JD-144.「空舞う影」
その額に貴石を宿した状態の謎のドラゴン。それを追いかけてスフォンまで戻った俺達は、アザラシな姿のシルズ族であるマリルと合流、恐らくドラゴンが向かったであろう火山には他にも何かがいるという話を聞き、十分に準備を整えてから向かうことにしたのだった。
しっかりと休息をとったその日の天気は、雨だった。ただどれだけなら、今日は雨だね、そうだね……なんて終わるところだけど、俺たちにとってはそれは別の意味を持つ。
「感じるよ……暴れてるのとは少し違うみたい。でも、いるよ」
「よし、行こう!」
窓から空を見上げ、真剣な顔でつぶやくフローラ。彼女の肩を叩いて、俺達は傘がいるかいらないか微妙な具合の雨の中、駆け出した。
足元には滑るように移動するマリルも一緒だ。彼は確か一族の中でも代表のような立場だったはずだけど、危険に向かっていいのだろうか?
『この土地は既に我らも暮らす第二の故郷のような物。そこで起きることを気にしないわけにもいかない。
それに、嵐が続くとなれば海も危険が増すからな』
移動しながら聞いてみると、そんな答えが返ってきた。確かに……この場所であんな嵐が続いたら漁師さんとかも大変だろうしね。マリルの力が借りられるのは非常に心強い。細かい部分に手が届くんだよね。見た目の手は普通のヒレみたいなもんだけどさ。
以前通ったルートを進むが、今回は途中で強めの敵は出てこなかった。むしろ、何もいないというか、どこかにひっこんでいるような……どういうことだろうか。
この先にモンスターたちが怯えるような強さの相手がいるということかな?
「うーん、何かいるのよね。これ、あのドラゴンじゃないわ。でも知ってる貴石の力は感じないのよね」
「まだ嵐になってない理由がそれかもしれませんわね。皆さん、警戒を」
時々足を止め、周囲を観察する間にルビーが感じたことを口にするけれど、どうもはっきりしない。何かがいるというのは確かみたいだけど……。火山の主みたいなのがいるってことかな?
強くなってきた雨を前に、俺達は進む速さを緩めることはない。マリルに雨避けの貴石術を教わったからだった。マナでレインコートを作るような物みたいだった。外から見ると、俺達の周囲にだけ雨の無い空間がうっすらと広がってるから不思議な光景じゃないかな。
以前、ドラゴンもどきのような奴や溶岩を泳ぐ魚がいた場所を通り過ぎてもほとんど動く影が無い。たまに見えてもどこかに潜んだまま、あるいはその場から動かない状態だ。
溶岩に雨が当たり、周囲はその蒸発した水蒸気により靄がかかっている。
「トール様、奇襲に注意してくださいなのです」
「何も見えないねえ……」
フローラの手により、少し風を産んでもらってはいるけれどそれも遠くまで晴れ渡るというほどではない。
下手に勢いよくやると周囲のモンスターを刺激しそうだったからだけど、見える範囲は20メートルぐらい……ちょっと狭いかな?
『この先はめったに人が立ち入ることの無い領域だ。注意して進もう』
「ご主人様、後ろにいてね」
どんな危険があるかわからないからか、ジルちゃんにそんなことを言われるがさすがにその通りに下がるというのもちょっとね……危ないのは確かなので前でも後ろでもなく、横に立った。
ジルちゃんは少し不満そうだけど、俺も一緒がいいんだと呟くと頷いてくれた。
ここまで来ると俺にも何か強大な存在がいることが感じられた。確かにその気配は……2つ。
一方はなんとなくなじみがあるのであのドラゴンであろう。ではもう1つは?
その疑問の答えという訳じゃあないだろうけど、霧の向こう側で轟音が響いた。
「!? 何か戦ってる!?」
「叫び声みたいなのも聞こえるわね……行きましょ」
霧の向こうから岩が飛んできました、なんてことになったら危なすぎるので出来るだけ岩壁をたどるようにして警戒しながら進む。
なぜか徐々に霧は薄くなり、ついには風が無くてもなんとなく遠くまで見えるようになってきた。
うっすらと残る霧の向こうに、2つの巨大な影が映った。
「片方はドラゴンなのです!」
「もう1つは……鳥さん?」
思わず物陰に隠れた俺たち。その視線の先には……どこの特撮映画だと言わんばかりに争う、緑のドラゴンと赤い火の鳥がいた。見た目は猛禽類を全部炎で作りました、みたいな感じだ。
両者ともビルの高さほどに浮き、羽ばたいている。ドラゴンが風をぶつければ、それを吹き飛ばすかのように火の鳥が赤いオーラのような物をまとって炎を返す。ぱっと見、一進一退という感じだ。
「先に言っとくけど、あの鳥にアンタのコレクションだった貴石は感じないわよ」
「ということは、天然の貴石獣ってことか……戦力にはなりそうだね」
残念ながら、火の鳥の方には宝石としてのルビーや俺の持っていた貴石は無いみたいだ。
もしあったら2人が行けるかなと思ったけどそうそう上手くはいかないらしい。
それでも、火の鳥の中にある貴石を使えばルビーが強くなるであろうことは間違いない。
つまり……出来るなら両方を狙う。
『二尾を釣る物は仕掛けを失うとも言う。ここはアメジストを優先すべきであろうな』
「……確かに」
湧き上がって来たそんな欲望のような物は、冷静なマリルの声によって収まっていく。異世界にも似たようなことわざがあるというのも面白い話だけど、言わんとすることはまったくもってその通りだった。
まずは確実なアメジスト、そして可能であれば……ということだね。
「ニーナ、アンタから見てどう? どっちが先に根を上げそう?」
「難しいのです。でも、ドラゴンは多少は疲弊していて、ここは火の鳥の住処なのです。
となれば……長期戦はドラゴンには不利なのです。このままずるずると行くか、勝負を仕掛けるか……」
と、聞こえる音が一回り程大きくなるのを感じた。そっと岩壁から覗くと、ドラゴンの体にはいくつもの傷が増えていた。火の鳥にやられたに違いない。見える限りでは戦意をドラゴンが失った様子は無く、むしろ気合を入れるかのように大きく吠えている。
急に距離を取ったかと思うとその口元には力が集まった。
「ブレスだ。伏せて!」
ここから見ても俺達に撃ってきたものかそれ以上の力を感じた。みんな一緒に伏せ、周囲を咄嗟に岩壁で覆う。
まるで竜巻が通り過ぎているかのような音と揺れが伝わってくる。何とか耐えているようだけど火の鳥はどうだろうか……。
「マスター! 終わったらすぐに行きましょう!」
「よし……みんな、今の内に解放するよ」
昨晩の内にマナの補充は済ませてある。寄り添ったままの姿勢でみんなを貴石解放していくと少しばかり岩壁が手狭に感じるほどになった。それをどうにかしないととなる前に、外の騒ぎが収まる。
岩壁を弾けるようにして消し、飛び出した俺達が見たものは、ブレスを吐いた姿勢のままで地面に降り立っているドラゴンと、傷ついた様子の火の鳥だった。決着はまだ、ついていない。
「トールとフローラはドラゴンに! 私たちは火の鳥を抑えるわよ!」
火の鳥がダメージを負っているのは見ての通りだけど、ドラゴンも力を使いすぎたようで明らかに疲労した姿だ。
飛んでいられないのがその証拠だし、嵐になりそうな天気もいつの間にかただの曇り空。
ここを逃すなとばかりに俺達は駆けだし……こちらにドラゴンが気が付いたときにはフローラに抱えられた俺がその眼前に迫っていた。
「この一撃で!」
アメジストのはまっている部分のすぐそば、生き物としては頭部への致命傷になるであろう場所に聖剣が一気に埋まっていく。
ドラゴンが叫び、暴れようとするけれどそれは刺さったままの聖剣で自らの体を傷つける行為に他ならない。すぐに巨体から力が抜け、地面に倒れ伏す。
「フローラ、行ける?」
「勿論! おいで……」
輝くアメジストを前に、フローラが優しくつぶやくと不思議な力でアメジストは宙に浮き、フローラの手の中へと納まった。そして……彼女はアメジストを自らのお腹に押し当て、沈みこませていく。
「とーる。やろう!」
「ああ……」
火の鳥と戦うみんなの声とその音が聞こえる中、俺達は1つになった。
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