第23話
亨は、生徒会長に対して自分が何もしてやれないと悟ってから、図書室に行くことはなくなった。毎日教室の隅で本を読み耽り、授業が終わればまっすぐ家に帰る。そんな生活も三か月が過ぎて、終業式の日が訪れた。年末とあって生徒達も浮足立っているようだった。終業式が終わってふと、亨は図書室へ行っていた。どうせ開いていないだろうと思いながら行くと、その予想は外れることとなった。図書室は開いていたのだ。
亨は恐る恐る図書室の扉を開けた。入ってすぐ、カウンターに目がいった。カウンターの椅子に座る主はドアの音に驚いたようで、身をピクリと震わせてた。
「もしかして、あなたが蓮見亨さんですか?」
「え、は、はい、そうですけど」
カウンターに座っていたのは、華奢な体躯の女の子だった。なぜ一度も話したことも見たこともない相手が自分の名前を知っているのか、亨は引っかかった。
「なんで、僕の名前を知ってるんですか?」
「兄から、いつも聞いていましたから」
兄。その言葉で、亨の中の二つの点が線になった。
「兄って、もしかして――」
「――はい、いつも放課後ここでお話をしていた生徒会長、千堂涼太の妹、千堂千鶴です」
※
吊り橋に着くと、ふと春原のことを思い出していた。おそらく春原は道中で疲労が溜まって過呼吸を起こしたのではなく、吊り橋の恐怖から動機が早くなり、過呼吸を引き起こしたのだろう。
件くだんの吊り橋を渡る最中、ふと下を見た。こちらも昼間とは違って、小川が見えにくく、不気味さを帯びている。やがて吊り橋を渡り切り、下りの道を少し行くと、例の看板が見えた。
そして、その看板から紙を剥がしている人影が見えた。僕と同じ、学校指定のジャージを着ている。
僕はそいつの背後まで忍び寄った。いよいよ問題を張り替えた犯人を追い詰めた。
僕か声を掛けようとしたその時、目の前にいたそいつが、僕のほうへ身を翻した。
「やっぱり、亨くんなら気が付くと思ってた」
「千堂さん……。何してるんですか、こんなところで。それに、その紙」
千堂が手に持っていた紙には書かれていた。
――わがままボタンってなーんだ?
「なんで、千堂さんがわがままボタンを知っているんですか」
千堂は寂しげに微笑み、薄暗い空を仰いだ。
「本当に、何も覚えていないんだね」
目の前の千堂は、なんというか、変だった。千堂を取り巻く空気が、いつもとは明らかに違っていた。
「なんで千堂さんがわがままボタンのことを知っているんですか?」
「そんなに急がなくていいよ。ちゃんと全部話すから。広場に戻りながら亨くんのこと教えてあげる」
それから千堂は、広場に向かいながら僕のことについて語り始めた。
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