JD-145.「女の子を形作る物」




(? あ……そっか、ここがそうなんだ)


 ボクは不思議な空間で目を覚ました。どこまでも広がっていそうで、それでいて狭そうな場所。

 あまり覚えてないけれど、とーるに呼び出してもらうまでいたらしい変な場所。

 こんな辛気臭い場所は早く抜け出さないとね。そしてとーるたちと戦うんだ!


「あ……れ?」


 でも、駆け出そうとした足が動かず、飛び立とうとした力もわいてこない。

 不思議に思い……下を見たボクは硬直した。ボクの足が、くるぶしぐらいまでどこかに埋まっていたんだ。

 上も下も無いように見える場所でボクは何かに足をとられて、動けない。

 貴石術で砕こうにもここじゃ術が発動しないみたいだった。


「どうして……」


 つぶやくけれど、原因ははっきりしないや。ボクは頭がいい方じゃないし、よくわかんない……。

 だけど、このままじゃいけないのは確実だと思う。こうしてる間にも外じゃみんなが戦ってるはずだし、もしかしたら意識のないボクの体をとーるが守ってるかもしれない。

 何とか抜け出そうとしても、全く動かない。そのことに徐々にボクの中に不安が広がっていく。


「なんで……なんでだよっ」


 焦りからボクは叫びながら暴れるけど、足首が痛くなるばかりだった。普通は疲れないし、怪我もしないはずの自分がこんなになるなんて、不思議な場所だ。

 それにしてもひどい格好だ。こんな姿じゃとーるには恥ずかしくて会えないや。こんな、女の子とは思えない格好じゃ……。


 ずぶりと、そんな考えの最中、足元が少し沈んだ気がした。


「え……」


 間違いなく、沈んでいる。さっきまではくるぶしまで沈んでいたのに、今はそれより数センチは上だ。

 脛直前、ぐらいな位置……どうして、こんなに埋まってる部分は硬いのにさ……。

 悔しくて、悔しくて、ボクは泣いた。涙も出ないのに、泣いた。ぐしゃぐしゃの顔で、可愛らしさのかけらもない。女の子らしくないな、そう思ったらまた少し沈むのを感じた。


「……そっか、そういうことなんだ」


 その瞬間ボクは沈む原因と、この場所の意味を悟ったんだ。この場所は宝石娘が自我を持って外に出られるかどうかのぎりぎりの境界線なんだ。

 ボクたちが一度宝石娘として生まれた後、新しく力を得て生まれ変わるために、一度ここにくる必要があるんだと思う。そして……場合によっては、戻れない……そんな場所なんだ。


「ボクは、怖いんだ。女の子らしくなさそうな自分の言動が嫌われそうで……」


 ジルちゃんも、ラピスやニーナ、それにルビーだってみんな可愛い。そして、みんな女の子らしい。

 一見、真面目で地味そうなニーナだって、普段から身だしなみには注意してるし、ジルちゃんだって最近は毎日笑顔の練習をしてる。他の2人も……ボクだけがそういえば何もしてなかった。


 おしゃれもしないし、仕草の練習もしないし、何も。


(あははは……じゃあ、しょうがないか……)


 ボクが女の子らしくないのは仕方のない事だった。とーるはそれでもボクが女の子だよって言ってくれるけど、ボク自身が自分を認めるにはどうしても素直になれそうになかったんだ。だからこそ、今ボクの足が沈んでいるんだ。


「とーる……みんな」


 口にするたび、トクンと胸が高鳴るのを感じる。宝石娘に人を愛することが出来るのか、ボクには答えはわからない。だけど、出来ない、とは絶対に言わないし、言いたくない。

 ジルちゃんたちの想いが主従の関係を越えているのはボクにだってわかる。それに、ボクだって……。


「とーると、みんなと一緒にいたいよ」


 つぶやきが、誰もいない場所に響いていく。それが一層寂しさを煽り、ボクは暗い考えに沈みそうになる。

 ついには脛まで埋まったところで、ボクは風を感じた。


「とーる?」


 それは声なき声だったように思う。何もなくて、風の吹くはずの無い場所に吹いたそよ風。

 ボクはそこに、とーるを感じたんだ。大切で、大好きな……人。


 消えかけていた勇気が、湧き上がるのを感じた。こんなところでいなくなるわけにはいかない。

 ボクは……ボクは、誰よりも早く駆け抜け、誰よりも雷で貫くと決めたんだ。


「ボクも好きでいていいかな? 女の子でいて……いいのかな?」


 答えを求めないつぶやきのような問いかけ。でもそれに、答えが返ってきたような気がしたんだ。

 だって、浮かび上がるボクが向かう先にある光の穴。そこからとーるが、ジルちゃんが、みんながやってきたような気がしたから。


 だからボクは叫ぶんだ。誓いの言葉を。


「エンゲージ……約束の……光よ!!」


 その瞬間、ボクの体を暴風のような風と、落雷のど真ん中にいるかのような光の束が襲ったんだ。







「とーる、ただいま」


「ああ、お帰り」


 ボクを腕に抱いて、目の前で微笑むとーる。いつもと変わらない顔のはずなのに、ボクはそのときすごくドキドキを感じたんだ。

 ああ、これがきっとラピスが言っていた、恋を味わう瞬間ってやつなのかな。


 甘い気持ちは後回しにして、ボクはとーるの腕から抜け出してみんなのいる方向を見る。

 そこには空を舞う火の鳥と、必死に戦うみんなの姿があった。


「とーる、お願いがあるんだ」


「なんだい?」


「えっとね……」


 駆け出そうとしたとーるを手で止めて、ボクはちょっとずるいかなと思いながらもとーるにお願い事をしたんだ。終わったら、二人きりで可愛がってねって。

 とーるはキョトンとした後、真っ赤になって頷いてくれた。あははっ、みんなから怒られちゃうかな。

 だけど……女の子だもん、しょうがないよね!


 随分と高くなった視界に戸惑いを覚えながら、ボクは体から力を巡らせていく。風と、雷がボクの手の中にある。

 火の鳥はそんなボクに気が付いたみたい。急に動きを変えてボクのほうに突撃してくる。ジルちゃんたちは急なその動きに振り切られてしまったんだ。


(だけど、逆に好都合だよっ!)


 正直、飛び込む手間がいらなかったってことだからね。だからボクは、迎え撃つように力をためて、それを解放するだけだった。


「風雷……ボクは風となり、雷でキミを討つ!」


 叫んで、ボクはカウンター気味に火の鳥のくちばしを回避して胸元に迫った。目の前には燃え盛る炎のような赤い毛皮部分。

 ボクはそこに無数の風の刃を生み出してまずは切り裂き、むき出しになってきたところにこぶしを叩き込んだんだ。

 そのまま、至近距離での大放電。髪の毛が逆立ちしそうなぐらいの強さでボクの手の中で雷が弾け、火の鳥を襲った。


 一通りの痙攣のような動きの後、火の鳥は地面に横たわった。念のために倒せたかを確認すると、間違いなかった。

 気が抜けたようにため息をつくと、それが合図だったようにボクの体がぽむっと音を立てる。

 やっぱり油断するとすぐにこれは解除されちゃうみたいだった。


「あーあ、もっと貴石ステージを上げないとなあ」


「同感だね。頑張ろう」


 座り込むボクに優しく声をかけて微笑むとーる。ラピスたちもこちらに駆け寄ってくる。みんな、笑顔だ。

 ルビーだけはなんだかこう、ちょっと怒った顔だけど……あれがこっちを心配した物だってわかるんだよね。


「あ、ルビー! 石を探そう!」


「そんなの後でも……怪我はないのね。そっか……」


 ほら、今だって自分の力になるかもしれない貴石より、ボクのことを気にしてくれている。

 ボクはそのことがすごくうれしくなって、ルビーに抱き付いた。


「わぷっ、何よフローラ」


「ううん、なんでもなーい」


 女の子らしい女の子にはなれないかもしれないけれど、ボクがとーるを好きなのはきっとみんなにも負けないぐらい。だったら……もっと仲良くなれるはずだよねっ!





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