JD-143.「火と水と、そして風」
額にアメジストが埋まり、嵐を操るドラゴン。ハーベストそばの鉱山で俺達が出会ったその相手は攻防の末、逃げ出してしまった。
逃げた先は、スフォンのある方向であった……ということで俺達は久しぶりの海辺へと向かっていた。
途中、いくつもの街を通るがそのあたりを嵐が通過した様子はないようだった。行き先が違うのだろうか?と俺は思ったけれど、フローラの感じる方向は間違いないという。
「恐らく、節約してるんですわ」
「あの嵐自体はドラゴンに元々ない力なんじゃないかしら。本当なら飛ぶのと同時にもっとやれると思うもの」
なるほど、確かにあのドラゴンは鉱山でスケルトンなんかを使って鉱石を集め、マナを補充しながら嵐を起こしていたようだったもんね。
そうなると、スケルトンたちを呼び出していたのはどういう力なんだろうか?
もしも、一定以上の強さを誇るモンスターだとああいった眷属染みた物を呼び出すことが出来る、という能力だとしたら増援には注意する必要があるね。
「自分が思うに、水晶竜もああいったのを呼び出せたのだと思うのです。倒した中に混じっていたかもです」
「区別がつかない……ね。でも一緒」
「うんうん、ずばーってやってどーんって倒すだけだよっ」
ただでさえドラゴン自体は厄介であるのに、そこで増援を呼び出せるかもしれないというのは面倒極まりないけれど、みんなの言うようにやることは一緒だ。
敵を倒し、目的の物を手に入れる、それだけだからね。
それにしても、こちらは貴石術を使って地上を正直……爆走に近い感じで走っているのだけど、全然追いつく様子がない。
不安に思い、みんなに確認してみるけどちゃんと方向はわかってるということだった。
「大丈夫だよー……ボクは次は逃がさないからっ」
「しっかり仕留める」
思い返せば、俺達がああいった大きな相手を取り逃したのは初めてだろうか? 途中撤退というか、退避したことはあっても倒しきれなかったというのはほとんどなかったと思う。
俺が言えることじゃないかもしれないけど、そこからくる焦りみたいなものが出ないように気を付けないといけないね。
そうして走り続け、視界にいつだったか戦った火山が見えてくる。このまま突撃しようか……いや、体を休めてから様子を確認していっても遅くはないんじゃないだろうか。
相手も手負い、こちらも疲労、では事故が起きるかもしれない。ここは安全策を取ろう。
フローラはそのまま突撃する気マンマンだったようだけど、何とか説得して俺達は久しぶりのスフォンへと入った。
「前と同じ……だね。ドラゴンさん来てないのかな?」
「たぶんねっ。気配は山の方にあるからこっちには来てないのかもねー」
スフォンの街は前に旅立った時と様子は変わりない状態だった。人々が行き交い、遠くの港には船もいくつも見える。
日常、それがそこにはあるように見えた。ドラゴンが暴れ出したらここにも嵐が襲い掛かってくる。出来ればそれは避けたいね。
まずは宿を取って対策を考える必要があるかな、と思った時だ。通りの向こうから、見覚えのある姿がやってきた。
地面を滑るようにして動くアザラシのような姿……喋るアザラシであるシルズ族の優秀な戦士、マリルだ。
パッと見ると他と区別がつかないけど、近づくとわかるその白さと毛並みの良さは他のシルズには無いものだ。
『久しい気配を感じたと思えば、勢ぞろいで……先日火山に感じた妙な気配が原因かな?』
「さすがだね」
貴石術の運用に長けた種族だけあって、ある意味異物であるドラゴンの強い気配をこの距離からでも感じ取ったらしい。あるいは、ドラゴンの額に埋まってる貴石の力を、かもしれないけれど。
どちらにしても、状況を知ってもらっても損はない相手だ。解決策でもっといいのを思いついてくれるかもしれないからね。
そう思った俺達は物陰に誘い、簡単にだけど状況を伝えた。
『なるほど……道理で。推測通り、火山のマナを吸収すべく山に潜んでいるのだろうな。ただ……』
そこで言葉を区切ったマリルは器用に飛び上がり、木箱の上に乗る。高さとしては俺の顎ぐらい。内緒話をするにはちょうどいいぐらいの距離かな。
普段なら愛らしさすら感じる顔を真剣な物として、マリルが口を開く。
『火山には今、別の何かもいる。前にトールたちが倒した物とは別の物だ。下手に刺激しても問題だと思ってね……様子だけ伺ってるのだが……まずいな』
「何かいるなら、ここは自分の縄張りだーってそいつが怒るかもしれないのです」
ニーナの指摘にこくりと頷くマリル。そうなるとますます適当に行くのは危険がありそうだ。
こうしてるうちにもドラゴンと何かが衝突するかもしれないけれど、そうかもしれないとなれば十分に準備してから行くべきだ。
「まずは一休み、かしらね。夕方も近いわ」
「そうですわね。夜は避けたいですの。マリルさん、いいお宿は増えましたかしら?」
前に泊まった温泉のある宿でもいいのだけど、一度泊まると長居したくなると思ったので、今日一晩を過ごす宿を紹介してもらい、そこに泊まることにした。移動中、ふとフローラが静かなことに気が付いた。
何度も手を握っては開き、何かを確かめているように思えた。
「フローラ? どうしたの?」
「え? あーなんでもないよっ」
声をかけるも、あからさまな態度で否定され、そのまま前を行くラピスたちの元に走って行ってしまった。女の子から話を聞き出すのは……やっぱり難しい。
夜にでもちゃんと聞くべきか、ラピスに任せるべきか……悩んだけれど自分がやろうと決めた。上手く時間があればいいけど……。
どうやってお金を払ってるかはよくわからないけれど、同じ宿にマリルも泊まるのだという。
状況は平穏とは言いにくいけれど、再会となれば話ははずみ、夜は過ぎていく。
そして明日に備え、それぞれが横になる。結局フローラと話すチャンスは来ず、悶々としていた俺はふと、窓から月を眺めるべく体を起こした。ちなみに後々を考えて俺だけ一人部屋だ。
そんな部屋に、どこからか風が吹く。音も無く、とはいかなかったようで扉の開く音が静かな夜に妙に響いた。
そちらを見れば、寝間着のような格好をしたフローラが1人。
「とーる」
「ん、いいよ」
多くは言わないけれど、何かを話したい、そう思ってるのだと思った俺は頷き、フローラを見つめた。
彼女はそんな俺の顔を見つめつつも、どこか不安顔だった。そのまま扉が閉まり、部屋には俺たちだけとなる。
ベッドの空いてる部分へと手を叩いて招くと、いつもの活発さは感じられない足取りでそこに座るフローラ。
何かを言いたそうだけど、しばらく俺は彼女が口を開くのを待った。
「えっとね……ちょっと、不安なんだ」
「不安? 勝てるかが、とか?」
違うよーと力なくフローラがこちらに体重を預けてくる。そこから感じる体温にドキリとしつつも、真面目な話であるわけなのでしっかりと気持ちを保つことにする。
その後もしばらく、無言の時間が過ぎ……時間が止まったように感じた。
「ドラゴンが逃げた時、自分だったら追いつける。そう思ったんだ。でも、その後勝てるかどうかを考えちゃって、怖くなって飛べなかったんだ」
「そう……か」
いつも元気いっぱいで、勇敢に飛び込んでいるように思ったフローラ。けれどそれは違ったんだ。勝てないかもしれない、そんな気持ちを持たずに戦っていたことに彼女自身が気が付いてしまったのだ。
だからドラゴンへの追撃を躊躇した。そのことを悔やんでいるみたいだった。けど、それは悪い事じゃない……俺はそう思った。
そっとフローラを抱き寄せて、一緒に空の月を見上げた。今のところ、嵐が起きる様子はない。
「俺は、その気持ちは大事だと思うよ。怖さを忘れたら危険にも気が付かないからね」
「そうなの? いいの……かな?」
不安そうなフローラに、俺は自分に言い聞かせるかのようにして同意の言葉を紡ぎ、一緒に時間を過ごした。
翌朝、空には嵐の直前のような黒い雲が沸き立っていたのだった。
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