら、あの辺なんかいいんじゃない?」


「おおお、網焼きなのです」


 ルビーが見つけたのは、外からでも店内の様子が見える作りでぱっと見、大人同士より家族でというのが目立つお店だった。

 やはり海産物はこの街ではメジャーな食事なのだろう。色んな海産物が網で焼かれ、みんなが思い思いに食べている。


 ジルちゃんたちを引き連れても目立たなさそうというのも大きなポイントだった。

 さっそくとばかりに店に入り、俺達は食事を楽しんだ。





 そして、夜。いつしか空は暗くなり、店先のかがり火が目に明るく、店に入った時とは違う雰囲気だ。

 街中も夜の時間だと言わんばかり。家族連れもいつのまにかほとんどおらず、どこからか陽気な声が聞こえてきた。


「私達も戻りましょうか。マスター、明日はゆっくりでいいですわね?」


「うん。ギルドに話を聞くにしても、忙しい朝は回避した方が良いんじゃないかな」


 実際、朝一番は美味しい依頼を取り合う冒険者達でどうしても賑わう。俺達がしたいのは情報収集で、依頼の受注ではないのだから受付の人とかが暇になりそうなぐらいがちょうどいいのだ。


「ご主人様。お休み」


「うん。また明日ね」


 先日同様、俺だけ一人部屋という割り振りのまま、宿に戻った。そのまま寝るのかなと思っていると、ドアがノックされる。入ってきたのは……この前と同じ、フローラだ。

 服装もほとんど同じで、もじもじとした仕草も同じ。けれど、今日は雰囲気が違った。


「とーる、ボク……女の子してるかな?」


 突然の問いかけ。思わずフローラの顔を見るけれど、彼女は真剣だった。だから俺も頷いて、ちゃんと真剣な言葉を口にする。


「勿論。フローラは可愛いと思うよ。大事にしたい」


 その言葉は正解だったようで、花が咲くように広がった笑顔のまま、飛び込んでくるフローラ。

 長い夜を過ごすどこかの酔っ払いたちの声を遠くに聞きながら、その夜は過ぎていった。


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