第21話

 夏休みが明けて初めて生徒会長と会ったあの日から、亨は判を押したように図書室に訪れていた。一週間、二週間、一か月が経っても、放課後に図書室が開くことはなかった。放課後に図書室が解開放されるのは、生徒会長の独断だったのだと、初めて知った。

 そんな生活を続けていたある日、来るはずもない生徒会長を図書室の前で待っていた。すると、階段下から女性二人の話し声が響いてきた。



「ねえ聞いた? 一組の五十嵐くん、自殺らしいよ」

「まじ? どこにでもいそうな真面目な感じだったのにね」

「人は見かけによらないってことなんだろうね」


 亨は胸騒ぎを感じて、すぐさま階段を降りて女子生徒二人の元へ駆け寄った。


「あ、あのすみません。その、五十嵐さんって人が亡くなったのは、いつ頃なんですか?」


 亨が急に話しかけるものだから、二人の女子生徒はとても驚いているような、怪訝な眼差しで亨を見ていた。



「あ、えと、五十嵐さんは知ってる先輩で、最近見ないなとおもってたんで、何か知ってることがあったら教えてほしいんです」


 すると女子生徒二人は安心したようで、胸を撫で下ろした。


「あんまり他の人に喋っちゃだめだよ?」

「はい、喋りません」

「どうやらね、夏休みの終わりごろに、首吊り自殺したんだって。原因は、親からの虐待に耐えられなかったとか。あくまで噂に過ぎないけどね」

「確か年の離れた妹弟もいたみたいだよ。虐待受けながら、下の子たちを守るのに疲れたんじゃないの」



 夏休みの終わりごろ。生徒会長は五十嵐と同じ一組。五十嵐の自殺が原因であんなに変わってしまったのなら、時期的は合致する。それに、わがままボタンが羨ましいと言っていたことも、五十嵐のことを言っていたのなら辻褄が合う。



「そうでしたか。教えてくれてありがとうございました」

「あんまり気を落としちゃいけないよ」

「はい。大丈夫です」



 亨は女子生徒二人に頭を下げ、再び図書室の前に来た。亨には確信があった。生徒会長は夏休みの間に友達の五十嵐を自殺で失い、未だそのショックから立ち直れないでいる、と。証拠も何もないし、五十嵐がどういう人間だったかも、ましてや生徒会長と関わりがあったかもわからないが、生徒会長が誰よりも優しいことだけは知っていた。

翌日、生徒会長の教室へ行くことを決め、その日は帰路に着いた。




 翌日の放課後、HRが終わってすぐ、亨は生徒会長のいるクラスへと駆けて行った。しかしそこに生徒会長の姿はなく、亨は教室から出てきた男子生徒に声を掛けた。



「すいません、生徒会長って、今どこにいるかわかりますか?」

「ん? あーあいつ。夏休み開けてずっと来てないよ。一日だけ来た日があったけど、それ以降も来てないよ」

「そうですか、ありがとうございました」



 亨はそこで初めて、生徒会長は自分が思っている以上に深刻な状況にあるのではないかと悟った。そのまま職員室へと行って、自分の担任の先生を呼びつけた。



「先生、生徒会長の家の住所教えてくれませんか」

「どうしたんだ蓮見、急に」

「忘れ物があって、それを届けようかと思ってて」

「そうか、それはとてもいい心がけなんだがな、最近は個人情報に関してとってもうるさくて、生徒に教えるわけにはいかないんだ」

「そんな……」

「生徒会長は確か一組だったな。三年一組は……高松先生のクラスだったな。もしあれなら、俺が高松先生にその忘れもの渡しておいてやろうか?」

「いや、もう大丈夫です……」



 亨は職員室を後にすると、しばらく途方に暮れた。生徒会長は自分のために話聞いてくれてアドバイスをくれて、自分の人生を大きく変えてくれたというのに、自分が生徒会長にしてあげられることは何もない。亨は為す術もなく、無力感の抱きながら帰路に着いた。

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