JD-002「少女のお腹インターフェース、SOIは優秀です」


「これ、食えるのかな……いや、無理そうだな」


 現場には俺とジルちゃん以外の生き物はいない。先ほどまで俺達を食べようと襲ってきた野犬は皆、ジルちゃんに切り殺されている。

 返り血を浴びた様子もなく、見事としか言いようがない。


 野犬の痩せた体に食べられそうな部分はほとんどなく、出来れば食べたくはないように思えた。

 ふと、こういった場合に牙等が換金できる作品を思い出し、聖剣を手に顔をしかめながらも犬歯を根元から切り取ろうとする。

 これで何も意味がありませんでした、だったら俺は泣くぞ? 勝手にやってることだけどさ。


「牙、集める?」


「あああ、まってまって!」


 近づいてきたジルちゃんが無造作に野犬に手を伸ばすのを慌てて止める。せっかくの服なのに血がついてしまいそうになったからだ。

今のところ服は互いにこの1着しかない。大事に……いや、上手く稼げれば違うのかもしれないけど。


「汚れるから俺がやるよ」


「でも……ジルはご主人様の物だから手伝うのが当たり前」


 意外とジルちゃんは頑固なところもあるようで、見ててという俺にぐいぐいと迫ってくる。

 こうなるとあまり強く言うのも彼女に良くなさそうだ。


「じゃあ、これを包めそうな葉っぱがないか探してくれる?」


「わかった」


 幸い、近くに大き目の葉っぱがはえている木があるのでそれを集めてもらうことにしてジルちゃんのお手伝いする攻撃を回避した……が。


(今、俺の物って言った? ……言ったよね)


 明らかにランドセル背負っていそうなぐらいの子が自分の物ですと宣言する。

 どう考えても事案だが……ここは地球ではない。きっと話せばわかってくれる。

 ジルちゃんが持ち帰ってきた葉っぱで牙を包みながら俺はそう考えていた。


「お、なんだこれ……水晶? いや、これだとただの石英の塊か」


 野犬の心臓辺りに食い込むようにして石英の塊がくっついていた。宝石と呼ぶには厳しいけど、ついでなので拾っていく。

 今いる草原は脛ぐらいまで草が生えているので少し走りにくい。

 そのため、街道へと出ると何かすっきりした気分になった気がした。よく周りを見てみるが、特に不思議な物はない。


「ご主人様、どうしたの?」


「いや、なんでもないよ」


 その後、てくてくと2人して遠くに見える建物群、恐らくは街であろう場所へと歩き出した。

 右手はいつでも聖剣を抜けるように、左手に牙を包んだ葉っぱ、と手はふさがっているのだけどちらりとジルちゃんを見ると、時折俺の方を見ては視線を前に戻している。

 出来るだけ急がないようにと気を付けてはいるものの、やはり元のコンパスが違うせいで少しジルちゃんは駆け足気味だ。


「ジルちゃん、これ持ってくれる?」


「? うん」


 俺は立ち止まると牙の包みを彼女に渡すことにする。ジルちゃんは最初はきょとんとしていたけど、すぐににぱっと笑って笑顔で包みを受け取った。


 やっぱり、自分に仕事がないというのは不安だということなのだろう。ついでに空いた左手でジルちゃんの右手を握る。

 びくっとなったジルちゃんに、失敗したかと思ったけどすぐにぎゅっと握り返してきたことで正しい行動だったと思えた。

 そのまま凸凹とした二人は街の門にたどり着いた。


 武装した見張りらしき男が2人。既にこちらを視界に収めているはずだけど、特に警戒してる様子はない。

 まあ、男1人と少女1人だもんな、どう考えても街に襲い掛かる魔物ってわけじゃあない。


「止まれ! ん、見ない顔だな。入場料のことは知っているか?」


「現金はないけど、これは売れるだろうか?」


 これで売れないとなったらどうしようか悩みつつも、ジルちゃんから牙の入った包みを受け取って兵士の前で開く。


「なんだ……お、野犬の牙じゃないか。倒す実力はあるのか。

 一応買取もやってたはずだが、よければ手間賃ぐらいを除いて買い取ろうか」


 まだ血が残っているはずだけど、嫌な顔をせずに兵士、兵士さんはそう申し出てくれた。

 相場なんかは不明だけど、まずは現金が大事ということでその提案に乗ることにする。


「よし。えーっと、3匹分か。今日か明日にでもギルドで仕事を見つけることだな」


 独特の質感の硬貨がじゃらりと俺の手のひらに乗せられる。

 これは……銅か。銀や金もあるっぽいな。


「ありがとうございます。ほら、ジルも。あ、妹です」


「……ありがとう」


 言葉少なく、俺の背中に隠れるようにしてジルちゃんが喋る。兵士さんはそんな姿を見て、守ってやるんだぞと俺の肩を叩くが、意外と守られるのは俺の方かもしれないということは黙っておいた。


「そうだ。牙以外に石英は取らなかったのか?」


「え、これ売れるんですか?」


 ジーパンのポケットからピンポン玉サイズの石英を取り出すと、おっちゃんは少し驚いた表情になる。

 もしかして、ゲームで言うプチレアみたいなものなんだろうか?


「これならさっきのとあわせて安宿なら何泊かできるな。ついでに引き取っておこうか?」


 願ってもない申し出に俺は頷き、都合銅貨が結構な枚数で俺の手に残ることになった。

 再びお礼を言うが、ジルちゃんはまだ小さな声のまま。ジルちゃんは人見知りの演技が上手だな、と思っていたら本当に人見知りだと知ったのは宿についてからであった。







「さてっと……これからどうするかな」


 1人で寝るにはやや大きいベッド。いわゆるツインベッドしかない部屋に俺とジルちゃんはいた。

 節約という面もあるけど、同じ部屋がいいと彼女が言ったのだ。そんなジルちゃんは物珍しそうに部屋の中を歩いている。

 俺としてもいかにもファンタジー、な木製の家具や部屋に興味がないわけじゃないけど、まずは生き残らなければいけない。


「街まで歩いた感じだと体力は問題ない。走るのも……たぶん大丈夫。聖剣も使えるだろうから討伐系かなあ? いや、最初は採取か」


 ベッドに寝転がり天井を見ながら自分に何ができるか、しばし悩む。

 こういう時はステータス!だとか言って自分の能力を確認するのが常だけども……。


「ステータスオープン!……だめか、色々聞く前だったからな。? どうしたの、ジルちゃん」


「ジルの、見る?」


 こちらを見つめてくるジルちゃんはなぜかジルちゃんは自らの服をたくし上げて可愛らしい下半身を俺の前にさらけ出す。


「へ? って光ってる……んん?」


 驚きに固まっている俺の視線の先で聖剣(短)を挿し込んだ魔法陣があったあたりに、タブレットぐらいの大きさの光る板が出現していた。

 クリスタルを板にしたような光るそこに、何やら文字が出ていた。読めないような文字のはずなのに、意味は頭に入ってくる。



--------------------


守護名:ジル

メイン貴石:ジルコニア

サブ貴石:無し

貴石ステージ:1

マナ:枯渇

マナプール:野犬3


○習得貴石術

無属性

短剣化


○習得スキル

無色の祝福

イミテーション・アイ

貴石解放(受)※現在使用不可


--------------------


(よくわからないのがあるけど、なんとなくわかるぞ)


「マナが枯渇ってことは今はジルちゃんは貴石解放で変身できないってこと?」


「そう……休まないといけない」


 なるほどな……確かに切り札っぽいもんな。そうほいほいとは使えないってことか。

 マナプールってところに野犬が描いてあるのが気になるけど、今はいいか……。


「あ、下ろして大丈夫だよ。ありがとう。そういえば、俺のは読めないの?」


「人間には無い……はず」


 ジルちゃんが知らないだけなのかはわからないけど、少なくとも一般的ではないようだ。

 出来れば自分に何が向いてるかとかわかればよかったんだけど……。


「……どっちでも、大丈夫。ジルがご主人様、守るから」


 ベッドに座ったままつぶやく俺の横にいつのまにかやってきたジルちゃんがそう言ってくる。

 少女というか幼女に上目遣いのままそう言われて任せた!なんて言えるだろうか?

 少なくとも、俺はそう言えなかった。


「いや、ジルちゃんの気持ちはありがたいけど、俺も頑張るよ」


 どうして?と首を傾げるジルちゃんの頭を撫でながら俺は微笑んだ。

 心に浮かぶのはちっぽけな男のプライドからきてそうな自覚はあるけど、偽りのない言葉。


「ちゃんと頑張ってさ、ジルちゃんにご主人様すごいって言ってもらえるような

 立派なご主人様になりたいからね」


「……わかった」


 顔が真っ赤になりそうなセリフを吐いた俺に、ジルちゃんは無表情なままで頷き、頭をこちらに預けてきた。

 少しばかり拍子抜けだけど、ジルちゃんらしいのかもしれない。


「ジル、ご主人様好き。みんなと同じ、大事にしてくれる」


「みんなと……ああ……」


 最初はどういうことかわからなかったけど、彼女がジルコニアの精霊だということを思い出して納得する。

 俺は手に入れたコレクションは皆同じように大事に扱っていたのだ。

 高い安いが実際にはあるけど、みんな大切なコレクションだったからね。


「だから、拭いて」


「拭く? えっと、撫でるのでも大丈夫?」


 今の彼女は人間と変わらない姿なので、宝石時代のように拭くというのは難しいので頭を撫でることで勘弁してもらった。

 さらさらとして、手の滑りが良く俺も撫でていて手が気持ちいい。

 

 幼いながら整ったスタイル。陽光に銀のように輝く髪の毛と、白い肌にどこかぞくっとする魅力を感じながら、夕食の時間までをそうして平和に過ごしたのだった。


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