JD-003「はじめてのごぶりんとうばつ」



「この建物で間違いない……はず!」


 翌日、日もまだ高くないうちから俺はジルちゃんを引き連れていわゆる冒険者ギルドに顔を出そうとしていた。

 何はともあれ仕事をしてお金を稼がねば、世界を救う前に俺が死ぬ。


 街は思ったより広く、全部見て回るのはなかなか大変そうだ……。

 正直、どの建物がそうか聞いておけばよかったと後悔しているが、それっぽい建物を探せばいいかという考えは見事に当たった。

 西部劇に出てくる酒場にあるような扉の奥には、既に多くの冒険者であろう人たちが見える。

 中には俺ぐらいの歳のも見えるからきっと大丈夫。横にある倉庫の様な建物はきっと依頼品を預かったりするようなスペースなのだろう。


「ご主人様、大丈夫?」


「え? あ、うん。大丈夫さ」


 心配そうに俺を見上げるジルちゃんの瞳に俺の心の中の勇気が勢力を強める。

 こんな子供に何を心配させてるんだ、と。はぐれないようにジルちゃんの手を握りながら扉をくぐる。

 ちょっとしっとりした小さいジルちゃんの手のぬくもりに、緊張が少しほぐれたを感じた。


 中を見渡せば……あ、あるじゃん、カウンター。しかもちょうど1人空いている。

 こちらを見る何人もの視線が気になるけど、今はそれどころではない。


「あのー……」


「はい? ご依頼ですか? 登録ですか?」


 カウンターにいたのはブラウンの長髪を後ろでしばったお姉さん。細身できっともてるんだろうなというスタイリッシュな感じだ。

 俺とジルちゃんの姿を見て、少なくとも経験を積んだ冒険者、とは思わなかったのだろう。

 

 まったくもってその通りだ。


「はい、実は村から出てきて2人で生活しないといけなくて。登録でお願いします。あ、登録料とかいりますか?」


「特には大丈夫ですよ。トスタの街へようこそ。ギルドはどちらかというと、身の程知らずに自滅する人を減らしたり、好き勝手に依頼をやり取りしないように、というだけで何か支援があるとかではないですから。ここの場合、スーテッジ国から依頼金を預かって代理で処理することも多いですけどね」


 恐る恐る告げた俺にお姉さんは微笑みながら思ったより黒いことを言いだした。

 確かに、女神様とジルちゃんの言う様な世界状況であれば支援もしたくても余裕がないだろう。

 どちらかというとただの職業安定所か?


 それに良い事が聞けた。街の名前はトスタというようだ。国の名前はスーテッジ。

 今度地図か、街の情報を確認した方がよさそうだ。


「じゃあ2人とも登録で」


 そうして出されたちょっと古めの用紙は女神様のわら半紙のそれとほぼ一緒だった。

 なぜか書ける文字と共に、名前、そして得意な武器を書いていく。名前は……トールでいいか、武器は長剣っと。


「これでお願いします。後、危険の少ない依頼とかがあれば紹介してほしいんですけど」


 やはり誰もが最初に通る道なのか、そんなやや自分勝手かなと思う申し出にお姉さんは頷き、背後にある壁の右隅の方を指さした。


「あちらにあるのが常時募集している薬草類の採取依頼ですね。腕に覚えがあればすぐ横のゴブリン間引きなんかどうでしょう。間引いても間引いてもいつの間にか増えるんですよね、ほんとに」


 後半は何やら愚痴のようになったお姉さんの話に頷いてお礼を言いながらジルちゃんを引っ張ってその場所へと向かう。

 かなり上手い絵で描かれている薬草の絵をしっかりと覚えながら、特徴や必要な数等を見ていく。

 5本単位で根っこがあればなお良い、と。ゴブリンは耳が討伐証明で、討伐報酬は少ない。

 メインはたまにでる石英なんだとか。


 確かに門番のおっちゃんも牙より石英は高く買い取ってくれたな。

 でも石英なんか何に使うんだ? 装飾品にするには脆いし、あまりきれいとは言えないし。

 コレクション……するような余裕がある世界とは思えない。


「本当は準備を整えたほうが良いんだろうけど、特に買う物は……スコップとかあるのかな」


 さすがに聖剣で土を掘るのは悲しいし、素手というのも問題だ。

 ギルドを出て大通りを歩くと、雑貨屋のようにあれこれが並んでいるお店を見つける。

 ここなら目的の物はありそうである。


 結果、スコップというより反りのある金属板、と言ったほうが良いような物だけど2人分確保。

 ついでに薬草を入れるための布袋も複数ゲットした。


「早速仕事か。野犬は草原にも出てくる。後はゴブリンが森に入ってすぐにだな。

 森の奥にはできるだけ近づくなよ。お前たちにはまだ早い」


 見覚えのあるおっちゃんの門から外に出、ありがたい助言を胸に初仕事である。

 ここからでも同業者らしい相手が何人か見えるから、探すのには苦労するかもしれないなと思った時だ。


「……あった」


「え? おお、ほんとだ。ジルちゃんすげえ」


 街を出てしばらく、どこだと見渡してる間にさっそくジルちゃんが薬草を見つける。

 俺の目にはどう見てもヨモギなのだが、まあそれはいいか。


「ん、じゃあこれもそうか?」


「それは違う。まだ若い」


 ジルちゃんの見つけた薬草のそばに似たような物があったので、取ろうと手を伸ばしたところで冷たいジルちゃんの一言。

 見れば無表情に見えて自信たっぷりと言ったところだ。


「そっか。じゃあ違うんだってのを勉強するために採取するだけはするね」


 恐らくジルちゃんの持つ能力、あるいは知識から間違いないと思うけど、俺も見分けられるようになるためにもということで1つだけ採取して別の袋に入れる。

 入れる前に気が付いたこととしては、薬草としてOKをもらった方は霜が降りた朝のように少しキラキラしていることだ。


 それ以外は見た目が全く一緒なんだよね……。


 その後もジルちゃんに教えてもらいながら思ったよりもハイペースで薬草を集め続ける。

 そばに人がいると何か言われるかなと思い、敢えて離れた場所で採取を続けた。

 森に入ってすぐのところにも結構あったので気が付けば束にして30以上。


(宿に何泊できるんだ? すごくね?)


 恐らくは俺の考えは間違ってはいない。なにせ、ジルちゃんは悩む時間がまずないのだ。

 薬草らしきものを一目見るなり、これがそうだよ、だからな……。外れは手を伸ばすこともない。

 頼もしさを感じつつも、俺は言われるままにここ掘れしてるだけという現実。少々悲しい思いをしながらもお金になるのだから頑張らねばと思い直す。


 バイトだってしっかりやるからこそ意味のある経験につながった、と思うことにしよう。

 と、クイクイとジルちゃんが服を引っ張ってくる。


「どうしたの?」


「敵、来た」


(え? 敵?)


 慌てて体を起こし、周囲を見渡すと……いた! 木々の向こう側に緑の小柄な体が2つ。

 腰には薄汚れた茶色いいわゆる腰みの。間違いない、ゴブリンだ。


「あ、俺にやらせてよ」


 さっそくとばかりにどこからか透明な短剣を取り出して構えるジルちゃんだけど、俺はその前に左手を出して右手で聖剣の柄をつかむ。


「……ご主人様がそういうなら」


 どことなく不満そうだけど、引いてくれたジルちゃんの頭をそっと撫で、俺は彼女の前に出る。

 

 近づいてくるゴブリン。こうなってくるとその醜悪な顔が良く見える。

 多分視力も良くなってるんだろうな……。


「さあて、命は大事にっと」


 ここはゲームじゃない、異世界だけど現実だ。なら……下手なためらいは自分に跳ね返ってくる!

 武術なんて習ったことがないので、テレビやらで見たのを真似するようにして聖剣を構える。

 人型の相手、という気持ちはなんとか押しやり、迫りくるゴブリンAに向けて聖剣を突き出した。


 リーチの差では間違いなく圧倒的な差だった。

 そしてその差は明確な結果となり、ゴブリンAは手にしたこん棒を俺に振り降ろす前に絶命する。

 聖剣が胸元にしっかりと刺さるという形で。


「ギギィ!?」


「もう一匹!」


 食パンに指を差し込むかのように柔らかい手ごたえにびびりながら、俺は自分を鼓舞するように叫んで抜いた聖剣でもう1匹に切りかかる。

 今度は防御しようとしたのか上にこん棒を構えるゴブリンB。


 ただ、それは結果として無駄だった。ゴブリンの体をあっさり貫く切れ味はこん棒で何とかなる物ではなかったのだ。

 気が付けば俺は聖剣を杖のようにして地面に膝をついており、荒い息を吐いていた。

 そばにはこと切れたゴブリンが2匹。


「(なでなで)」


 なぜかジルちゃんはそんな俺の頭を撫でてくれていた。小さな彼女の手から、何か力を感じたような気がしたが気のせいだった。

 ただ……すごく落ち着いたのは間違いなかった。


「ありがとう。俺、頑張るよ」


 聖剣は……強い。そして俺の体も健康的、という考えに収まらないぐらい動ける。

 ただ、それを扱う俺の心はまだまだだった。


「よっし、やるぞ!」


「……おー」


 声を上げることで不安を消し飛ばし、俺はジルちゃんと薬草採取と戦いを続ける。

 草原と森の境目あたりをウロウロしていると、ゴブリンが後から後から湧いてくる。

 ゴブリンからは半々ぐらいの確率で石英が獲得できた。野犬より大きかったり小さかったり。

 違いがよくわからないが、お金にはなるだろうから問題ない。


 そしてお昼過ぎ。


 お腹のなったジルちゃんの赤い顔にほっこりしながら、街に戻ることにした俺達。


 初日の依頼結果としては恐らく過去最高という記録をたたき出すことで俺達の冒険者デビューは無事に終わったのだった。




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