第6話
デートは散々な結果に終わった。初めて彼女と喧嘩をした。いや、喧嘩というよりは、僕が一方的に怒られただけだったのだけれど。
遅刻は大幅な寝坊ということで説明をつけた。この時には、まだ彼女は怒っていなかった。でも、少なからず不満を抱いただろう。極めつけは、僕がデート中上の空であったことだ。
映画を見終え、感想を話すために入った喫茶店の中で、彼女の不満が爆発した。
デートだけのことじゃない。最近の僕の様子や、態度に対して彼女の不満は募っていたのだ。
その全てに心当たりがあり、僕はただ、謝ることしかできなかった。
彼女の怒りは静かだった。とうとうと流れてくるその怒りは冷たく、その源泉が悲しみであることを僕は強く感じ、僕の心はさらに強く締め付けられた。
「私たち、付き合えてるんだよね?」
涙を湛えてそう言った彼女の言葉が、僕の心に深く刺さった。
彼女と仲直りするには、どうすればいいのか。僕はもうそれを早坂に相談しなかった。僕なりの方法で彼女と仲直りした。
それから簡単に月日は過ぎていった。
相変わらず週に一度の花壇の水やりで、毎週早坂と言葉を交わす。けれど、そこには壁がある。以前のようなお互いの内側に入るような話は一切しなくなっていた。僕も。早坂も。あの日から早坂は、僕と彼女のことについて訊いてこなくなった。僕も話さなくなっていた。
何度壁を破ろうと思っただろう。何度彼女の内側に行こうと思っただろう。けれどその思いは、結局僕自身が抱えて自分の壁の向こうへと追いやった。
潤沢な笑みを浮かべる僕の彼女を見るたびに、これでいいのだ、という声が僕に響くのだ。
「あたし、引っ越すから。来週」
秋も終わり、すっかり落ちた木の葉が冬の訪れを予感させるころ、いつもの花壇で早坂が唐突にそう言った。
「え……?」
「転勤。親の。まあ、いつものことだよ。今回はだいぶ早いけど」
そのとき、僕に走ったのは、そう、突然冬が来たかのような感覚だった。
突然の冷気に、なんの準備もしていない身は凍え、心までが凍った。その冷たさが僕に思い知らせる。僕の弱さを、情けなさを。まだ冬は先だと、保留を重ね、今に浸り、未来に目を閉じていたのだと。
「今日のホームルームには、先生がみんなに言うよ」
「そっか、みんな、寂しがるだろうね。女子とか」
それでも、僕が彼女に言えたのは、あたりさわりのない言葉だけだった。
「……仕方ないよ。……綺麗に生きたくても血だけは拭えないみたいだから」
「え……」
思わず早坂のほうを見ていた。
今の言葉は、あの本の、『一次元のスタンドアロン』のセリフだ。
たった一人で生きていく覚悟を決めた主人公の足を、親が引っ張る。切ることのできない血のつながりを嘆いた主人公が今の言葉を言ったのだ。
「早坂……いまの……」
「さて! 水やり終わり! 私帰るね」
僕の言葉を最後まで聞くことなく、早坂は僕に背を向けると、足早にその場を去っていったのだった。
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