第20話
あと十分もすれば施設に辿りつくだろうという時、進行方向から複数の人影がこちらに向かってくるのが見えた。僕の体力はとうの昔に限界を迎え、千堂と二人で春原の腕を肩に回し、支えながら歩いていた。人影が僕たちに近づくにつれ、その輪郭がくっきりと浮かび上がる。源を先頭に、施設の職員らしき人と、保健の先生だ。
「蓮見! 千堂! 待たせた!」
僕たちは安堵の声を出す余裕もなく、ひとまず地面に春原を寝かせた。すぐさま駆け付けた保険の先生が、うなされている春原を診察している。僕たちはへたり込み、大きく深呼吸をついた。春原の方を見遣ると、保健の先生が春原の服をたくし上げ、聴診器を当てている。艶のある肌が露出して、目をそらした。
「先生、楓ちゃんは大丈夫なんでか?」
千堂の声には鬼気迫るものを感じた、それもそうだ、心臓はとても繊細な臓器の一つ。何かあればすぐに死へつながってしまう。保健の先生は千堂の問いには答えず、真剣な表情で聴診器を当て続けている。少しして聴診器を外し、大きく息を吐いた。
「少しストレスがかかって過呼吸になっただけみたいね。命に別状はないと思うけど、念のため病院で診てもらいます」
「よかった……」
張りつめていた糸が安堵感によってぷつんと切れて、源と千堂も大きく息を吐いた。作業服を着た人が担架を地面に置き、春原をそっとその上に乗せて施設の方面へと消えていった。
僕たち三人はしばらく座り込んだ後、施設に戻った。広場にはまだ誰もおらず、僕たちが一番乗りだった。予定では高得点四問全問正解、順位ポイントも一位をもらうつもりだったが、二問しか解けていない。これでは総合一位には程遠いだろう。一応、解答欄付き地図を掲揚台の近くで待機していた作業着を着た女性に渡した。
「僕たちこれからどうしましょうか」
「確か四時半が締め切りだったよな。その時間にここに集まればいいから、その時間までは自由にしてていいってよ」
「じゃあ私はいったんここで失敬します!」
千堂はそう言い残して、颯爽どこかに去って行った。特に用事もなかった僕は、男子棟の自分の部屋で時間まで寝転がることにする。
「じゃあ、僕も時間まで寝転がってるから、宿舎に戻ります」
「あ、ま、待てよ。俺も疲れたし、宿舎戻るわ。一緒行こうぜ」
ようやく一人になれる時間が作れそうだったのに、迷惑な奴だ。
「わかりました」
源に煩わしさを感じながら、一緒に宿舎へと戻った。当然のごとく宿舎には僕ら二人しかいない。
僕は辿り着くや否やすぐさま自分の寝床で横様になった。源は自分の寝床に着くこともなく、部屋の中をせわしなく動いている。春原のことを心配しているんだろうか。
「どうしたんですか? そんなにそわそわして」
僕が声を掛けると、源はピタリと動きを止めて、こちらを見た。
「いや、なんかさ、すごい急なんだけどさ。蓮見は千堂のことどう思ってる?」
僕は内心うんざりした。人間関係で最もめんどくさいもの、男女の関係だ。源は千堂と出会ってまだ半日も経っていないというのにこの始末だ。そもそも出会ってさほど時間も経っていない相手のどこを好きになれるのか、僕には全く分からない。そもそも、僕が人を好きになることなんてありえないけど。
「別にどうも思ってないですよ」
「そうか……。千堂っていい奴だよな。前向きで明るくて、春原が倒れた時なんて真っ先に駆け寄ってたよな」
「そうですね」
なんで僕にそんなことをいちいち言ってくるのだろう。千堂が好きなら好きで勝手にアプローチを掛ければいいものを。そう考えているうちに、だんだんと源の腹の底が見えてきた。源は、僕と千堂の仲が良いと思っている。そのことから、僕に協力を仰いでより親密になろうという魂胆だろう、まったく、見え透いた下心ほど醜いものはない。
「僕は千堂さんのことは特になにも思っていませんよ」
「……まあ、千堂の良い所も見てやってくれ」
それだけを言い残すと、源は自分の寝床へ行き、スマホをいじり始めた。なんで僕が千堂のことを機に掛けてやらなければいけないのか。ましてやなんでそのことを赤の他人である源に言われなければいけないのか。煮え切らない余計なお世話に憤然としながら、僕はスマホで調べごとを始めた。調べ終えると睡魔が襲ってきて、そのまま体を預けて眠りについた。
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