明日を夢見て
左安倍虎
第1話
今日からこのブログに日記をしたためる気になったのは、ついに運命の女性と出会うことができたからです。この幸せを皆さんにおすそわけすることで、少しでもこの日本を、そして地球を愛あふれる世界に導きたいのです。こうしてわざわざ丁寧な言葉で書くのは、僕が言霊の力を知ったからです。水にありがとう、という言葉をかけるときれいな形の結晶ができ、ば〇やろう(汚い言葉を使いたくないから伏せ字にしました)と言うと結晶の形が乱れるそうですが、僕たち人間の身体も60%以上は水でできています。つまり、きれいな言葉を使うことで、僕の身体も言霊の影響を受け、高い波動を保つことができるのです。物質には固有の振動数というものがあり、同じ振動数のものは引き寄せ合うのがこの世界の法則ですが、波動が高いとはこの振動数が多いということです。人間は物質と違い、振動数を自在に変えられる、つまり波動を高めることができるのですが、波動を高めるベストな方法は、感謝することです。私の人生のすべてをささげてもいい女性に出会えたこと、そしてあなたがこの文章を読んでくれていることに、僕は心より感謝しています。
話を戻すと、僕が運命の女性、晃子のことを知ったのは小説投稿サイト「ノベルドリーム」で彼女の小説を読んだからです。晃子というのはこのサイトでの彼女のペンネームです。彼女の小説は少々起伏に欠けるきらいはありますが、細やかな人情の機微を描く手腕は抜きんでていて、繊細で純粋な人柄を感じさせる文章に僕はすっかり惚れこんでしまいました。僕に言わせれば、一目惚れ、なんてのは本当の恋ではありません。外見だけを見てその人の何がわかるというのでしょうか。それより、その人の魂から出てきた文章を読むほうが、はるかにその人の本質に触れられるというものです。
彼女との距離を少しでも縮めたい。そう考えた僕は、まず単純接触効果という言葉を思い浮かべました。人間なんてシンプルなもので、まずは接触する機会を増やすことで、相手に好感を抱いてしまうのです。といっても彼女がどこに住んでいるかもわからないので、まず僕は晃子がノベルドリームで小説を更新するたびに、まっ先に応援ボタンを押すことにしました。小説が完結すると、すぐにレビューも書きました。彼女の小説の読者はそれほど多くないので、熱心に読んでくれる私にきっと彼女は好印象を抱いたことでしょう。
でも、これだけではちょっと押しが足りません。僕は彼女のノベルドリームの自己紹介ページからツイッターアカウントを探し当て、彼女のツイートも逐一お気に入りに入れることにしました。彼女が落ち込んでいるときには、すかさず励ましのリプライも入れます。最近は、彼女も3回に1回くらいは返事をくれるようになりました。彼女のリプライはいつもそっけないですが、お互い未婚の男女のこと、あまり親しい様子を周囲に見せるのも良くないという彼女なりの気遣いでしょう。そういう奥ゆかしいところも、私が彼女を好ましいと思う理由です。こうして少しづつ彼女と心が通い合ってきたとき、私は驚くべき事実を知ってしまったのです。
なんと、晃子は僕の自宅から徒歩で行ける距離にある「柳麺むら多」で働いていたのです。彼女が新しく連載をはじめた小説『塵埃』のなかで、主人公がアルバイトを務めるラーメン店のメニューを紹介するシーンがあるのですが、このメニューがほぼ「柳麺むら多」のものと同じだったのです。もちろん細部は変えてありますが、豚と鶏のチャーシューが一枚づつ入ったラーメンなどそんなにあるものではないし、まさか……と思っていたら、そのまさかだったのです。これが運命の出会いでなくて何でしょうか。それからというもの、僕は地元では名店と評判のこの店に通い詰めました。アルバイトと思しき店員のなかで、若い女性は一人だけです。丸顔の、素朴な感じの人でした。何度も店に通ううち、ようやく彼女と話す機会が訪れました。彼女が僕の注文を聞き、カウンター席に湯気の立つラーメンを運んできたとき、私はそっと「『塵埃』の更新、楽しみにしてますよ」とささやきかけました。彼女は目を丸くしていました。やはり晃子だったのです。人口五万に満たないこの地方都市に晃子が住んでいて、彼女の小説を僕が熱心に読んでいるのだから、もう彼女とは出会うべくして出会ったのだとしか思えません。この日、僕は高鳴る胸もそのままに、口笛を吹きつつ家路についたものです。そしてその夜、晃子のツイートを見たとき、僕は彼女に好印象を残せたことを確信しました。
晃子 aki_novel
今日は人の意外な一面に触れることができた。やはり振幅の大きい人は魅力的だ。
午後10:34
これはどう見ても僕のことでしょう。というのは、実は僕の風貌はなかなかに野性的でして、今風に言えばスキンヘッドにしているのです。肩幅も広くて、身体は巌のごとく頑健。ぱっと見た感じでは、とても小説など読みそうには見えません。むしろ革ジャンを着込み、ハーレーでも転がしている方が似合いそうな男なのです。そんな男が実は文芸を嗜む繊細な一面を持っているとなると、これは好感度が高いでしょう。ええ、僕だって小説を書く身なんだから知っていますよ。人の魅力とはギャップから生まれるものなんだって。そういえば、晃子に話しかけたとき隣で一心に麺をすすっていた金髪の男なんて、ラーメンが来るまでは漫画を読みふけっていましたよ。こういう男はダメですね。外見と知性が完全に一致しているんだもの。こういう男はアバズ……いやいや、こんな汚い言葉を使っちゃいけないな。程度の低い女性としか知り合えないでしょうね。人はしょせん同程度の存在としか引き合わないもの。僕がこの男と言葉を交わすことがないように、この男が晃子のような内面の美しい女性と知り合うこともあり得ない。たとえ同じ空間に存在しようと、波動の合わない人同士の人生が交わることは決してないのですね。この男と僕とでは、出している波動がまるで違うのだから。
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