JD-011「カニカニ合戦 ─ 続くアイコ ─」


「あれ、どうしようか……」


 様子をうかがうための木陰で、呆然とした俺のつぶやきが響く。


 こっそりと木陰からうかがう視線の先にあるのはニッパ同士の戦っている川。

 イメージ的にはキャンプなどをしそうな中州のある川だ。そこをゴーカートほどのサイズのカニがとにかくひしめいているのだ。

 まるで車同士がぶつかっているかのような迫力である。ここからでもはさみ同士がぶつかる甲高い音が聞こえてくる。


 全体的に赤いニッパと、青いニッパとが戦っているようだった。

 図鑑で事前に見たのは赤い方だけど、青い方は……?


「図鑑によると、時々食べる物によって色の違う亜種がいるそうですわ。

 味も違うんだとか。……どちらも美味しいのではないでしょうか」


「カニ……お鍋、焼きガニ、うまー」


 ラピスはともかく、ジルちゃんは地球知識にだいぶ影響を受けているようだ。既によだれが垂れてきそうである。

 ニッパ同士は実力が拮抗しているようで、倒し倒され、あるいはつばぜり合いのように組み合ったりと戦いはまだ続いている。

 ともあれ、こうしていても依頼は終わらない。

 ニッパが去っていくのを待つのも1つの手だけど、このまま居座られる可能性だってある。

 であれば……。


「マスター、ここは私が」


「ラピスがそういうのなら……」


 木陰に隠れたままの俺にラピスが決意した顔で呼びかけてくる。俺もまた、彼女がそういうのならと聖剣を短くして彼女に近づいた。


(相変わらず、絶妙な太さと長さだよなこれ)


 葉っぱや枝の隙間からこぼれる光が、ラピスの幼めの体を照らす。

 おずおずとたくし上げられる服の下、そこには染み一つない肌色。

 ジルちゃんの時もそうだったけど、屋外というのが余計に状況を非日常へと押し上げるのがわかる。


「その、初めてですからうまくいくかどうか不安ですけども……」


「うん。優しくするよ」


 わかっているのかいないのか。ラピスだとどっちもかなあと思いながらも俺も意味深なセリフに乗り、お腹に浮かんだ青い魔法陣へと聖剣(短)をしっかりと差し込む。


「んっ、もう少し奥……ですっ!」


 ジルちゃんのそれとは結構手ごたえが違うことにまず驚き、口元を抑えて声を我慢するラピスの姿に色々と刺激に襲われつつも耐えた。そして、ジルちゃんにもそうしたように最後まで差し込み、かちりという音と共に左にねじ込む。


 その後に響いたラピスの声は水っぽさを感じる物で、アウト具合が半端ないのだけどこれは戦いに必要な……そう、必要な儀式的な物なのである。

 そう自分に言い聞かせ、聖剣(短)を引き抜きながら光るラピスを見つめる。


「はぁ……はぁ」


 光が収まると、そこには大きくなったラピスがいた。


 ジルちゃんの大バージョンが男装の似合いそうなスレンダーな大学生、ならラピスのそれはジュニアモデルが卒業の時に撮影するような大人へと駆けのぼる少女であった。

 青いウェーブのかかった髪はそのままに、ラピスは俺を見、ジルちゃんを見、微笑む。


「では、行ってまいりますわ」


 そういって、自らの手の槍に貴石術で青いオーラのような物をまとわせてニッパのあふれる川に突撃した。


「ジルも変身できるよ?」


「ジルちゃんのは何かあった時に取っておかないとね。じゃ、俺達も行こう。はぐれたやつとかをどんどんとね」


 きらりと光を反射する聖剣を手に、ジルちゃんと共に俺も飛び出した。

 向かう先では、青い輝きがあちこちで飛び交っていた。ラピスによるニッパたちの討伐だ。

 見えた範囲でも、長くなった槍がニッパのはさみの間合いの外から次々と突き刺さる。

 そして倒れ込んだニッパの背中を足場に次へ、とそんな様子だ。


「えいっ!」


 俺とジルちゃんはその攻撃から逃れた端のニッパへと向かって戦いを挑む。

 ジルちゃんの投げる網に1、2本の足が絡まって動きが変になったところへ聖剣を突き出すと面白いように刺さる。

 そしてはさみを切り取り、収納袋へと仕舞い込む。すぐにニッパも溶けて消えていくので次、だ。


 今のところ、容量にはまだ余裕がありそうだ。網に引っ掛かった足も切ってしまえば次のニッパへと挑めるという物。次々と機械的にニッパを倒し、はさみを回収していく。


 視線の先では巨体を気にせずに流れるような動きでニッパを倒していくラピス。

 順調なようだけど、ジルちゃんの例でいうとあの戦い方だと時間はかなり短くなってしまうと思えた。


「! そろそろ時間じゃないか? ジルちゃん、行こう!」


「うん、危ない……」


 そのことに気が付いて、俺はジルちゃんと一緒にラピスのいる方へと駆けだした。


(あの乱戦の中で元に戻ってしまえば……間に合え!)


 今は途中のニッパも無視だ。果たして、ラピスにだいぶ近づいたというところで恐れていたことが起こる。


 ポムっと、煙が立ち上った。貴石解放の時間切れの合図だ。


「くそっっ!」


 まだ煙は晴れないが、その向こう側には運悪くニッパの中でも一際大きな個体。

 はさみを振り上げて、明らかに怒っている。


「あら、あらぁ?」


 驚き、自分の手元を慌ててた様子で見つめるラピス。ニッパにそれを見逃す理由はない。


 必死に駆けだす俺の足を、何かが包んだ。湧き上がる力……そして俺は白い光を足にラピスとニッパの間に駆け込んでいた。


(!? どう考えても100メートルの世界記録どこじゃないぞ!?)


 余りの自分の速さに驚きながらも、聖剣を構えた腕は降ろさない。

 そして振り降ろされたニッパの巨大なはさみを聖剣とそれを握る俺はやすやすと受け止め、押し返すようにして聖剣で薙ぎ払った。

 かすかな手ごたえの後、大きなはさみが水しぶきを上げて落下する。


 俺が、切り裂いたのだ。


 その親玉が青い方のニッパのリーダーだったのか、いつの間にか青いニッパは川から去って行き、残った赤い方のニッパもまた、俺が聖剣を構えるとどこかへと移動していった。

 ただ、その場に残るやつらもいる。それはまだとどめの刺されていない、つまりは消えていない状態のニッパだ。

 赤青どちらも大量に川でうごめいている。


「ひとまず、ニッパからはさみと石英を集めよう」


「一杯集める……」


 どこが食べられるかがいまいちわからないので、疲れた様子のラピスに手を貸しながら黙々と集める。

 結果、赤い方が40ぐらいに青い方が50と大量だった。

 というか、100匹以上川にいたのか……そりゃ下がまともに見えないはずだ。


「マスター、申し訳ありません」


 しゅんと落ち込んだ様子で石英を差し出してくるラピス。その瞳は潤んで揺れており、よほど気にしているらしい。

 だから俺は、逆に笑い飛ばすように笑顔になってぽんぽんとラピスの頭に手をやる。


「無事だったからよかったよかった。もっと貴石ステージ上げて、ばんばんやっていこうな」


 俺も楽しめるし、とはここでは言わないのが良いだろう。台無しってやつだからな。

 

 今回、大きな収穫があった。それはニッパ、ということではない。ラピスの助けに入った時の速さの事だ。

 理屈はまだわからないけど、あれはきっと貴石術だ。俺が無意識に使ったのか、あるいは色からしてジルちゃんの補助術なのか。

 細かいことは要検証だけど、俺がまた強くなれたという点では間違いないことだ。


「終わりましたわ」


「はさみ、いっぱい」


 そうしてギリギリのところで本来の依頼である、岩を収納袋に入れては横にどかすという作業に移り、入るだけの岩を袋に入れたままトスタへと戻る。


 帰りにもゴブリンらの出会ったのは少々面倒だった。そろそろ恐れて逃げて行ってもいい気もするんだけどねえ?

 まあ、稼ぎの元なのでそうなったら困るのだけど。


 ギルドに顔を出し、依頼内容である岩を専用の場所に置く。その後、いましたよとだけいってニッパの足を数本、換金のために出してみた。

 結果として、それがある意味失敗だったのだけど……。


「トールさん、ドロップはともかく、討伐内容は正確に教えていただけるとこちらとしてはありがたいんですよねー」


(ばれてるうう)


 口調は優しいが、冷たい声のお姉さんの前に……俺達3人は硬直するのだった。


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